「人事」と「デジタル」。人はいわゆるアナログな生き物であることを考えると、この2つの言葉が触れ合うことは日常場面では少ない。だが、戦略人事という観点では、デジタルというビジネス環境変化を抜きには語れない。デジタル時代に求められる人事部としてのスタンス、考え方をご紹介する。
人事部はデジタル感度を高めよ
日本企業に訪れた何度目かの黒船である「デジタル」。日本の消費者はすでにデジタルの恩恵に預かり、スマホで人と交流し、様々なサービスを消費している。一方で、企業のデジタル対応はまだまだ表面的である印象をぬぐえない。AIやRPAなど新興技術を導入すること自体が目的化し、部分的な対応に終始しているのが現状である。「デジタル」到来後の市場において、自社の代替不可能な強みは何なのか、新興技術を利用して顧客にどんな付加価値を提供するか。大きな絵姿を描くことが今求められている。

その危機意識は経営・人事からもよく聞こえてくる。「イノベーション人材を育てたい」「社員のデジタルリテラシーを高めたい」といった人材開発のオーダーが顕著に増えている。従来の延長では事業としても組織としても立ち行かない、イノベーション人材という未知なるスターを発掘し環境変化を乗り越えたい、それにはまず何をやればよいか、という問いである。

「彼を知り己を知れば、百戦殆(あや)うからず」。孫子の兵法にあやかり、イノベーション人材開発・デジタル対応強化を考えてみたい。

まず、自社の市場における競合は誰か。もちろん競合を意識していない企業はないと思われるが、これまでとは全く異なる角度から競合が現れることをデジタルはもたらしている。タクシー業界や出版業界がデジタルに取って代わられようとしているのはご存じのとおり。

その未知なる競合に対して、自社は誰を顧客とし、何を提供価値とし、強みとするか。デジタルにより取って代わられるところと代わらないところの見極めこそ肝要である。顧客との信頼関係、商品・サービスとしてのブランド、顧客・サービスを熟知した従業員。先端技術の導入を検討する前に、あるいは一発逆転のビジネスアイデアを想起する前に、企業理念に立ち返り、自社の歴史と資産を棚卸した上で、自社の目指すイノベーションとは何か、デジタル対応の目的は何かを検討いただきたい。

もう一つ、デジタルがもたらすものとして、デザインした商品・サービスをプロトタイピングし仮説検証(POC)を容易としていることが挙げられる。たとえば設計図面をもとに3Dプリンタで実体化し、検証・設計変更を簡易に行うことができるのがそれである。

イノベーション人材を育成するうえで、同様の発想を持てないか。イノベーション人材を文章で定義し、開発プログラムを万端用意し、そのうえで人選・育成するといったウォーターフォール型を従来とするならば、行動ログや能力・資質のアセスメント結果をもとにイノベーター特性を分析し人選、仮説検証するアジャイル型がこれからの手法として相応しいのではないか。複数の対象者を比較可能な条件でミッション設定し、効果的な育成の仕方を比較検証しながら制度・体系を組み立てる。デジタル時代のイノベーション人材を育てたいならば、人事部自体がデジタルに向き合い、デジタルによりもたらされる技術と発想を積極活用することをお勧めしたい。

デジタル時代における人事部の先進事例を2つご紹介する。1つ目はデジタル時代を生き抜くための人材戦略策定だ。従来の「足で稼ぐ」営業から、Webサイト、マーケティングオートメーションを活用した営業へ切り替えるというデジタルトランスフォーメーションである。今後のビジネスモデル・営業プロセスにおいて求められる人材像・スキル要件を定義し、現在の社員がどれだけ満たしているか、今後の事業においてどれくらいの要員が必要なのかといった人材ポートフォリオを明らかにした。この人材ポートフォリオをもとに、採用・配置・育成・処遇の方針・施策に落とし込んでいる。

2つ目はデジタルビジネス人材の発掘・能力開発・機会提供である。従来とは異なる能力要素を持った人材を抽出するため、外部のコンピテンシーアセスメントを活用し対象者を発掘、先進テクノロジーの知識インプットとともに、アイデア発想や課題解決に取り組むマインド育成を行い、新規事業創発のミッションを与えている。対象者の選定などデータに基づき行っていること、および本取組自体を仮説検証型で進めていることが特徴的だ。ぜひ「デジタル」という言葉に対して構えすぎず、まずはやってみるという姿勢で臨んでいただきたい。
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアマネージャー
木本 将徳
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