「経営理念」とは会社の主軸であり、重要なものであるという認識は、多くの社員が持っているだろう。だが、そもそも「経営理念」とは何なのか、どのような目的があるのかと問われれば答えに窮してしまう従業員もいるかもしれない。経営理念は経営層の発信だけではなく、社内に浸透してこそ意味を成す。そこで今回は、「経営理念」の意味やビジョン、ミッションとの違い、代表的な企業事例などを詳しく説明していきたい。
「経営理念」の意味とは? ビジョン、ミッションとの違いやパナソニックとトヨタの事例も解説

「経営理念」の意味、ミッションやビジョンとの違いとは

「経営理念」とは、企業の創業者や経営者の哲学・信念を踏まえた、企業の根本となる想い、考え方、大切にすべき価値観、行動指針、そして企業としての存在意義や目指す理想像を明文化したものだ。「なぜ、企業活動を行うのか」、「何のために経営するのか」、「社会に対してどのような影響を与えられるのか」という、問いへの答えであると言っても良い。「経営理念」は、社員にとっては行動の判断基準となり、社外に向けたメッセージとも成り得る。

●経営理念と「ハーズバーグの2要因論」や「マズローの5段階欲求」の関係性

「経営理念」を掲げると社員の気持ちが前向きになると言われている。これは何故なのか。二人の心理学者の理論を紹介しながら説明したい。

・「ハーズバーグの2要因論」
まず、最初に米国の臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提示したのが、「ハーズバーグの2要因論」だ。彼は、社員が自分自身の現状や仕事に対して満足する要因として、「不満足要因(衛生要因)」と「満足要因(動機づけ要因)」の二つがあると述べている。

「不満足要因」には、経営方針や職場環境、対人関係、労働条件、給与待遇、福利厚生などが含まれ、これらが満たされないと社員は不満足と感じてしまう。そのため「経営理念」が明確でないと、社員は何を目的として仕事をすれば良いのかが分かりにくくなる。そして、仕事にモチベーションを感じなくなってしまうだろう。一方、「満足要因」には、達成感や他者からの承認、責任、昇給、昇進、成長が含まれ、これらが満たされると社員は充足感を得て、モチベーションが自ずと上がるというわけだ。

・「マズローの5段階欲求」
もう一人は、米国の心理学者アブラハム・マズローだ。彼は、「マズローの5段階欲求」という理論を提示している。5段階とは、「生命・生理的欲求」、「安全・安定の欲求」、「社会的欲求」、「自我の欲求」、「自己実現の欲求」を指す。

社員にしてみれば、給与待遇や労働条件などの要因は、5段階のなかでは下層となる「生命・生理的欲求」、「安全・安定の欲求」に該当する。「社会的欲求」「自我の欲求」にあたるのが、充実した社員教育。そして、最上層の「自己実現の欲求」に該当するのが、社員の目指す姿を実現することであり、それには共感できる「経営理念」がどうしても不可欠となってくる。言い換えれば、「経営理念」には社員が自己実現したいという想いにスイッチを入れる効果を持っているのだ。

●「経営理念」の目的

近年、「経営理念」の重要性がより一層高まっている。なぜなのか。ここでは、「経営理念」の掲げる目的を紹介したい。

・組織の行動指針
「経営理念」は、社員に示す組織の行動指針として活用される。社員がどう行動・判断したら良いか迷った時でも、「経営理念」が掲げられていれば、組織のなかで自分が置かれている立場や優先的に取り組むべき業務も明確となるので、答えを導きやすい。

・企業価値やブランドイメージ
「経営理念」を明確に打ち出すと、企業価値やブランドイメージの向上にもつながってくる。広く社外に発信していくことで、社会における存在価値も確かなものとなる上に固定の顧客も獲得でき、永続的に利益を確保していける。また、企業価値を高めることで、優秀な人材を迎え入れることも可能となってくる。

・企業経営の判断軸
「経営理念」は、経営者にとって不可欠な判断軸となるだけに、経営戦略を立案する際にも大きな影響を及ぼす。「経営理念」に準じて意思決定していけば、社員や投資家からの理解・賛同も得られやすくなる。

●「経営理念」と企業理念や社是・社訓、ビジョン、ミッションとの違い

「経営理念」は企業によって、社是や社訓、ミッションなどと呼ばれるケースがある。また、同じような意味で使用される言葉には、他にも企業理念やビジョンなどがある。どう違うのかを説明したい。

まず、企業理念は「経営理念」と広義的には同義と捉えることができるが、厳密に言えば違いを見出せる。企業理念は、企業が持つ信条や根幹的な考え、企業の存在意義や企業姿勢である。基本的には、企業としての不変の真理と言って良い。これに対し、「経営理念」は企業の存在意義に基づいて、事業活動を通じて何を成し遂げていくのかを表明したものである。時代の変化やニーズによって、再定義されたり再設定されたりしていく。

また、社是や社訓も広義的に解釈すると「経営理念」と同じ意味となる。敢えて、狭義的に解釈し直すと、社是は会社の経営上の大きな方針・主張であり、社訓は創業者や経営者の守るべき教え・範を定めたものといえる。

さらに、ビジョンとは企業が将来どうありたいのかを描いた構想、目指すべき理想の姿・未来像を指す。時代の推移に伴って、その都度変更されるケースが珍しくない。一方、ミッションは企業が社会において果たすべき使命や存在意義、成し遂げたい役割を指す。これを掲げることで、社員は業務を遂行するにあたっての判断基準として活用できる。

「経営理念」の効果と課題を深掘り

次に、「経営理念」を掲げるとどのような効果やメリットがあるのか、どのような課題をクリアしていけば良いのかを説明していこう。

●「経営理念」の効果とは

・社内の一体感
社員が共通の価値観で行動するようになると、社内に一体感が醸成されるだけでなく、社員のエンゲージメントも高まる。また、自分たちの会社が何のために存在するのかという意義をしっかりと打ち出すことができれば、取引先や金融機関・投資家などからも信頼を得やすくなるだろう。

・社員のモチベーションアップ
「経営理念」を社員に定着・浸透させることによって、社員のモチベーションを維持したり、高めたりすることもできる。会社が何を目指しているのか、具体的にどんな目標を掲げているのかが分かると、社員もそれらを踏まえて何をしたら良いのかが明確になり、自分が手掛ける業務にも誇りを持てるようになるからだ。「行動指針を提示したことで、社員が自信をもって仕事ができるようになった」という声を良く聞くのも頷ける。

・採用(人材像の明確化)
「経営理念」が明確であれば、採用の段階で人事担当者が、会社としてどのような価値観を持っているのか、将来どんな企業になりたいと思い描いているのかを求職者に説明しやすい。それに共感してくれる仲間を迎え入れることができれば、入社後のモチベーション低下や離職も避けられると言って良い。

・経営者の想いの継承
経営者が変わった途端に、会社の方針が変わってしまうことも少なくない。新たな方向性についていけず、会社を離れる社員もいる。そうならないためにも、経営者の想いや思想を「経営理念」としてまとめておきたい。たとえ、経営者が交代することになっても、それらを継承していくことが可能だからである。

・優秀な人材のリテンション
どの企業にとっても優秀な人材のリテンションは重要なテーマと言える。そのためにも、働きやすい職場環境・体制づくりはもちろんだが、その礎となる「経営理念」が存在していないといけない。自分がどんな役割を担っているのか、どうすれば組織や社会に貢献できるのか。それらを常に主体的に考え、行動していくことができれば、自ずと仕事に対する満足度が高まってくるからだ。

・経営戦略の判断基準
「経営理念」は、経営戦略の策定や決定を担う経営者のための判断軸となる。重要な決定を行う際には、「経営理念」を軸に議論することで納得の行く解決策を導いていける。また、現場で働く社員も「経営理念」という判断基準があれば、それに従って行動をすることができる。そうした社員が多ければ多いほど、企業としてのパフォーマンスも最大化できると言って良い。

●「経営理念」の課題

・経営理念の浸透
「経営理念」は策定すれば終わりであるとか、社長室に飾ってあるだけで良いというものではない。社員一人ひとりに、さらには社会に浸透させていく必要がある。だが、実際にはこれが簡単ではない。経営陣のコミットメントや継続的なプロモーション活動、内在化するための仕組みの導入などの施策が十分行き届かず、想定通りに浸透していないと悩む企業が多数ある。

・グローバル化への対応
日本企業でも近年、海外進出が加速している。これに伴い、ダイバーシティやグローバル人事などの必要性が以前にも増して叫ばれている。当然ながら、「経営理念」も国内向け、日本人向けのものでは通用しなくなってくる。世界も視野に入れた「経営理念」へと再定義し、展開していく必要がある。

・経営層と社員の関係性
企業規模が大きくなっていくと、どうしても経営層と社員との関係性が希薄になりがちだ。創業者や経営者の話を直接聞き、考え方を共有する機会も少なくなってくる。場合によっては、社員が「経営理念」にあまり関心を持たなくなってしまう。こうした事態を避けるためにも、経営層はできる限り現場の社員に直接的に語り掛け、「経営理念」の重要性を絶え間なく説いていかなければならない。

「経営理念」の企業事例を紹介

日本にも、優れた「経営理念」を掲げ、成長し続ける企業がある。ここでは、その代表例として二社を取り上げたい。

●パナソニック

パナソニックでは以下の「経営理念」を掲げている。

・綱領
産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り
世界文化の進展に寄与せんことを期す
・信条
向上発展は各員の和親協力を得るに非ざれば得難し
各員至誠を旨とし一致団結社務に服すること
・私たちの遵奉すべき精神
産業報国の精神、公明正大の精神、和親一致の精神、力闘向上の精神、礼節謙譲の精神、順応同化の精神、感謝報恩の精神

パナソニックは、2018年に創業100周年を迎えた。同社の基本理念は、「事業を通じて世界中の皆様の『くらし』の向上と社会の発展に貢献する」こと。何を目的として事業を行うのか、会社の存在意義がどこにあるのかが簡潔に記されている。『A Better Life, A Better World』というブランドスローガンも、創業者である松下幸之助氏が定めた「綱領」を、現代向けにアレンジしたものであり、今も創業者の想いが継承されていることがうかがえる。

●トヨタ

トヨタ自動車は、創業以来、経営の核として「豊田綱領」を貫いてきた。現在は、「トヨタフィロソフィー」として継承されている。いずれも、トヨタグループの創業者である豊田佐吉氏の理念を体系化したもので、同社のDNAとなっている。また、1992年1月には「企業を取り巻く環境が大きく変化している時こそ、確固とした理念を持って進むべき道を見極めていくことが重要」との認識に立ち、「トヨタ基本理念」をも策定している(1997年4月改定)。

・トヨタ基本理念
1.内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす
2.各国、各地域の文化、慣習を尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する
3.クリーンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住みよい地球と豊かな社会づくりに取り組む
4.様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する
5.労使相互信頼・責任を基本に、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高める企業風土をつくる
6.グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす
7.開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する
日本を代表する大手企業でも、成長著しい新興企業でも、「経営理念」が掲げられている。「経営理念」があるからこそ、社内に共感や感動が生まれ、優れた人材の確保・維持や新たな顧客の獲得につながり、業績の拡大をもたらしていける。ただ、理念を策定しただけでは十分ではない。社内外に浸透を図っていくとともに、時代の流れに合わせてアレンジしていく必要がある。まだ「経営理念」がないのであれば、まずは策定から。そして長年に渡り「経営理念」が掲げられてきたという企業であれば、それが今という時代にフィットしているのかを見直してみる。そのプロセスが、やがて大きな価値を生み出すと言えよう。
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