人材の流動化が進むなかで、経営陣・マネジメント層の人材への関わり方も大きな転換期を迎えています。
「終身雇用制度」や「年功序列制度」などの雇用慣行が当たり前の時代であれば、マネジメント方針は「年上かつ社歴のある上司が、年下かつ社歴のない部下を指導する」という一択で十分機能していました。社歴の長い上司ほど、その会社で長く研鑽を積み、自社の製品・サービスを熟視し、さまざまなアクシデントを乗り越えた知恵や経験も豊富です。つまり、組織や人材のマネジメントは、「上司、先輩の言うことを聞いていればうまくいく」という構図が出来上がっていました。

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「年上部下」や「社歴の浅い上司」は当たり前となった現代。経営陣・マネジメント層の人材への関わり方

人材の流動性が高まったことで、職場がギクシャクしがちに

前回お伝えしたように、人材の流動化により、終身雇用制度や年功序列制度が成り立たなくなってくると、そのようなシンプルな構図では組織のマネジメントを語れなくなってきました。

たとえば、これまでいた上司が他社へ転職をしていき、新しい上司がキャリア採用で外部から入社をした場合、まず上司より部下のほうが社歴の長い状態が発生します。それに加えて、部下より上司のほうが若い場合などは、部下の立場からすると「年下かつ社歴の浅い上司」が誕生することもめずらしくありません。すると、従来の雇用慣行に慣れてしまっているベテラン社員の中には、「うちの上司は自分よりも若いし、社歴も浅いから、自分がいろいろと教えてあげないといけない」と考える場合もあります。

一方で、外部から来る上司が、ベンチャー企業のような終身雇用制度も年功序列制度もない、年上の部下、年下の上司は当たり前の組織に慣れた人だと、「部下のほうが年上だろうが社歴が長かろうが、部下は部下」としてマネジメントをしようとします。そこで、コミュニケーションや人間関係の齟齬が起きることもあります。

他方で、新入社員や若手社員に目を向けると、彼らは学生時代の同級生や同期入社の同僚と自分を比較し、焦ってしまいがちな世代です。「同級生や同僚はSNSで楽しそうに自分の仕事を発信しているのに、自分は今の仕事にはそこまでやりがいを感じない……。この会社や仕事は自分に合っていないのではないか」とか、「何万人も社員がいたら、自分がプロジェクトリーダーになるのは何年も先の話だから早く責任者にさせてもらえるような会社に転職したほうがいいのかな」などと考える場合もあるでしょう。そして、誰に相談することもなく一人で結論を出してしまい、せっかく入社した会社に早々に見切りをつけて転職してしまう人も出てきます。今の時代は、このようなベテラン社員や新入社員、それぞれが置かれた立場や葛藤を理解しながら、組織力を維持・向上させるマネジメントをしていかなければいけないのです。

人材の価値を最大限引き出す=「タレントの存在価値を高めること」

このような状況で、どうすれば全員が納得、満足するマネジメントができるかと考えたときに、解決の糸口となるのは、「人的資本経営の考え方」ではないでしょうか。人的資本経営の定義である「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出す」というのが、経営陣・マネジメント層の“人材への向き合い方の解”ではないかと思うのです。

では、具体的にどのように向き合えば良いでしょうか。その好例として私が提案したいのは、経営陣・マネジメント層は、部下などの人材に対して “エージェントとして接する”ということです。

私は会社員時代、アーティストやアスリートのエージェントを行う会社に勤めていました。その時の「社員である担当者とアーティストやアスリートとの関係性」が、現代の組織には大いに参考になるのではないかと思っています。エージェント業務の基本は、アーティストやアスリートの「価値を最大限に引き出す」ことが仕事で、まさに人的資本経営における人材へのアプローチそのものなのです。
これが、一般的な上司と部下の主従関係と何が違うかを見て行きましょう。

エージェントは、まず、契約するアーティストやアスリート本人が考える希望や将来像を始め、他者にサポート・フォローしてもらいたいことをヒアリングしていきます。その上で、客観的な第三者の立場でアーティスト本人も気づいていない才能を見極めて、長所をさらに伸ばすためのフォローやアドバイスをすることに注力します。対話と支援を丁寧に繰り返しながら本人の魅力を最大限に引き出して、何倍にも彼らの価値を上げていきます。

社会におけるアーティストやアスリートの価値が最大化すれば、会社にもたらされる売上や利益も増え、それを担当した社員も評価されます。また、アーティストやアスリート本人にとっても、一人で活動するよりも効果的です。自分の価値を何倍にも最大化してくれるエージェント会社に所属する意義を見出し、感謝をして、引き続きマネジメントをお願いすることでしょう。全員が恩恵を受ける関係性です。

俯瞰して導く「プロデューサー型」上司が求められるワケ

このような関係構築のあり方を一般企業の上司・部下間に取り入れてみても、それほど違和感はありません。マネジメントを行う上司は、部下の希望するキャリアプランやライフプランをヒアリングした上で、客観的な第三者の立場から、部下本人も気づいていない長所や才能を見出します。そして、部下の価値が最大化するような仕事の進め方や自己研鑽の方法をアドバイスしながら、支援していくということです。

このような関係性であれば、まずハラスメントも起こりようがありませんし、心理的安全性も保たれます。先述の「年下の上司と年上の部下」や「社歴の浅い上司と社歴の長い部下」というような関係性においても有効な手立てとなるはずです。ただ、上の立場にある「上司」ではなく、「客観的視点をもったアドバイザー」という役割を意識することで、その内容はただの「命令」や「強制」ではなくなってきます。有益な「提案」となれば、アドバイスされるほうも耳を傾けやすくなります。

そのようなアドバイスやサポートができる関係性が構築できれば、社歴の浅い新入社員や若手社員は「自分が成長するイメージ」も見えてくるでしょう。「自身の価値を高められる環境にいる」という安心感は、若手のモチベーションを高め、定着率にも寄与することと思います。

人材マネジメントをするマネージャーの役割は、「エージェントとなり、部下をプロデュースすること」と考えるとシンプルです。それも「自分好み」にプロデュースするのではなく、本人の長所を生かし、本人が気づいていない潜在的な能力を開拓し、それを本人に気づかせて、さらに磨く努力を促す。「マネジメントを受ける前の何倍にも、価値を高めて最大化させる」ことがマネジメントの醍醐味です。プロデューサー的な立場を意識することで、結果を出した部下と共に上司自身も評価され、会社の売上や利益に寄与できるのではないかと思います。
そしてそのような組織であれば、所属する全員にとって居る意味のある場となり、人材が流動化する今の時代であっても、離職率を低減させることができるのではないかと思うのです。
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