「暗黙知」とは、「個人の経験や勘に基づく、簡単に言語化できない知識」のことを指す。具体的には、長年の経験者しか理解していない業務のノウハウなどがあげられる。この「暗黙知」と対をなすのが、言葉や数式などで客観視できる知識の「形式知」である。共有が難しい「暗黙知」は属人化の要因となり、人材価値の向上やシニア活用、またパフォーマンスが高い人材の行動特性「コンピテンシー」の共有の観点からも、「暗黙知」の形式知化が求められる。本稿では、「暗黙知」と形式知の違いや、「暗黙知」を形式知へと変換して共有するための「ナレッジマネジメント」の方法などを解説する。
「暗黙知」と「形式知」の意味や具体例とは? 形式知化する「ナレッジマネジメント」のポイントや企業事例も紹介

「暗黙知」とは? 対義語である「形式知」との違い

「暗黙知」とは、個人の経験や勘、直観などに基づいた知識のことである。「コツ」や「勘」、「ノウハウ」とも言い換えられ、言語化して他者に伝えるのが困難である。

「暗黙知」を提唱したとされるのは、ハンガリー出身の学者、マイケル・ポランニーである。ポランニーは、著書『暗黙知の次元』の中で、「他者の顔や表情を見分ける方法」など、言葉や図式で簡単に表現できない暗黙的な知識のことを「暗黙知」と呼んだ。

その言葉を経営・ビジネスの分野で広めたのが、経営学者の野中郁次郎氏である。野中氏は、1980年代の日本の経済成長の理由として「暗黙知から形式知への転換」をあげている。さらに野中氏らは、「暗黙知」を共有する「ナレッジマネジメント」のフレームワーク、「SECIモデル」を提唱した。「ナレッジマネジメント」の詳細は後述する。

●「暗黙知」と「形式知」の違い

「暗黙知」の対義語となるのが「形式知」である。「形式知」とは、マニュアルやデータとして明文化・言語化された客観的な知識のこと。文章や口頭で伝えることも可能で、形式知化された情報は他の人と共有しやすい。

●「暗黙知」と「形式知」の具体例

「暗黙知」と「形式知」の具体例には下記のようなものがある。

【暗黙知】
ものづくりにおける職人の技、熟練の技術と呼ばれるものの多くは「暗黙知」である場合が多い。また、「営業担当者の話術」、「デザイナーのセンス」といった知識も「暗黙知」に該当する。

【形式知】
「操作マニュアル」や「料理レシピ」のように、何をどうすれば完成させられるのかが言語化・図式化されているものは「形式知」である。企業の「経費精算フロー」などは「形式知」に含まれる。

「暗黙知」を「形式知」に変換するメリット

「暗黙知」は言語化できない知識のため、知識の共有化や技術の継承が難しくなる。よって、企業では「暗黙知」を形式知化していないことで生じる不都合も多い。「暗黙知」を「形式知」に変換するメリットは以下のようなものがあげられる。一つずつ見ていこう。

・属人化の防止
・業務効率化
・従業員のスキルの底上げ
・スムーズな育成・指導

●属人化の防止

「暗黙知」による業務が多いと、特定の従業員しかその業務の進め方を知らない、という「属人化」の原因にもなる。属人化された業務が多いと、担当者の急な休みや出張、または退職などの場合に、他の従業員への負担が大きくなるほか、業務がストップしてしまう事態にもなる。ノウハウを形式知化することで、担当者の不在時でも他の従業員が対応することが可能となり、業務の崩れや品質の低下を防ぐことができる。

●業務効率化

「暗黙知」とされる業務は、一部の精通した従業員しか扱えないという場合も多い。その業務を他の従業員に教える場合は、手取り足取り教える必要があるため、非常に効率が悪くなる可能性がある。「暗黙知」を形式知化することで、教える方の負担を減らし、業務効率化も実現できる。

●従業員のスキルの底上げ

業務に精通した従業員のスキルを全体で共有することで、すべての従業員がいつでもその知識を得られ、全体的な業務の質の向上につながる。また、優れた成果を上げる人材のスキルや行動特性、「コンピテンシー」を形式知化して共有すれば、全体のスキルの底上げを図ることができ、生産性の向上も期待できる。

そして、業務を形式知化し、必要な時にマニュアル等で確認できるようにしておけば、業務に精通した従業員による指導の時間も削減できるというメリットがある。知識、技術を身に付けたい従業員側も、疑問点をすぐに解決できる。

●スムーズな育成・指導

「暗黙知」を形式知化すると、資料による情報共有が可能なため、従業員の育成時間の短縮にもつながる。マニュアルで業務を学べるようにしておくことで、必要な時に随時インプットすることが可能となり、集合研修が難しい場合でもスキルの向上が期待できる。さらには、研修準備にかかるコストや手間の削減も可能となる。

「暗黙知」を「形式知」に変える「ナレッジマネジメント」とは

「ナレッジマネジメント」とは、企業内の知識や技術などを共有化し、さらに発展させるための手法である。「ナレッジマネジメント」を行うことで、「暗黙知」を形式知化し、業務に活かすことができる。「ナレッジマネジメント」について詳しく解説する。

●「ナレッジマネジメント」の4つの要素

先に紹介した野中郁次郎氏らは、「ナレッジマネジメント」は主に以下の4つの要素に分けられると解説している。

(1)SECI(セキ)モデル
(2)場(ba)
(3)知識資産
(4)ナレッジ・リーダーシップ

(1)SECI(セキ)モデル

野中氏らは「SECI(セキ)モデル」を「ナレッジマネジメント」のフレームワークとして提唱している。SECI(セキ)モデルは次の4つから成り立っているので確認しておこう。

・共同化(Socialization)
共同作業・共通体験を通じて、互いの「暗黙知」を共有する。

・表出化(Externalization)
共有された「暗黙知」や新しい気付きを言葉や文章、図などで形式化し、「形式知」へと変えていく。

・連結化(Combination)
既存の「形式知」と新しく生まれた「形式知」を組み合わせ、さらに新しい「形式知」を生み出す。

・内面化(Internalization)
連結化で生まれた「形式知」を各自が実践して習得する。最終的にはまた新たな「暗黙知」へと変えていく。

SECI(セキ)モデルで提示したサイクルは、一通り行ったら終わりではなく、繰り返し行うことで組織の体系を作っていくものである。「暗黙知」の形式知化だけが重要というわけではない。「形式知」を暗黙知化することで、さらに新たな知識や技術が生まれるというのが野中氏らの主張である。

(2)場(ba)

企業内で知識の共有を行いたい場合、重要となるのが「場」である。組織において、情報や知識は人が集まる場で作られるというのが野中氏らの考えだ。

ちなみに、「場」は直接会える場所でなくても構わない。ネット上の仮想空間であっても場となり得るとされている。SECI(セキ)モデルのサイクルに応じて、次のような「場」があるとされている。

・共同化の場
社員食堂、休憩室など、手軽にコミュニケーションが取れる場所が適しているとされている。

・表出化の場
会議、ミーティングなど、同じ目的を持って臨む場所が適しているとされている。

・連結化の場
ナレッジ共有ツールなど、形式知を共有できる場のことである。

(3)知識資産

「場」で共有された知識は、企業の知識資産となる。知識資産は「ナレッジマネジメント」における成果であり、蓄積・継承はもちろんのこと、どのように活用するかが経営戦略において非常に重要である。

(4)ナレッジ・リーダーシップ

ナレッジマネジメントを成功させるためには、部署やチームをけん引するリーダーを置くべきである。ナレッジ・リーダーは、知識の共有、SECI(セキ)モデルの活用、場の活性化といった「ナレッジマネジメント」のプロセスを主導し、発展させる役割を担う。適切にリーダーシップが発揮されることで、より効果的に各従業員へ「ナレッジマネジメント」の重要性が認識されるだろう。

「ナレッジマネジメント」のポイントと企業事例

●「ナレッジマネジメント」のポイント

「ナレッジマネジメント」の効果を高め、「暗黙知」の有効活用につなげるためのポイントとして、下記の2点があげられる。

・ナレッジ共有やコンピテンシーを評価に反映する
「ナレッジマネジメント」を機能させ、「暗黙知」を形式知化するためには、ナレッジの共有が何より重要となる。しかし、今までの経験で身に付けた知識を他人と共有することを拒む従業員がいることも予想される。

対策としては、ナレッジやコンピテンシーの共有を評価に適切に反映させるとともに、ナレッジ共有の意義や意図を明確に説明し、ベテラン従業員が知識を共有しやすい環境を構築するのが望ましい。

・ナレッジ共有がしやすいツールを導入する
ナレッジ共有の際は、紙で記録を残すのではなく、共有しやすいツールを導入することも考えたい。例えば、音声や映像での技術共有や、不明点を解決しやすい検索ツールの導入は効果的だ。

●「ナレッジマネジメント」の企業事例

実際に「ナレッジマネジメント」を推進する企業の成功事例を2つ紹介する。

・花王
消費財や化学品大手の「花王」では、消費者相談室に寄せられた声を、独自の「花王エコーシステム」により社内共有し、その情報をもとに、マーケティングや商品企画、研究、品質保証などの関連部門が商品改善を行っているという。また関連部門の責任者が一堂に会して議論する場を定期的に設け、消費者の声を活かしたものづくりを推進している。

・エーザイ
医薬品製造大手「エーザイ」のナレッジマネジメントは、社内だけにとどまらないのが特徴だ。各社員が企業活動で得た医療関連の知識を、地域や学校、そして疾病に悩む人や医療従事者と共有している。講演会や出張授業、交流イベントなど、社外への情報展開の場を設ける活動は数百にも渡り、ヒューマン・ヘルスケアの理念に基づいた知識創造と共有を実践している。



「暗黙知」とは、「職人の技術」のように個人の経験が元となっている知識・技術のことである。企業内の「暗黙知」をそのままにとどめるのではなく、形式知化し共有することで、特定の従業員だけが業務を知っているという「属人化」の防止だけでなく、コンピテンシーの共有が可能となり、従業員のスキルの底上げも可能となる。生産性向上に不可欠といえる「暗黙知」の有効活用に向け、「ナレッジマネジメント」に取り組んでみてはいかがだろうか。1つずつステップをこなし成功例を重ねれば、有用な「暗黙知」を掘り起こすことができるだろう。
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