2024年の雇用関係の法改正や政策の傾向は、全体を見ると、変化する社会の中での個々の企業や個人の持続性を増大させ、多様化する社会的なニーズに応えられる状態を目指すものであると言えます。特に、「人的資本経営に基づく戦略/実質賃上げ」と「多様な働き方の推進と働き方改革の徹底」の2つを基調とした法改正や政策に大きく分けられます。本稿では、この内容について解説します。
【2024年の雇用関係の法改正・政策】を、「人的資本経営」の観点から解説。あらゆる企業で人材戦略の検討が必須

単にルールに対応するだけではなく、人材管理自体を見直すことが必要

「人的資本経営に基づく戦略/実質賃上げ」と「多様な働き方の推進と働き方改革の徹底」に含まれるものとして、以下が挙げられます。

【人的資本経営に基づく戦略/実質賃上げ】
●年収の壁・支援強化パッケージ
※年収の壁・支援強化パッケージは、2023年中に実施された制度改正ですが、それ以外の2024年の法改正と一体的な意義を持ち、さらに制度含めて詳細が出続けていますので今回の解説に加えました
●労働条件通知書/求人募集内容の要件変更
●裁量労働制の適用要件の変更
●社会保険の対象者の拡大
●女性活躍推進の拡大
●新産業への人材育成や投資
●中長期の労働基準法(労基法)や雇用関係法令の改正の動き

【多様な働き方の推進と働き方改革の徹底】
●医師・運送業・建設業等の働き方改革、労働時間の上限規制
●障害者雇用促進法の要件拡大
●健康保険証の廃止とマイナンバーカード一体化

特に1つめの「人的資本経営に基づく戦略」に関する法改正や政策は、企業に対して従来の労働管理方法の見直しを促し、戦略的な人材管理、仕事の明確化などが前提となるものと言えます。本稿では、特にこの部分を総論的に解説します(法改正や制度の細かい要件を解説するものではないため注意してください)。

「企業に求められること」を法令や制度ごとに解説

上記のそれぞれについて「単にルールが変更されたために、ルールへの対応を行おうとする」だけでは本質的な対応を行うことが難しく、人材管理自体を見直して、正社員など無期・正規の労働者のみではなく、有期雇用の契約社員・アルバイト・パートなどの方に至るまで、下記のような対応が必要だと言えるでしょう。

1.それぞれの方が仕事において何をする役割か
2.それぞれの業務でキャリアアップの意思がある方のその後の業務内容や処遇
3.現在の仕事からの業務内容や場所等の変更や異動の可能性

これらを明確化しないと対応できない部分が大きいものと言えます。こうした、「個々の従業員の成長やキャリアアップ」と「企業の経営の方向性」をすり合わせるような考え方が、一般的に「人的資本経営」と呼ばれるものです。この観点で、それぞれの法令や制度の改正に必要な対応を概観すると以下の通りです。

●年収の壁・支援強化パッケージ

「年収の壁」の問題に対処するもので、年収の壁の対象の従業員について時間や報酬の増大を助成金で補助したり、扶養から外れなくて良いようにしたりするパッケージです。企業にとっては、この対象者となる方をどう選定するか、待遇をどう公正なものにするかの戦略的な判断が求められると言えます。

●労働条件通知書の改定

雇用契約に関する情報の透明性を高めることを目的としています。特に業務内容と場所について変更し得る内容を明確に示す必要が出てきていることと、無期転換時等の、有期雇用の方のキャリアの見通しを明確化する必要もあります。これらは、「どのように戦略的に人材を配分し、今後の見通しをどう考えるか」の考慮がないと記載しにくい内容です。

●裁量労働制の厳格化

特に「専門業務型裁量労働制」の労働者の方に対しても同意が必要となり、責任と期待される役割を明確に伝えることが重要になりました。どう専門的で、期待役割が何なのか、といった考慮が必要だと言えます。

●社会保険の対象者の拡大

「51人以上の企業」にも社会保険の対象となる要件が広がることになりますが、保険料の負担増加を理由に社会保険への加入を望まない方も多いものと考えられるため、従業員の意向を確認して業務設計を進める必要があると考えられます。

●女性活躍推進の拡大

「女性活躍推進法」における、男女の賃金の差の開示が義務となる企業の拡大や、中長期での「次世代育成支援対策推進法」(次世代法)などの育児に関する開示内容の詳細化について、政策で方針が定められています。属性に関わらない活躍をどのように実現するか、各企業での戦略立案が求められます。

●新産業への人材育成や投資

スタートアップ5ヵ年計画や、気候や環境、グリーントランスフォーメーションに関する産業への戦略的な投資など、新規産業への支援方針が、主に経済産業省の政策で定められています。こうした政策は、補助金や特定の業界の事業支援として具体化されます。関わる産業の範囲は広いのですが、施策の活用のためにも事業的な展開を精緻に考える必要が増しており、戦略を考えられる自社内の人材育成がより重要になっています。

●中長期の労働基準法(労基法)や雇用関係法令の改正の動き

中長期的な、雇用関係の法令の改正に関する審議会等の情報も様々に出てくるようになっています。内容は多面的なものですが、大きな方針として、各企業での戦略的な人材育成を促すこと、情報の内外への開示の推進、副業兼業をはじめ、雇用契約という形態にとらわれない労働の形の活用を増進することなどが全体として共通した方針となっています。こうした政策の流れを意識して経営をしていく必要があります。



これらの法改正や政策から、企業が従業員の仕事の責任と役割を明確化し、報酬や待遇、キャリア等の面を強く意識し、人材活用についての中長期の計画を行うことが強く求められてきていることがわかります。そして、こうした準備を行った上で、戦略的で透明な取り組みを行うことを強く促しているものだと言えます。つまり、人材不足の中で、それぞれの企業が「採用力の向上」や「戦略的な人材活用」に取り組む必要があるのです。
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