本連載では、Withコロナ時代における人材戦略の在り方を掘り下げていきます。影響を受けるHR領域は広大なため、毎回一つのテーマに絞り、私が実際にクライアントなどからいただいた質問に回答する形で進めます。記事の最後には、当該テーマに関して「今後に向けて議論したいテーマ」を毎回まとめますので、社内で人材戦略の論議を深めるきっかけとしてご利用いただけたら幸いです。第1回目は、「コロナショックが人事にもたらす課題」をテーマに、課題の優先順位をつけやすくするため、人間の病気に例えながら3つの人事課題を紹介していきます。
コロナショックによる3つの人事課題を、急性疾患と慢性疾患に分けて考えよう

【今回の質問】

「コロナ後の世界は、これまでと一変する」、「人事も変わらなくてはいけない」というような記事やセミナーをよく目にします。確かに、そんな気がするのですが、具体的に何が影響して、どんな変化が起きるのかが、いまひとつピンときません。今後の社内での議論のためにも、今回のコロナショックが人事に与えるインパクトを教えてください。

【回答】

課題を「急性疾患」と「慢性疾患」に切り分けて考えましょう

視点が定まらなくなる状況は、とても良く分かります。私がクライアントと話していても、今が大きな節目だということをみなさん感じられています。ただ、自社について考え始めると、何か途端に課題認識の解像度が下がり、検討が深まらなくなるようです。

では、このコロナショックで生じる自社の課題はどのように考えれば良いのでしょうか。

コロナショックによる課題はまず大きく3つに切りわけて整理することをお薦めします。それは「財務的なインパクトへの対応」、「コロナ後のニューノーマルへの対応」、「コロナショックによって悪化した既存の人事課題の対応」の3つです。

これら3つは根底の部分ではもちろんつながっています。ただ一旦、話を分かりやすくするために、人の病気に例えながら、切り分けて整理します。

財務的なインパクトやコロナ後のニューノーマルへの対応は、コロナショックによって突然必要になった、いわゆる「急性疾患」。一方で、既存の人事課題がコロナショックによって悪化したものへの対応は、長年こじらせてきた「慢性疾患」と捉えることができます。

急性疾患には、手術を含めた思い切った対応が必須です。しかし、慢性疾患は、そもそもの生活習慣や体質改善がなされなければ、一時的に良くなったとしても、またすぐに元の状態に戻ってしまいます。

自社の課題は、本当にコロナショックによって引き起こされたものなのか、それともコロナショックによって組織の潜在的な病気が悪化したものなのか。状態を見極め、それぞれ対応することが大切です。

課題1:財務的なインパクトへの対応

長い休業期間やグローバルサプライチェーンの断絶、消費の落ち込みなどによって、かつてない程、業績へのダメージを受けている会社が少なくありません。このコロナショックによって、望まないリストラや早期退職の募集、給与・賞与のカットといった決断をせざるを得なかった企業も多かったのではないでしょうか。

2020年7月の段階では、日本国内におけるコロナの第1波は一定のコントロールができたように見えます。ただ、今後、第2波、第3波が波状的に襲ってきた場合、より多くの企業が、今まで以上に要員・人件費の調整に踏み込む可能性は否めません。

過去のバブル崩壊やリーマンショックの際にも、要員・人件費の整理は行われました。その結果として、各企業で実行施策のノウハウも蓄積されたように私は感じています。しかし、当時の教訓として忘れてはならないことが一つあるのです。それは、業績が悪化した際に行うその場しのぎの要員・人件費カット施策は、一時的な業績数字の回復は実現できても、中長期的には大きなダメージを組織に残し、成長余力を大きく削ぐということです。計画的に、考え抜いて施策を実行することは勿論ですが、その後の成長の道筋を前提に考えなければ、景気回復期に成長の波に乗れず、事業も先細りしてしまうでしょう。

人事としては、今後の自社の業績推移に関するいくつかのシナリオを前提に、選択可能な施策と効果を早めに試算しておくべきでしょう。そのような備えがあれば、選択肢に幅ができ、最小限の要員・人件費の調整で済む段階で、経営の意志決定を促すこともできます。大量リストラしか方法がないという状態にならないために、要員・人件費の調整を先延ばしすることは、できるだけ避けたいものです。

課題2:コロナ後のニューノーマルへの対応

ソーシャルディスタンスに代表される数多くの社会規範の変化は、企業活動も制限します。今後は、ニューノーマルと呼ばれる新しい生活様式にいち早く順応し、新型コロナウイルス感染拡大の第二波、第三波の対応に備えることが大切です。仮に第二、第三の「外出制限」が始まった際、全社でどういう働き方をするか想定できていますか。

企業活動を継続するには、テレワークを中心とした働き方を選択せざるを得ないでしょう。テレワークは、外出の影響を最小限にとどめるため、ビジネスを止めない数少ない有力な一手なのです。

テレワークによる働き方の実現に向けては、「IT・業務の仕組み」と「人材管理の仕組み」の双方の整備がまず必要になります。IT・業務の仕組みの整備とは、ノートPCやネットワークといったITの環境を構築したり、紙や押印がなくても業務が回る仕組みを作ったりすること。一方、人材管理の仕組みの整備とは、テレワーク下でのマネジメントの在り方、評価の仕方、労働時間管理などの見直しを意味します。

ただ、整備にはコストもかかるため、「そんな、来るか来ないか分からない第二波、第三波に対して、それほど警戒しても投資対効果が悪いのでは」という声も準備の段階で聞こえてきそうです。しかし、このようなIT・業務の仕組みの整備は、不確定な未来のための備えとも言い切れなくなってきました。一つ興味深い動きをご紹介しましょう。

機関投資家の中には、投資先に対して外出制限がかかっても経営を維持できるよう、業務のデジタル化を求めているケースもあります。投資先の対応が遅い場合、株主総会の議案に反対する可能性を検討しているそうです。もちろん、これは投資家としてのリスク管理の色彩が強いものでしょう。しかし、理由はそれだけにとどまらないように見えます。

私が思うに外出制限が起きても、平常時と遜色なくビジネスを回せる企業は、平時における経営も無駄が少なく、効率の良い可能性が高いからです。平時で無駄なプロセスや非効率が企業に温存されていれば、対面以上に協働やコミュニケーションの制約が出るテレワークに移行することは難しいでしょう。

コロナ後のニューノーマルにおいては、オフィスワークとテレワークの併用による働き方のモデル作りがポイントと言えます。有事の際は自社の事業継続に備えることができ、組織のパフォーマンス向上への投資にもなるのです。

課題3:既存の人事課題がコロナショックによって悪化したものへの対応

そもそもコロナ前に戻って考えてみると、多くの日本企業の人事はいくつも中長期的に取り組むべき大きな問題を抱えており、今後の大胆な構造改革が求められていました。少なくとも多くのことがうまくっている状態とは言い難かったと思います。

私の見立てでは、コロナショックによってこれらの大きな問題が「中長期的な問題」から「目の前にある問題」に変化してしまったように感じています。ここでは、日本企業が抱えている問題そのものを丁寧に解説することは紙幅の関係もありできませんが、コロナショックによって一気に深刻になるだろう人材マネジメント上の大きな問題のうち、代表的なものを挙げてみました(下記図表)。
コロナショックによる3つの人事課題を、急性疾患と慢性疾患に分けて考えよう
評価をどうするか、報酬をどうするかという人事制度周りの話も出てきますが、より人材マネジメントの背骨の部分、つまり「雇用」や「働き方」がテーマになってくるでしょう。基盤がある程度できている制度は、なかなかキッカケがないと変えることが難しいものです。現在の状況を好機と見て、組織の慢性的な病気を直すためのきっかけとして手を付けてみるのも良いでしょう。いま改革に着手することで、5年後、10年後の組織における人材力に差がつくのではないでしょうか。

この状況を「将来の成長の機会」にする

Withコロナ/Afterコロナという言葉と共に、「これからはこうなる」、「こう変わるべき」という情報が世の中で溢れかえっています。受け手にしてみれば、明らかに情報過多な状態かもしれません。しかし、問題の性質を丁寧に切り分けて、検討の優先順位を明確にしていけば、後になって振り返った時に「ターニングポイント」と言えるような局面になっていると思います。大変な状況が続く環境ですが、この状況を将来の成長の機会とできるように、お互い課題解決に取り組んでいきましょう。

最後に、今回のテーマへの考えを、さらに深めるための質問をまとめてみました。ぜひ社内で意見交換し、人材戦略の立案に活用してみてください。
(1)コロナショックで、自社に一番インパクトがあった課題は3つのうちどれですか?
(2)コロナショックのタイミングで、実行すべき新たな取り組み、考え直すべき施策は何がありますか? それを挙げたのはなぜですか?
(3)特に手を打たない場合、5~10年後に自社に起きるリスクは何かありますか?
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