4月に昇給した社員については、3ヵ月経過した7月以降に厚生年金・健康保険の標準報酬月額を変更する『月額変更届』の提出が必要になりがちである。しかしながら、『月額変更届』の手続きは仕組みを誤解している社会保険事務担当者が多く、手続き誤りが少なくない。そこで今回は「春に昇給した社員の『月額変更届』を夏に提出するケース」について、実務で見られる勘違いを紹介しながら、正しい手続きルールを整理してみよう。
社会保険の随時改定に必要な『月額変更届』はいつから対象に? 実務でよくある“勘違い3選”

随時改定に必要な『月額変更届』

「標準報酬月額」とは、厚生年金や健康保険の保険料額計算の基礎になる数値である。例えば、給料額が21万円以上23万円未満の社員の場合には、中間値に当たる22万円が標準報酬月額とされ、この金額に保険料率を乗じることで、当該社員の保険料額が決定される。

「給料額が〇〇万円以上〇〇万円未満の場合には、標準報酬月額は〇〇万円とする」という決め事は、厚生年金で32種類、健康保険で50種類設定されており、この標準報酬月額の種類のことを等級と呼ぶ。例えば、標準報酬月額22万円は、厚生年金では15等級、健康保険では18等級に該当している。

標準報酬月額が変更される代表的な手続きのひとつに、「随時改定」と呼ばれる仕組みがある。これは昇給などが行われた場合に、給料額の変更後4ヵ月目から新しい標準報酬月額が適用される仕組みである。

手続きは『健康保険・厚生年金保険 被保険者報酬月額変更届』(通称『月額変更届』)と呼ばれる書類を、日本年金機構や健康保険組合に提出することによって行う。万一この書類を出しそびれると、変更後の給料額に見合わない保険料を納め続けることになるため、誤りのない手続きが必要である。

【勘違い1】「新しい標準報酬月額は残業代を含めずに決める」と思っている

『月額変更届』に関する勘違いの1番目は、随時改定の際に「標準報酬月額は残業代を含めずに決める」と理解している点である。

随時改定は基本給が変更されて昇給した場合などに、昇給後の標準報酬月額が従前よりも2等級以上変わったケースで行われる。ただし、残業代の支給額が変わっただけでは、原則として随時改定の対象にはならない。

恐らくは、この考え方から派生して「残業代は随時改定とは関係がない」との思い込みがあり、随時改定による標準報酬月額の変更は「残業代を含めずに決める」と誤認識しているのであろう。その結果、日本年金機構などに提出する『月額変更届』の報酬月額欄は、残業代を除いた金額を記述する誤りが散見される。

しかしながら、新しい標準報酬月額は「昇給などの後3ヵ月間に実際に支給された給料額」の平均値から求めるのが原則である。従って、当該3ヵ月間に残業代も支給したのであれば、それらも含めた合計金額を日本年金機構などに届け出て、新しい標準報酬月額の決定を受けなければならないので注意が必要である。

【勘違い2】「4月昇給者は必ず7月から標準報酬月額を変更する」と思っている

『月額変更届』に関する勘違いの2番目は、4月に昇給した社員の標準報酬月額の変更は「必ず7月からである」と理解している点である。

随時改定では、給料額の変更後4ヵ月目から新しい標準報酬月額が適用される。そのため、例えば「4月に昇給したのだから、4ヵ月目に当たる7月から標準報酬月額が変わる」と考える担当者が多い。ところが、標準報酬月額の変更月は、給料の支払い方法が「当月払い」と「翌月払い」のどちらなのかにより異なるという事情がある。

4月に昇給した場合、給料が「当月払い」の企業では、通常は4月に支払う給料から昇給後の金額が支払われる。従って、4月を基準として4ヵ月目に当たる7月から標準報酬月額を変更すると判断してよい。

一方、給料が「翌月払い」の企業の場合には、4月に昇給したとしても、昇給後の金額が実際に支払われるのは、5月に支払う給料からになるのが一般的である。そのため、5月を基準として4ヵ月目に当たる8月から標準報酬月額を変更すると判断するのが正しい。このように、給料の支払い方法によって、標準報酬月額を変更する月が異なる点に注意したい。

【勘違い3】「標準報酬月額の変更は希望する場合だけ行えばよい」と思っている

『月額変更届』に関する勘違いの最後は、随時改定の要件に該当しても「標準報酬月額の変更手続きを行うかどうかは任意である」と考えている点である。

標準報酬月額を変更する代表的な手続きには、毎年7月上旬に行う「定時決定」と、昇給後などに行う「随時改定」の2種類がある。ところが、社会保険事務担当者の中には、「定時決定」は義務だが、「随時改定」は任意であると考えているケースがあるようである。

しかしながら、「定時決定」と同様に「随時改定」も必ず行わなければならず、要件に該当したら速やかに『月額変更届』を提出すべきことが法定されている。手続きを実施するか否かについて、企業側に裁量が認められているわけではない。

仮に手続きを怠っていた場合には、要件に該当してから相応の時間が経過していたとしても、『月額変更届』の事後提出を求められるのが通常である。その際は、過去に遡って標準報酬月額を変更することになるため、保険料納付事務が混乱しがちなので留意したい。

『月額変更届』に関する手続きは、数ある社会保険事務の中でも難易度が高い。気になる点があれば些細なことでも必ず確認をし、適切な手続きを進めていただきたい。


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