「働き方改革」の旗が振られ、適正な労働時間と多様な働き方で生産性を高めようと多くの企業が変革を目指し始めた矢先、新型コロナウイルス感染症対策の必要が生じた。予測もしなかった展開によって、リモートワーク、オンラインでの打ち合わせといった、時間や場所の制約を大きく取り払える働き方が一気に普及した。そうした変化は仕事の進め方や仕事上のコミュニケーションに多くの変化をもたらしただけでなく、仕事「外」の過ごし方にも多くの変化と選択肢を生み出した。そのなかでも本記事では、「副業」や「プロボノ・ボランティア」に着目し、その学びと本業への還元について考えてみたい。
「副業」や「プロボノ」、「ボランティア」など越境する個人のキャリア――従業員の学びや成長の本業還元に向けて人事や管理職ができることは何か

「副業」と「プロボノ・ボランティア」の類似点

「副業」と「プロボノ・ボランティア」を並べて、論を進めることに違和感をもたれる読者もいらっしゃるかもしれない。両者には、金銭的報酬を前提とするかしないかの違いがあっても、その動機や本業に還元される価値には類似した点があると筆者は考えている。

まず似ているのが動機の構造だ。副業の動機には「プッシュ要因」と「プル要因」がある。“経済的必要に迫られて副業をもつか(プッシュ)”、“自己実現や起業準備といった魅力に引かれて始めるか(プル)”のどちらであるかによって、経験の構造が大きく異なるともいわれる。プッシュ型の副業では、専門性の低い業務を掛け持ちすることも多く、心身の健康や、職場、私生活における人間関係などの社会的資源が枯渇するリスクが大きい。

他方、プル型の副業では、スキルや経験が本業との間で相互に生かされたり、心的エネルギーが好循環したり、人脈が豊かになったりと、エンリッチメント(相互充実)の経験が多いと指摘される。副業を、起業に向けた「腕試し」や、「修業」の期間とする人もいる。

ボランティアの動機も多様だ。“知人に勧められて断りづらい”、“目の前のつらい現実から目をそらしたい”などのプッシュ要因がきっかけとなることもあれば、社会貢献、自己成長、他者との対等な関わりなどに魅力を感じるプル要因もある。仕事のスキルを社会貢献にもちいるプロボノにおいては、自分のスキルが会社の外でどのくらい通用するか試してみたいといった「腕試し」の動機もよく聞かれる。

「腕試し」の動機の背景にある組織課題とは

総じて企業人の仕事「外」活動への動機には、本業で欠落しがちな要素を補う意図があるとの指摘がある。筆者がインタビューを重ねてきた感触では、30代、40代の本業に忙しい方々が副業やプロボノを始める時、「腕試し」はその主要な動機の一つとなっているのだ。そして「対等な仲間や同志」を得る感覚が活動の継続につながる。それらが、本業の組織において「欠落しやすいもの」のヒントになりそうである。

すなわち、多くの本業組織では仕事が匿名化しやすく、人間関係が階層的になりやすい。そのことが意欲ある人材に物足りなさを感じさせているのだろう。たとえば、仕事の目的は売り上げや利益に集約されがちであり、効率や継続性のために属人的な仕事は排除されやすく、役職や担当業務に必要とされる範囲をはみ出すような好奇心や得意技は表に出しにくい。そのため、個人が「自分が居たからできた仕事だ」、「これこそ自分の価値観や問題意識に重なる仕事だ」と感じられる場面は少ない。また、現場の発案であっても、組織の上層部の意向に沿う企画だけが採用され、組織の意向として加工される。自分のアイデアが直に試されたり感謝されたりする機会があまりないのである。

そうした職場では、組織のためを考えて働く人材ほど、「この仕事をするのは自分でなくてもよい」と感じる。本業外で「腕試し」をすることで、自分の存在価値を確かなものとして感じたいという切実な思いがあふれ出るのだ。

社外経験を自社に生かしたいと考える人は多い

また、副業やプロボノ・ボランティアは、本業から得にくいような仕事の手応えや成長を感じている人が多く存在しており、これも共通点といえそうだ。異文化活動が自社や自身に染みついていた狭い常識を揺さぶり、新鮮な着想や多様な手段にアクセスできるようになる。これがいわゆる「越境」の学びである。越境とは、異文化の人材同士がコラボレーションする際に、葛藤を経て、新たな解が生まれるような場面や経験を指す。

経営者や人事のなかには、本業がおろそかになり従業員が退職してしまうことで、越境の学びが本業に還元されないのではないかと不安になる方もいるだろう。しかし、当社の調査によれば、越境経験者の第一選択は、目の前にある本業でその経験を生かすことのように見える(※1)。副業容認の人事制度を導入した企業も、モチベーション向上や定着率向上、能力開発効果を実感している(※2)。

※1:株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「越境活動実態調査」
※2:株式会社リクルートキャリア「兼業・副業に関する動向調査」

実際に、仕事の中で工夫を行い、他者と積極的に関わっている人が多いことを示唆する調査もある。日本財団ボランティアサポートセンターでは、ボランティア経験のある企業人についての調査を行い、コロナ禍の困難な状況下でも、ボランティア経験者はより多く同僚に支援の声をかけ、仕事を充実したものにするための工夫を行っているという示唆が得られている(※3)。テレワーク等で個人化・孤立しがちな職場において、人や仕事をつなぐ価値ある行動といえる。

※3:日本財団ボランティアサポートセンター「東京2020大会における社員ボランティア<中間>調査」

越境者が本業に前向きなのは、おそらく大きく2つの理由がある。まず、「本業をおろそかにしている」という評判は、本業外の活動を継続しにくくさせるというのがあるだろう。仕事「外」にやりたいことがある人ほど、本業での成果や評判を大事にする。

もう一つの理由は、本業外の経験を通じて、本業をよく遂行するために役立つ気付きや視野の広がりを得られるからである。例えば、異業種の人、他社の人と進める副業やボランティアのプロジェクトでは、お互いの前提をすり合わせ、チームの規範や目標を構築することが必要となる。しかし実のところ、本業でも、お互いにわかったつもりの前提や目標がズレていたり曖昧だったりするようなことはよくある。そうした見えにくいズレを見抜き、よりよいチームづくりのために何をすべきかを、本業外のプロジェクトへの参加で体得する人も多い。

また、本業外では、自己紹介をしたり、仕事能力をアピールしたりする場面が多くある。自分が何を大事にしながら何を得意として仕事に関わっていくかの「軸」がそこで磨かれる。そして、仕事上の自分について、「●●社の社員です」ではない語り方ができるようになっていく。そうした自己の「軸」や「語り」はむしろ、「●●社の社員」の集団の中で役立つ側面があるだろう。同質性の中で個性を語れるようになり、よりよい協働につながっていくのだ。

本業外の学びが還元される組織にしていくには

このように副業やプロボノ・ボランティアでは、現状の組織に欠落しがちな経験が補われ、本業に役立つ学びが生じている。そのことが、“本業にどのような価値として還元され得るか”、“より価値が還元される組織になるためにできることがあるのか”。これらの疑問について私見を述べ、本記事の結びとしたい。

第一に、副業やボランティアを人材発掘の新しい情報源として活用することを人事担当者に勧めたい。人事制度を改定して「副業解禁」に踏み切り、副業申請に際してその理由や意義を問い、より成長に資する副業を推奨する企業も多くあると聞く。申請書類のなかには、当社にはこんなに素晴らしい人材がいたのかとハッとさせられるような社会性や専門性がにじみ出るものも多くあるのだという。

ボランティア人材からも同様の驚きと気づきがもたらされる。私生活でボランティア経験が豊富だったあるエンジニアが、東日本大震災を契機に社員ボランティアを組織するボランティアリーダーを引き受けることになった。被災地では臨機応変なリーダーシップが求められる。現地では、役員もいち社員ボランティアとして彼の人脈と判断を頼りにする。

経営や人事がよく把握している人材は、「幹部候補人材かトラブルを起こしがちな社員」といったように二極化しているということはないだろうか。しかし、本業を「普通」に務めている人材も、目の前の仕事の枠をこえる多様な価値や新たな可能性を実は秘めている。従業員の本業外活動を知り、本業で力を発揮する工夫や機会に伴走することで、本業に還元される価値は大いにあると考える。

もう一つ、本業外活動の理由が問われる時代を踏まえて、提案したいことがある。「なぜ、その仕事をあなたの人生に加えるのか」。今は副業などの本業外活動だけに向けられているその問いは、いまに本業に問い返されるようになるだろう。

当面はまだ、「仕事を一生懸命するのは当たり前だから」で通用するかもしれない。しかしこの先、自己成長や社会貢献の手応えを語る場面が無い仕事であれば、従業員の心の中で、稼ぐためだけの「ライスワーク」のラベルが貼られるようになっていくだろう。本業「外」で働く理由が問われる社会で、本業の意味や価値を自明とみなすことは、相対的に本業の意味を軽くしてしまう可能性がある。

本業にも夢や理想、個を生かす仕事があっていい。本業が本業外の意味ある活動のための「安定した足場」に甘んじないためには、本業を選び続ける理由が豊かに語られる機会を、企業や組織が率先してつくる必要がある。日々継続する活動や組織の意味を語り直すことは、スポット的な活動に意味を見出すよりもなお難しいが、まずは、経営者や人事、部下をもつ管理職から語り始めてみてほしい。
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