経営戦略の視点において人材(ヒト)をどのように捉えるか、これが今、大きな分岐点にきています。「人的資本経営」に取り組み、企業価値を持続的に向上させていくためには、“伝統的な企業経営の価値観からの転換”が求められます。今後に向け、どのようなポイントを抑えておくべきなのかを整理します。

【人事が持つべき経営視点】第1回から読む▶なぜ今、人事が「経営視点」を持たなければならないのか
まさに今が「分岐点」。人材(ヒト)を「資源」から「資本」と捉え直す

ヒトに依存したままだと「経営戦略」が立ち行かなくなる

これまで日本の多くの企業では、人材を「労働力として消費するもの」=「資源」として捉えていたと思います。製品やサービスを開発した後、それを大量生産、大量販売するためには大量の人材が必要になります。その人材を確保し、それぞれオペレーション通り、マニュアル通りに働いてもらうことで、大量生産、大量販売ができ、売上や利益を伸ばすという事業モデルの経営戦略がなされてきたと思います。

実際に高度成長期は製造業を中心として工場などに大量の人材を配置し、各自が分担して製品を大量生産して、世界中に営業社員を配置して販売をすることで日本企業は成長してきました。そして現在でも、こういった「経営戦略」が多用されています。

たとえば、キャッシュレス決済事業者のシェア争いなどでは、豊富に資金のある大企業が営業社員を雇い、いわゆるドブ板営業で街中の店舗に営業をかけて人海戦術でシェアを伸ばしていっています。

このように人材を「資源」と捉える経営戦略は、それはそれで時代を問わず一定の成果を上げている事実がある以上、全否定されるものではないと思います。

「経営戦略」を崩壊させる、4つの社会的背景

ただし、人材を「資源」と捉える経営戦略には決定的な弱点があります。それは、経営戦略で想定した人数や想定したスキルレベルを持った人材が集まらない、または維持できなくなると、その経営戦略は「崩壊する」ということです。そしてそれが今、日本社会では現実のものとなってきているのは人事部門の皆さんであればご存知の通りです。「労働力不足」、つまり「資源不足」のリスクに多くの企業が直面しています。
これにはさまざまな理由が考えられますが、主な「4つの理由」にポイントを絞ってお伝えします。

理由1:労働人口の減少
理由2:多様な働き方の急速な進展
理由3:人材の流動性の高まり
理由4:産業構造の変化、デジタル化による専門人材の不足


1.労働人口の減少


日本の人口そのものが減少傾向にあることはもちろんのこと、労働人口が減少している国では積極的に外国人労働者に門戸を開いていますが、日本ではまだ一部の業界や職種にそれらがとどまっています。また、「日本人従業員が日本語しか話せない」という職場環境が、外国人労働者には厳しい壁となっており、諸外国と比べて、日本の労働環境は労働人口の獲得という点ではハンデを背負っています。

2.多様な働き方の急速な進展


働き方改革やコロナ禍による労働環境の変化によって、「週5日フルタイム出社」以外の働き方が増え、雇用される側の人達の働き方の選択肢が広がりました。そのため、これまで「生活のために仕方なく職場環境を最優先して自分のライフプランのことは後回しにしてきた」人達が「自分のライフプランに合わせた職場環境を選ぶ」ことが現実にできるようになってきたため、そのようなニーズに応えた環境整備された職場に求人が集まりやすい状況になりつつあります。

3.人材の流動性の高まり


私が20年以上前に初めて転職をしたときは、周囲から「こらえ性がない」と言われたこともありましたし、中途入社の人材は「何でもできるのが当たり前」という高いハードルやプレッシャーがありましたが、今や転職そのものが普通のこととなりました。
そのため、「うちの会社をやめたら人生終わりだよ」という日本の組織特有の精神的緊縛が効果をもたらさなくなり、むしろそのような会社は敬遠される傾向にあります。
また、ジョブ型雇用や副業の広がりなど、フリーランスや業務委託など外部から社内のプロジェクトに参加したり、逆に正社員が副業で社外のプロジェクトにも参画したりできるような環境の企業においては人材の確保ができていますが、それらを認めない企業においては敬遠される傾向にあります。

4.産業構造の変化、デジタル化による専門人材の不足


産業構造の変化やデジタル化により、エンジニアなどをはじめとした新たな産業や仕事に対応できる専門的人材が求められる中、そのような職種の求人採用は各企業の奪い合いが過熱する一方、社内には新たな産業や仕事へ対応ができないリスキリングが必要な社員が増加しているにもかかわらず、その対応が遅れているという状況も起きています。

あるべき未来の姿は、企業と人材の中長期的な関係構築ができているか

これらの理由からもわかるように、これからの時代は企業が求める人材がかつてのように無限にいる環境ではありませんので、一度でも関わった人材といかに長期間良好な関係を維持できるかが肝になります。また、人材の能力開発に投資をして、産業構造の変化やデジタル化にも対応できる人材を自社で育成し続けていくかが重要です。このように、人材を「投資する対象」としてみなすことが、人材を「資本」とみなす、ということです。

一度関わりを持った社員に対し、その社員のライフプランの変化にも柔軟に寄り添えるような、さまざまな雇用形態や勤務形態の充実をはかることも投資の一つでしょう。また、意欲のある社員を公募してリスキリングを行う環境を整えることも投資の一つです。社員の「個」を尊重した、人材そのものへの投資により、企業の人材不足による競争力低下を防ぐことができ、不確実性の高い時代に対応できる人材を育成することにもつながります。そして無駄のない人事配置ができることで企業の生産性を上げ、利益をもたらすことができます。

人材をこれまでのような人的資源(Human Resource)として捉えるだけではなく、人的資本(Human Capital)として捉えて、人材を「消費」の対象から「投資」の対象へと考える、そのような視座もこれからの時代の経営戦略には必要ではないかと思います。
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