産業保健よりも領域が広い「健康経営」でこそ「産業看護職」は輝く

先ほど解説した長時間労働面談や、健康診断、ストレスチェックといった、法律により定められた業務領域において産業看護職が活躍することは理解しやすいでしょう。こうした法令遵守を重視した業務領域を「産業保健」と呼びます。

実は産業看護職の価値は、産業保健にとどまらず、さらに領域の広い健康経営領域でこそ輝く価値であると私は考えています。なぜなら、企業に求められている「従業員の健康管理」に対する基準が毎年のように上がっており、産業保健領域だけでは十分な企業責任を果たせない社会になってきているためです。

◆産業保健と健康経営のカバー領域の違い

「企業は従業員が健康で安全に働ける職場環境を提供しなければならない」、この考えが1972年に労働安全衛生法という形で規定されました。そこから高度経済成長の後半では過労死が社会問題となり、企業は福利厚生を手厚くしはじめます。バブル崩壊後にはライフスタイルの変化と不況により、メンタルヘルス不調が課題となり、2010年代ではストレスチェック制度の義務化やパワハラ防止法の策定といった、従業員が健康で安全に働くための企業の義務が拡張されてきました。

こうした法律上の義務に加えて、社会的ニーズとしてさらに広い領域をカバーしなければならないのが「健康経営」です(図表4)。

図表4

健康経営のカバー領域
たとえば、「リモートワークの導入」に関しては、法律上どこかに会社の義務として記載されているような施策ではありません。しかし、新型コロナウイルスの流行による感染症対策として急速に「対応しなければならない」施策として持ち上がりました。感染状況が落ち着いた後になっても、人材採用において「リモートワークのない会社では働きたくない」という求職者の要望が強固なものであるために制度を継続する企業がほとんどになっているといえます。

しかし、オフィスワーカーとリモートワーカーが入り交じる職場環境では、これまでのような一律の健康管理では対応できないケースが増えてきます。典型的な例は「メンタルヘルス不調への対応策・予防策」でしょう。これまでのメンタルヘルス不調の原因の多くは「長時間労働」や「ハラスメント」といった、「人と人が関わること」が健康リスクになっていました。一方で、リモートワークが広まったここ数年では、「上司・同僚とのコミュニケーション」・「睡眠障害(眠れない・起きられない)」・「業務へのモチベーション低下」といった「人と人が関わらなくなったこと」が健康リスクになっています。

このような健康リスクの変化や、企業特有の社風や企業文化が、どのように従業員の健康に影響を与えているのかを把握して、人事施策としての対策を打つことが「健康経営」に求められているのです。

「健康経営」を成功に導くために、産業看護職に依頼する業務

それでは、法律では定められていない領域ではあるけれども、「健康経営」には欠かせない領域として、産業看護職にはどのような業務を依頼するといいのでしょうか。

◆二次予防・三次予防のさらなる充実

実は、「健康経営」を始めたばかりの企業や長続きしない企業の特徴として、一次予防にあたる健康施策ばかりに時間と費用を投下しているケースが見られます。確かに、一次予防による健康増進が達成できることは理想ではありますが、なかなか成果が現れづらく長い目で見なければならないため、一企業が取り組めることは限られてきます。

一方で、早期発見としての二次予防や再発防止としての三次予防では、すでにリスクが露見している従業員に対する施策であるため、比較的短期間での成果が出やすくなります。二次予防としてまず取り組んでいただきたい施策は、「高ストレス者面談の徹底」です。ストレスチェック担当者であればご存知かと思いますが、ストレスチェックで高ストレス者と判定された従業員のうち、産業医面談を希望する割合は10%ほどです。残りの90%は産業医面談を希望しないため、企業としても高ストレスだと分かっているにも関わらず放置してしまっている現状があります。

そこで産業看護職がいる職場では、産業看護職にストレスチェックの実施者として関わってもらうことにより、高ストレス者への声掛けやヒアリングを実施することが可能になります。こうした対応は人事だけでは実行不可能な予防策になります。

また三次予防として取り組んでいただきたい施策は「両立支援の体制づくり」です。両立支援とは、病気の治療や、育児・介護を抱えながらも就業意欲のある従業員が働きやすい職場環境を整えていくことです。両立支援は、当事者にとっての福利厚生という側面だけでなく、その周囲で働く従業員にとっても「わたしたちの会社は働きやすい環境を整えてくれている」ことが実感でき、企業へのエンゲージメントを高めてくれる要因にもなります。

二次予防・三次予防の領域は、年々厳格化される健康管理の領域でもあります。いま現在は法律上の義務でないとしても、近い将来は義務となる可能性もあるため、今から備えておくことに損はないでしょう。

◆ PDCAにおける計画と実行

「健康経営優良法人」においてもっとも重要視される項目のひとつが「適切なPDCAを回せているかどうか」です。健康経営で一定の成果をあげている企業の特徴として、ひとつの健康課題に対して継続的に取り組み続けている点があります。反対に「健康経営」が数年で頓挫してしまう企業は、毎年のように健康施策をとっかえひっかえしており、「健康経営」に対しての計画が立てられていないことが見られます。

そこで活用していただきたいのが「安全衛生計画表」です。上場企業やその子会社であれば作成されていると思いますが、従業員の健康管理について年間の実行計画や前年度の振り返りが記載されています。

安全衛生計画表は人事部や総務部にて作成されますが、その際に産業看護職が参加することが重要です。普段から健康リスクの高い従業員と向き合っているために、職場の中にどのような健康リスクが潜んでいるのかを肌感覚としてよく知っているのが産業看護職です。計画時点から産業看護職が参画することで、健康施策の実行をスムーズにつなげるなど、振り返りのしやすい実行策を提案してくれるでしょう。

◆健康データの分析と活用

産業看護職、特に保健師資格をもつ産業看護師の中には、健康データ(健康診断・ストレスチェック・面談記録など)を集計・分析することで、休職・離職の原因を特定したり、健康施策の裏付けを定量的に示してくれる方もいます。

健康データの分析と活用こそが、産業看護職と医療現場の看護師との違いではあるのですが、残念ながら多くの産業看護職が健康データの分析や活用に携われていません。なぜなら、健康データのもとになる様々な業務がいまだにアナログで煩雑な管理のままだからです。健康診断は紙で保管され、ストレスチェックと残業時間は異なるシステムで管理し、面談記録は産業医とメールでやりとりしている……というように、健康データがバラバラに保管されている状況では、データを集計するだけでも多くの手間がかかっているのです。

そのため「健康経営」を推進している企業の約半数は、健康データをとりまとめる基盤として「健康管理システム」を導入しているのです。

◆「産業看護職」の価値は無限大

私は産業医として、経営者として、「働くひとの健康を世界中に創る」ことに10年以上前から挑戦しつづけています。

働くひとの健康とは、本人の努力だけで実現できるものではありません。これは「健康経営」の考え方と共通する部分であり、従業員の健康とは企業文化や業務によって大きく左右されるものです。だからこそ、「健康経営」を成功させるにはハイリスク者と日々向き合っている産業看護職の活躍が欠かせない、と私は考えています。

産業看護職の価値は不調者面談や保健指導といった個人対応にとどまるものではありません。経営者・管理職・人事・産業医といった企業内のステークホルダー間のハブとして、企業として持続的な成長を続けるために欠かせない役割も担える専門人材なのです。

冒頭にある、健康経営実践企業への調査結果から分かる通り、「健康経営」を継続している企業では「従業員を巻き込むことができる健康経営の専門人材」が求められています。「健康経営」という一大プロジェクトを推進する人材として、産業看護職を採用することが大きな成功要因になるはずです。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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