「Withコロナ時代」が到来し、テレワークや時差出勤、オンライン会議のある日常に慣れてしまった人も多いだろう。働く側も、これが「ニューノーマル時代の働き方として定着するのではないか」と予感し始めている。そして企業側も「労働生産性が上がるいい働き方だから問題ない」と前向きに捉えているように感じる。すでにオフィスやワークスペースを大幅に削減した企業も出始めているようだ。しかし一方で、その弊害を指摘する声はほとんどあがっていない。本稿では、ノーマル時代の職場環境との比較を通して、「ニューノーマル時代の働き方のデメリット」について考えてみよう。
言うまでもなく、ノーマル時代の働き方というのは、公共交通機関などを使って会社に毎日通勤し、オフィス、あるいは工場で「職場のルール」に則って仕事をしていた。仕事の合間には、上司や同僚と雑談を交わしたり、社員食堂や街のレストランなどで気の合う仲間とランチをしたり、たまに喫煙ルームに足を運ぶこともあっただろう。仕事が終われば同僚と飲みに行ったり、帰宅途中にスーパーやコンビニに立ち寄って買い物をすることもあったはずだ。つまり今までの私たちは、ある種の「ムダ」や「遊び」を無意識のうちに大切にしてきた、と言えるのではなかろうか。それが日常生活のメリハリになり、リフレッシュの材料にもなっていたと考えられる。

ところが、コロナ禍によって、そういったノーマル時代の「仕事と生活の日常」がすっかり変わってしまった。そのうえ、世間全体として「案外いけるのではないか?」との空気が支配している。それは、「ニューノーマルの働き方」の新鮮さや「ノーマル時代の働き方のネガティブ要因」の積み重ねがそうさせているともいえるのではないだろうか。

しかしながら、ニューノーマル時代の働き方が浸透してきたのは、ほんの数ヵ月の出来事であり、未だその優劣を検証できる段階ではない。敢えて予測すれば、ニューノーマル時代の働き方は「コミュニケーションが希薄化し、生産性は低下する」であろう。ニューノーマル時代は、好むと好まざるとにかかわらず、職場内のコミュニケーションの量が減少する。職場という人の集合体が散り散りになるわけだから、当然といえば当然である。しかし、この集合体での日頃の行動は先述のとおりであり、それが働く人の「ストレスや不安を感じることなく働く」という職場環境の実現に貢献していた。働く人の潜在意識にスポットライトを当てれば、「誰かとつながっている」、「組織に必要とされている」、「自分を知ってくれている仲間がいる」などのような感覚であり、それが本業のパフォーマンスに好影響を与えていた。「心理的安全性が担保されていた」と言い換えてもよい。リモートでの仕事がメインとなるニューノーマルの時代においては、ノーマル時代の「華やかりしコミュニケーション」へのフラッシュバックが起こり、コミュニケーションが渇望されることになるだろう。

人は機械ではないし、日本人の働き方がニューノーマル時代に親和性の高い「ジョブ型」にドラスティックに変わることもない。「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への衣替えは一朝一夕にはできないのだ。中途半端な「ジョブ型」へのシフトは、かつての成果主義導入時と同じ轍を踏み、真面目に働いている社員が過重労働になる一方で、もともと仕事をしない社員は益々仕事をしなくなる、ということも起こり得るだろう。

やはり、ニューノーマル時代だからといって、全社的にテレワーク等を導入するのは禍根を残すのではないだろうか。テレワークに相応しい仕事を「ジョブディスクリプション(職務記述書)」として整理し、それを担うことのできる社員に限定した方が良いだろう。それら以外の仕事、及び社員については、テレワークという形式は採りながらも、通常の労働時間管理で対応すべきだろう。

さらに「職場環境の改善」が企業の役割であることを考えれば、テレワークに伴って減少するコミュニケーションの機会を、様々な手段を使って増やしていくことも責務となろう。ニューノーマル時代の働き方を採用する際、マイナスの効果が出始めたら手遅れになってしまうことに危機感をもって対応していきたい。
大曲義典
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP