土光敏夫の「経営の行動指針」の中に、「「仕事の報酬は仕事である」とは、藤原銀次郎さんの言葉である。
賃金と仕事の関わり合いについては、いろんな立場からの様々な議論があろう。
けれどもそれらを超えていることは、人間の喜びは金だけからは買えないという一事である」という文章があります。
「仕事の報酬は仕事」と聞くと、「そんなに、仕事、したくないよ~、休みたいよ~」という声が聞こえてきそうです。
しかし、企業の中においては、仕事は「やりたい人」ではなく、「できる人」のところに集まってくるようになっているものです。
なので、職場で責任を持って、仕事をやり遂げる人のところに新しい仕事が来るという構図は当たり前なのです。
まれに、やりたい放題やっておいて、責任は取らない、誰かに押し付けてしまう、そういう人がいないわけではありません。自分勝手な人ですね。
そういう人は、やがてその集団から押し出されてしまうことになります。
そうでなければ、組織は存続できません。
さて、権利には義務が伴うように、責任と自由はセットということになっています。
しかし、今では、「責任のある仕事を任せるから、自由にやりなさい」といわれるのと、「自由はないけど、責任も取らなくていい」といわれるのと、どちらがよいか?を聞くと、後者を選ぶ新人がたくさんいそうです。そういう新人でも、採用面接の際には、「社会のために、こんな(大きな)ことをしたい」「子供の頃からの夢を叶えたい」などと「責任ある、大きなこと」をやりたがってみせたりもするわけですが。

「職場でも責任を持たない人に、自由(やりたいようにやれる)がないのは当たり前だ」という設問の回答は次のようになっています。

そう思う   80.2%
わからない  11.0%
そう思わない  8.9%

2007年は、73.6%でしたが、以降この6年間、ほぼ「そう思う」と回答する率は、上昇傾向にあります。
「自由と責任」がセットであることは、きちんと認識されているようです。
(藤原銀次郎=明治時代~戦前の実業家、政治家。三井財閥で王子製紙を立て直すなどの功績がある)

「職場でも責任を持たない人に、自由(やりたいようにやれる)がないのは当たり前だ」という設問の回答は次のようになっています。

そう思う   80.2%
わからない  11.0%
そう思わない  8.9%

「自由と責任」がセットになっていることは理解しています。
しかし、「やりたい仕事についている」「組織の中でやっていきたいことがある」という状態でないと、責任のある仕事をやろうとは考えません。
新入社員が「これに取り組みたい」と思える仕事を与えているかどうかが、この「職場でも責任を持たない人に、自由(やりたいようにやれる)がないのは当たり前だ」という思考を成り立たせるために必要です。
逆に言えば、やりたい仕事、意味のある仕事を与えられないと、責任を取ろうとしない、依存的な社員を作ってしまうことになります。いかに仕事をやりたいと思わせるか、言い換えれば、自分自身のキャリアを仕事を通じて自ら作り上げていこうとする、そういう視点を持って「責任ある仕事」を任せ、「業績を達成させる」必要があるわけです。

この「業績」がもうひとつのキーワードで、放っておくと、業績につながらない仕事(それは、仕事じゃないなぁ)を始めてしまう人も多いとおもいます。
「業績」より、「自分のやりがい=わがまま」を重視してしまう可能性は、存分にあります。
以前にも書きましたが、入社半年後の不動産流通企業の新人に「契約して、うれしいですか?」と聞いても、うれしいと答える人は1割にも満たないということがありました。
業績を上げても、その過程が「自分のイメージしていた仕事ではない」と感じたり、「やりがいを感じられない」となったりすると、業績を上げてもうれしくないのです。

「これは、仕事なんだから、つべこべ言わすにやるんだよ!」などという言葉は通じません。
新入社員に「責任ある仕事」をさせ、自立した社員として育てるには、いかに仕事を通じて、「自分らしさ」を出していくか、「社会に貢献しているという実感を持つ」か、そういうことのほうが重要なのです。
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