企業と結託する「ブラック産業医」の実態とは

特別読み切り

主治医から復職可能な診断書があるにもかかわらず、正しい手順を踏まずに退職へと追い込む産業医が存在します。こうした産業医は「ブラック産業医」と呼ばれ、数年前から問題になっています。産業医の本来の役割とはどういったもので、なぜ「ブラック産業医」が存在してしまうのでしょうか。

「ブラック産業医」とは

メンタル不調を患ってしまい休職になった従業員に対して復職してほしくないと会社が判断する際、産業医に依頼して「復職不可」の意見書を書かせて自然退職ないし解雇としてしまう。たとえ主治医から「復職可能」の診断書があろうともきちんとした手順を踏まずに会社のオーダー通りに意見書を提出する。そうした産業医を俗に「ブラック産業医」と呼び、数年前から問題となっています。

休職中の従業員の中には会社に来ることもやっとできるレベル、すなわちほとんど会社に寄与しない段階で「復職可」の診断書を主治医からもらってくる従業員も存在します(特に満期退職が近い場合にそうした傾向は強くなります)。そういったケースは本人に払う給与だけでなく、サポートする周囲の時間や労力が大きくなり、生産性も職場の雰囲気も悪くなってしまうことから、会社側は「復職不可」の意見書を用意して出来るだけ自然退職へと向かわせようとする企業は少なくないようです。しかしながら、産業保健の目的は「人と仕事の調和」であり、産業医には「独立性と中立性」が求められます。産業医は従業員の味方でもなく、会社の味方でもなく、純粋に医学的な観点から意見を述べるのが仕事であり、そうした前提において、こういった仕事をさせると無理なく働けるとか、残業が45時間を超えると心身を壊す恐れがあるのでそれ以下にしましょうといった意見を会社側に提示することが主たる役割であるのです。

そもそも産業医とは労働安全衛生法13条で定められた医師です。50人(バイト、パート等を含む)以上が働く職場には必ず選任する必要があり、労働者の健康管理等を行うために存在します。誰でもなれるわけではないですが、50時間の講習を受けるだけで資格が付与されることから全医師30万人のうちの10万人以上が産業医に選ばれる資格を持っているということになります。産業医は月に1回は職場を見て回り、健康診断結果をチェックし、労働者の健康被害が生じないかを多角的に検討したうえで会社に意見するのですが、前述の「復職可能・復職不可」の意見書もこうした活動の一環となります。

したがって、会社側の一方的な考えや意向のみを反映させた書面は無効とされるべきですし、あってはならない行為といえるでしょう。

「疾病性」と「事例性」

会社が従業員の健康管理を行う上で重要な2つの言葉があります。「疾病性」と「事例性」です。
「疾病性」というのは病気そのものや、患っている状態のことを指します。主治医のみが診断・治療を行うことができ、産業医は行うことができません。一方、「事例性」とは疾病の結果、「仕事がうまくいかない」「欠勤が多い」「周囲とトラブルを起こす」など、仕事を遂行していくことが困難になっている客観的事実を指します。産業医、そして人事労務を含む会社にとって重要視すべきなのは疾病性ではなく事例性なのです。
産業医は、疾病を抱えた従業員の事例性を少なくするために解決策を本人と職場に提示します。そのためにわからないことがあれば職場へのヒアリングや、主治医への問い合わせなどを行います。そして少なくとも復職不可といった意見書を書く場合は会社、本人、産業医の意志疎通がきちんとできている段階で実行される必要があるのです。

そうした手順を踏まずに、一方的な対応を行った結果、従業員側が訴訟を起こし、勝訴に至った裁判例があります。これは、精神的不調の状態にある二人の従業員が主治医から「復職可」の診断書をもらい、会社に提出しましたが、産業医は「従前の職務を通常程度行える状態にある」とは認められないとして復職不可の意見書を提出、その意見書を根拠に会社側は復職を認めなかったという事例でした。結果として自然退職扱いになった従業員らが地位確認等を求めて起こした本訴訟は従業員らの勝訴という判決が下されています。

産業医に必要なのは産業医学の知識と、疾病性と事例性を分けて考えられる力、主治医・本人・職場・家族など多方面と協調して最も良い落としどころを探る力です。こうした作業は時間や手間が膨大にかかりますが、しっかりとした工程を踏むことが重要であることは言うまでもありません。

「ブラック産業医」は従業員のみならず会社にも不利益をもたらすリスクとなりえます。コストや労力はかかりますが、従業員の人生を預かる会社は細かく丁寧に対応する必要があるといえるでしょう。
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HRプロ編集部

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