令和元年5月、パワーハラスメント(以下、パワハラ)の防止措置を企業に義務付ける法律が成立した。このような社会的気運があるにもかかわらず、厚生労働省が公表している「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書(平成28年度)」によると、パワハラの予防・解決のための取組みを実施している企業の割合は52.2%と約半数である。さらに99人以下の企業で見ると、その割合は26.0%と約4分の1に過ぎない。社労士としての現場感覚的にも、確かに規模の小さな企業ほど、パワハラ対策を考えていない傾向があるように思える。これは何故だろうか。
コストロスモデルから考えるパワハラ対策費用とその意義

投資と損失の比較をパワハラ対策に当てはめる

私はその大きな理由の一つとして、「経営者がパワハラ対策に費用(経費、労力)を投じる価値を感じていない」ことがあるのではないかと感じている。しかしパワハラ対策は、本当に費用を投じる価値がないものなのだろうか。これについて、「コストロスモデル」という切り口から考えてみたい。

まず、コストロスモデルについて簡単に確認しておこう。コストロスモデルとは、投資と損失を比較することによって、意思決定や判断の材料の一つとする考え方である。具体的には、次のように比較を行う。

・損害を生じる事象の発生確率…(1)
・対策に要する費用と対策を講じないことによる損失額の比…(2)
 ↓
(1)と(2)を比較
 ↓
(1)>(2)なら対策を講じる
(1)<(2)なら対策を講じない


金銭を支払う場面において、「元が取れるだろうか?」と考えることはよくあるが、このコストロスモデルは、それをもう少し掘り下げた考え方であると言える。上記の(1)と(2)を比較することで、投資に見合った行動であるかどうかの一つの判断基準が得られるという訳である。

それでは、このコストロスモデルの考え方を、前述のパワハラ対策について当てはめてみよう。

まず(1)の発生確率であるが、厚労省が公表している前述の調査報告書によると、「パワハラを受けたことがある」と回答した従業員の割合は32.5%である。これを参考に0.3(30%)と見積もる。

パワハラの発生確率:0.3(30%)…(I)

次に費用と損失額の比であるが、仮に次のように見積もってみる。

対策費用:300万円
損失額 :1,500万円(全体的な生産性低下、人材流出1名想定)
 ↓
対策費用と損失額の比:0.2(20%)…(II)


以上より、(I)>(II)となり、「対策を講じるべき」となる。

もっとも、数字の見積もり方次第で結果はどうとでもなるではないか、と指摘されればその通りなのだが、パワハラを放置することによるさまざまなリスク(生産性の低下、人材の流出、企業イメージの低下、訴訟・損害賠償etc.)を考慮すると、ほとんどの場合(I)>(II)の結果になるのではないだろうか。

具体的なパワハラ防止策

さて、実際にパワハラ対策を講じるとして、具体的には何をすべきだろうか。同じく前述の厚労省の調査報告書によると、「効果を実感できた」取り組みベスト3は次の通りである。

●1位:管理職を対象にパワーハラスメントについての講演や研修会を実施した
●2位:一般社員等を対象にパワーハラスメントについての講演や研修会を実施した
●3位:相談窓口を設置した

コストロスモデルを活用して、これらの実施の予算を組むのも一考かもしれない。例えば上記(I)(II)のケースであれば、1,500万円の30%未満(450万円未満)ならGOサインである。なお、今般のパワハラ対策の法制化に伴い、事業主が講ずべき措置の具体的内容等については今後指針で示される予定である。こちらもぜひチェックしておきたい。

「ウチはパワハラの発生確率0%だから対策は必要ない!」とお考えのケースもあるかも知れない。それが事実なら素晴らしいが、パワハラは加害者側に自覚がないことが予防上の最大の問題点とも言われている。社内アンケートを実施するなど現状把握から始めてみることをお勧めする。

以上、ここまで述べてきたことをまとめると、「パワハラ対策は、費用を投じる価値のある行動である」ということになる。

パワハラ防止措置の義務化の時期は、大企業では2020年春、中小企業では2022年春からと見込まれる。法律上の義務となれば是非もないが、「先んずれば人を制す」とも言う。ここは法律の施行を待たずに、他社に先駆けて積極的に取り組んでみてはいかがだろうか。その際、このコストロスモデルも、大いに判断の助けになるのではないかと思う。
出岡社会保険労務士事務所 出岡健太郎

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