企業の成長・存続のためには、次世代へのスムーズなバトンタッチが不可欠となる。そこで注目を集めているのが、次期社長や次期幹部を長期的・計画的に育成する取り組みの「サクセッションプラン」だ。ここでは「サクセッションプラン」の意味・目的・重要性、一般的な人材育成との違い、後継者育成計画を作成する際のポイント、先行して実践している企業事例などを紹介する。
「サクセッションプラン」の意味とは? 後継者育成計画の作り方や企業事例などを紹介

「サクセッションプラン」の意味および人材育成との違いとは?

「サクセッションプラン」とは、将来的に組織を牽引することが期待される人材、すなわち経営者候補や幹部候補など“事業の後継者”を育成するための施策である。サクセッション(succession)には「継承」や「相続」という意味があり、「サクセッションプラン」は「後継者育成計画」などと訳されることになる。

●「サクセッションプラン」の目的と必要性

企業の業績向上・存続・成長・経営革新には、社長/CEOや経営幹部に高い能力が備わっていることが必要だ。それは“いま”だけにとどまらず、“将来”についても求められる。激変するビジネス環境に素早く対応していくため、また重要なポジションにいる人材が経営判断を誤るリスクを回避するために、優秀な後継者を常に確保しておかなければならない。

だが人手不足や離職率の高まりによって、今後の会社運営を任せられる人材が社内にいない(後継者不在)という状態に陥っている中小企業は多い。仕方なく事業の継続を諦める『後継者難倒産』が問題となっているほどだ。もちろん事業の範囲・規模の大きな企業でも、優秀な次期経営層の育成は欠かせない。

こうしたことから、長期的・計画的に後継者を育てる「サクセッションプラン」が注目を集めている。後継者不在による倒産やM&Aといった問題を回避して企業を存続させる。これまで会社が築き上げてきた企業価値を次世代へとつなぐ。経営革新を滞りなく実現して持続的な成長を促す。そのために「サクセッションプラン」は不可欠な施策といえるだろう。

企業における意思決定のあり方、株主との関係性などについて東京証券取引所がまとめた『コーポレートガバナンス・コード』にも「サクセッションプラン」への言及がある。

取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。
(経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」より引用)


経済界全体として「サクセッションプラン」は大きなテーマとなっているわけだ。

●人材育成と「サクセッションプラン」の違いとは?

一般的な人材育成は、職務に必要な知識・スキルの習得を目的としている。人事部の主導で従業員に研修を受けさせ、専門性を高めていくスタイルがほとんどだ。

これに対して「サクセッションプラン」は、経営者候補・幹部候補が対象となり、会社を経営するために必要な能力を総合的に高めていくことになる。人材育成でも管理職研修などは行われるが、より上位の人材、経営に直接タッチする層の育成が「サクセッションプラン」の目的といえる。

経営者候補・幹部候補には全社を横断的かつ俯瞰的に捉える経営者視点が必要であり、広い分野にまたがる研修や能力開発が行われることになる。そのため数年から数十年という長期的な計画になることも多い。また現経営層が人材評価や育成に深く関与することも大きな特徴だ。人事部門も育成計画の立案・運用などにあたることとなるが、あくまで主導権は現経営層にあると考えていいだろう。

「サクセッションプラン」のメリットとデメリット

●メリット

「サクセッションプラン」の実行には「どんな人材が次期経営者・次期幹部にふさわしいのか?」という視点が必須だ。当然、候補者は経営理念・経営戦略に基づいて選抜されることになる。その際、経営人材に求められる能力や資質が可視化されることが大きなメリットだ。

経営者候補・幹部候補への選抜要件が明確であるからこそ、経営理念を正しく理解した社員の育成や、企業文化の維持と継承も実現する。「サクセッションプラン」を通じて経営幹部全体の能力向上も図れるだろう。前述した『後継者難倒産』などのトラブルは回避され、ポストが空けばすぐさま最適な人材を登用することが可能となる。新規事業の立ち上げにも対応しやすい。優秀な人材の外部流出防止にもつながる。

また「サクセッションプラン」の実施によって、経営理念・経営戦略が社内に浸透し、人事評価制度は洗練されるだろう。経営層入りを目指す従業員だけでなく、全社的にモチベーションとエンゲージメントと従業員満足度は高まり、組織活性化が期待できる。企業価値は大きく向上するはずだ。

●デメリット

デメリットがあるとすれば、まずはコスト面だ。社内で経営者候補・幹部候補を育成するため、いわゆる“ヘッドハンティング”のためのコストは削減される。半面、長期に渡る計画となり、一般的な育成に比べて候補者一人あたりのコストは増大する。

長期的な計画ゆえ、候補者が途中で辞退あるいは退職するリスクも考えられる。それまで費やした時間的・金銭的なコストが無駄になってしまう恐れがあるわけだ。

経営者候補・幹部候補とその他の社員の間に大きな格差や軋轢が生じないような工夫も必要となる。また途中で候補から外された人材のキャリアプランの見直し、モチベーションの維持などにも配慮しなければならないだろう。

後継者育成に困らない「サクセッションプラン」の作り方とは

ここでは「サクセッションプラン」を実施するにあたっての手順や注意事項を整理してみよう。

●経営理念・経営戦略などを明確にする

「どんな人材が次期経営者・次期幹部にふさわしいのか?」を考える際には、自社の経営理念・経営戦略が明確化されていなければならない。「ビジョンや中長期的な経営戦略」だけでなく、「企業文化・企業風土」、「自社の製品・サービス・技術」、「自社の強み」、「自社を取り巻くビジネス環境」、「今後の予測」など、整理しておく必要のあるものは多い。

経営理念・経営戦略などが現経営層や社内に浸透し共有されているのか、次世代に必要となるのは“維持”なのか“変革”なのかといった点も確認しておくべきだ。

●育成対象となるポジション/ポストを洗い出す

「中長期的な経営戦略」、「維持すべき企業文化」、「変革していくべき業務」などが整理されれば、それらを実現していくためのポジション、戦略的に重要となるポストを洗い出していくのが次のステップだ。

社長やCEO、役員、事業の責任者や各部の部長など、育成すべきポジション/ポストは何か、その数、内容、候補者数などをリストアップしていくことになる。場合によっては役職の新設や組織の改編が必要となることもあるだろう。

●各ポジション/ポストの人材要件を決定する

ポジションやポストによって、求められる能力や資質、適性が変わるのは当然だ。専門的な知識・スキル、経験、ノウハウ、語学力、資格、コミュニケーション能力、リーダーシップ、マインドセット、本人の意志・熱意、上司や同僚との関係、コンピテンシー(職務遂行において優秀な成果へとつながる行動特性)、経営理念や経営戦略に対する理解度など、考慮すべきポイントは枚挙にいとまがない。

個々の要素はポジション/ポストごとに、可能な限り具体的に明文化することが望ましい。評価基準・選抜基準も策定しなければならない。

●候補者の選出・特定

候補者の選出・特定においては、自薦や他薦のほか、各種アセスメントや試験、研修やグループディスカッション、面接など、さまざまな方法を採り入れるべきだろう。タレントマネジメントシステムを導入しているなら、そこでの人事評価も参考にできる。

当然、ポジション/ポストごとに策定した評価基準・選抜基準を満たす者が「サクセッションプラン」の対象となる。客観性、公平性、透明性を保ちつつ、多角的な視点で候補者の絞り込みを進めたい。

●育成計画の作成・実行

「サクセッションプラン」では、ポジション/ポストごと、さらには候補者ごとに緻密な育成計画を作成する必要がある。強化すべき能力や特性などは、それぞれ異なるからだ。

研修の受講だけでなく、配置転換・ジョブローテーションによる多彩な業務体験、複数の部署における管理職経験、海外への派遣などを通じて、企業経営に必要な資質を総合的・横断的に高めていくことになる。幹部候補だけで経営課題について論じ、経営戦略の提言も行う「ジュニアボード制度」の導入も考えられる。

育成計画の作成と実行に必要な社内環境の整備も必要だ。また現経営層、「サクセッションプラン」の運営にあたる機関(委員会など)、人事、候補者の上司など、関係者それぞれの役割を明確化しておくことも求められる。

●評価、進捗確認、計画の追加・修正

一般的な人材育成と同様に「サクセッションプラン」でも、目標、評価項目、評価基準が設定される。それをもとに個々の候補者を観察・分析・評価し、進捗を確認しなければならない。当人や上司との面談、メンタルケアも重要だ。

計画の遅れや問題点などがあれば、計画を追加・修正すべきだろう。候補者からのヒアリングを今後の計画にフィードバックさせることも必要となる。もともと「サクセッションプラン」は、中長期的な経営戦略をもとに計画を作成し、長いスパンで進めていくものだ。その間のビジネス環境の変化や経営戦略の見直しに合わせて育成計画も柔軟に修正していかなければならない。

計画し、実行したら、成果を評価し、改善に生かす。「サクセッションプラン」でもPDCAを回していくことが肝要なのである。

「サクセッションプラン」実行の参考にしたい企業事例

早くから「サクセッションプラン」に取り組み、成果を挙げている企業も多い。それら先行事例を紹介しよう。

●りそな銀行――7つのコンピテンシーに基づき人材を評価

りそな銀行では、役員の選抜・育成のための「サクセッションプラン」を2007年に導入している。育成するのは「次世代トップ候補者」と「新任役員候補者」で、対象者を階層ごとに分類したうえで選抜・育成プログラムを実施するスタイルだ。

選抜基準・評価基準としては、「変革志向の強さ」、「お客様の喜びを追求する姿勢」、「深く多面的に問題を見極める力」など、役員に求められる7つのコンピテンシーが設定されている。

また「サクセッションプラン」の内容などを決定する指名委員会を設置し、育成プログラムにも積極的に関与している。指名委員会は社外取締役が中心となっているほか、外部コンサルタントからの助言を受け入れるなど、人材を中立・公正に評価する工夫を取り入れている点もポイントだ。

●オムロン――透明性・客観性を確保したうえでの社長指名を実現

オムロンでは2006年に社長指名諮問委員会を設置した。同社の『コーポレート・ガバナンス ポリシー 持続的な企業価値の向上を目指して』によれば、「社長候補者の決定に対する透明性・客観性・適時性を高め、取締役会の監督機能の強化を図る」ことが委員会の目的だ。

具体的には、緊急事態が生じた場合の継承プランおよび後継者計画(サクセッションプラン)の審議、社長CEOの評価、次年度の社長CEO指名などが社長指名諮問委員会の仕事となっている。委員長は社外取締役、委員の過半数も社外取締役として独立性を高め、社長選びのシーンで公正に機能することが期待されている。

次期社長の選抜にあたっては、約10年かけて数十人の候補者を入れ替えながら絞り込んでいくという、長期的な取り組みとなっている。現社長の山田義仁氏は、委員会を通じて指名された人物だ。

同社の取り組みは「社長の指名プロセスの透明性が高いこと」や「委員会の実効性が確保されていること」が評価され、日本取締役協会主催の『コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー2018』で経済産業大臣賞を受賞している。

●花王――後継者を3段階に分けて育成する

花王では将来的に経営幹部への登用が期待される者を「基幹人材」として選抜(毎年見直される)し、選抜研修や「サクセッションプラン」を実行している。また後継者候補を以下の3つに分けているのもポイントだ。

・ReadyNow(今すぐに後任となれる人財)
・ReadySoon(1~3年で後任として育成する人財)
・MidTeam(3~5年で後任として育成する人財)


それぞれに「サクセション・プランフォーム」が作成され、基本使命、求められるスキル・経験などが明示されるほか、業務(役割拡大、ローテーション、海外駐在)や研修などの育成プログラムを通して能力開発を図っている。

「サクセッションプラン」にもHRテクノロジーを活用したい

企業独自の風土や文化を生かしつつ、企業理念を具現化し、中長期的な経営戦略を実行に移して目標を達成する。そして、将来的な業績向上と成長を図り、経営革新も果たしながら会社を存続させていく。これらは企業にとっての至上命題といえる。

そのためには社長/CEOや経営幹部の候補を「サクセッションプラン」によって育成し、事業を次世代へとスムーズに引き継ぐことが重要だ。長期的な取り組みとなるが、あらゆる企業にとって絶対に不可欠なものといえるだろう。

ただ、いきなり本格的な「サクセッションプラン」を進めることには無理がある。経営理念・経営戦略の明確化、対象となるポジション/ポストの選定、必要な人材要件の設定などには、それなりの時間とパワーを要するだろう。

とりわけ候補者の選出・特定には、公正さと慎重さが必要だ。人間関係のしがらみなど余分なファクターをもとに経営者候補・幹部候補を選出するようでは、正しい育成や後継者の確保は難しい。だからこそ上述の先行企業は、独立性の高い社外取締役に大きな権限を与えているとも考えられる。そうした体制作りも必要となるわけだ。

また社内に散らばる優秀人材の抽出には、タレントマネジメントなどの人事管理システムや各種の人材アセスメントを活用することが必須となるだろう。個々の目標設定と管理、公正な評価、適性の分析などに力を発揮するこれらHRテクノロジーの導入が、「サクセッションプラン」を成功に導く第一歩となるはずである。
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