クレハは昨年春に入社した約40人の新入社員全員を対象に「英書多読プログラム」を導入した。その内容は、約3年で約500冊を目標に、英文の小説やドキュメンタリーを貸し出して読ませるというものだ。
 英語力の底上げという狙いは理解できる。クレハは化学メーカであり、アメリカ、ドイツ、オランダ、フランス、イギリス、中国、ベトナムに製造・販売拠点を持ち、早くからグローバル展開してきた。中期経営計画も「Grow Globally」と命名されている。
第36回 株式会社クレハの「新人に英語本500冊を読破させる会社超過激な英語勉強法」
海外での事業拡大に伴って英語の重要性が増しており、新入社員の語学力を早期に高めようとの狙いからの施策だろう。語学力養成の方法として多読法は目新しいが、英語に慣れるという意味では効果がありそうだ。

 しかし、500冊は過激である。そもそも学生の多くは、日本語の書物でさえ学部の4年間で500冊も読んでいないだろう。どんな英書を読ませるのか? どういう読み方を推奨しているのか?効果はあるのか?

 クレハ本社に山田文彦人事部長を訪ね、導入の経緯、施策の詳細、他の語学力養成への取り組みについて聞いた。
――「英書3年で500冊を」という新聞記事には驚きました。こういう施策を導入された背景を教えてください。

 クレハの事業は安定的に推移しており、グローバル展開も順調だ。ただ、事業はグローバル化したが、人のグローバル化が遅れており、育っていない。そしてグローバル人材は促成栽培できるようなものでもない。

 ここで、「グローバル対応能力とは何か」ということを考える必要がある。グローバル対応能力とは、語学力や異文化対応力を挙げられることが多い。しかし、基本は国内事業もグローバル事業も同じ。指示待ちではなく、課題を自分で見つけ、壁を超えていく力、チームを引っ張っていく力である。

 そういう前提を踏まえたうえでも、やはり英語力は必要だ。そこで抜本的な方法を導入したいと考えた。

 これまでの英語力支援は、自己啓発が基本だった。毎週1回ネイティブの先生が本社に来て、1クラス4人の少人数で2時間レッスンし、半年間の本人負担受講料は4万円。本社には4つのクラスがあり、工場にも同じような仕組みのクラスがある。通信教育のプログラムもある。いずれも修了した者には、受講料の半額を返す。

日本人は、英語のインプット量が少なすぎる

しかし、個人のやる気に依存する自己啓発では限界がある。そこで強制的にやらせる仕組みを考え、「英書3年で500冊を」という多読法を導入した。

――多読法は昔から存在する語学学習法ですが、導入している企業は少ないと思います。それに3年で500冊は過激で、1年で170冊、毎週3冊はかなり多いという印象を持ちます。

 まず多読法を導入した理由を説明しよう。日本人はかなり長期にわたって英語を学習しており、中高の6年間に大学の教養課程の2年間を合わせると8年間学んでいる。しかし実際に英語を操ることのできる人はとても少ない。少ない原因は、英語のインプット量が足りないからだと思う。

 中学3年間で触れる英語はわずかに3万語程度だ。高校、大学では多少増えるだろうが、インプット量としては圧倒的に足りない。アウトプットできるようになるインプット量はそんな少ない語数では無理だ。そこで多読法を導入したわけだ。

 ただし、読むのは辞書を引かずにほぼ読むことのできるレベルの本だ。人事部で購入したのは、ペンギンリーダーズ、マクミランリーダーズなどの、英語が母国語でない人を対象に編集された英書で、それぞれの本にはいくつの語が使われているかが表示されている。小説『レ・ミゼラブル』の簡略本は100ページほどのボリュームで3万語だ。1000語くらいの本もあり、これなら5分程度で読める。

 新聞では「500冊」と報道されたが、これはわかりやすくするために使った表現で、3年間で「300万語」を読むことが目標になっている。

 英書を読むというと、わからない言葉を辞書で引きながら読むというイメージを持つ人がいるかもしれないが、多読法では辞書を引かないのが原則。辞書を引かず、前に戻らず、面白くなかったら次の本に移るという読み方をする。丁寧に読むのではなく、速く読むのが大事だ。

 これらの英書は難易度、ボリュームにより6~7段階に分かれており、自分の力に合ったグレードの本を読む。そして1分間に何語読めるのかを確認する。

 あるグレードの本で1分100ワードなら合格だが、85ワードなら無理なので下のグレードの本にする。逆に1分150ワードのスピードならそのグレードは卒業して次のグレードに進む。今年の新入社員だけでなく、2013年入社の内定者にも1回に1人5冊ずつ英書を送って読んでもらっている。

私が実験台になって確認した

第36回 株式会社クレハの「新人に英語本500冊を読破させる会社超過激な英語勉強法」
――3年間で300万語の多読法による語学力育成のゴールはあるでしょうか?

多読法による効果測定については、私自身が実験台になって確認した。一昨年の11月から昨年2月までの4カ月間で500冊以上の英書を読み、トータルで250万語に達した。その結果私のTOEICスコアがかなり向上した。

 クレハでは半年に1回TOEICテストを実施しているが、私のスコアは720~730程度だった。しかし250万語を読んでからのTOEICスコアは875だった。150もスコアが上昇したのだ。

 300万語を読み終えた3年後をメドに、新入社員40名には「全員がTOEIC900点以上になれ」と檄を飛ばしている。

――3年間300万語以外に、語学力を育成するための施策はありますか?

 語学力は、読む(Reading)、聞く(Listening)、話す(Speaking)、書く(Writing)で構成されている。990点が満点のTOEICはこの4つの能力のうち、ReadingとListeningによって採点されている。しかしビジネスではSpeakingができなければ役に立たない。そこで今後はスピーキングのテストも実施したいと考えており、現在テストを選定中だ。

また、新たな試みとして、英語発音セミナーを開催しようと考えている。1回3時間の集中プログラムで英語の正しい発音を身に付けさせる。そして1カ月が経った段階でもう1回集中プログラムを実施し、自分の発音をもう一度チェックさせる。自分が発音できない音は聞き取りもできない。発音は重要だと認識している。
第36回 株式会社クレハの「新人に英語本500冊を読破させる会社超過激な英語勉強法」
――多読法によって英語力が身に付いた段階から真のグローバル人材の育成が始まると思いますが、どのような施策を考えていますか?

 クレハが海外進出したのは1970年代、80年代であり、現在のグローバル体制はアメリカ、ヨーロッパ、中国に統括会社があり、その下に事業会社がぶら下がる形になっている。統括会社の社長は本社の役員が兼任しているが、事業会社は社長以下全員がローカルスタッフ。この体制で事業は安定的に推移しており、昔に比べ海外赴任する機会は減っている。

 海外経験者の割合は、役員では半数が海外駐在しており、部長クラスでも半分弱は経験者だ。ところが課長クラスになると1割しかいない。つまり現在では海外でのビジネス経験が得にくくなっており、グローバル人材育成のネックになっている。

 そこで今考えているのは、人材育成の観点から海外の事業会社にトレーニー的に社員を送り、海外経験をしてもらう方法だ。たぶん給与は本社が負担せざるをえないだろうが、グローバル人材の育成のための支出として割り切り、実施したい。

――採用時に一定の語学力のスコアを課す企業が増えていますが、クレハは導入する予定はありますか? また外国人採用について取り組んでいますか?

 語学力を応募資格に盛り込む予定はない。選考で重視するのはあくまでも人物だ。外国人の採用は実績があり、この数年で理系2人、文系1人が入社している。ただし意図的に採用したわけではなく、応募学生を人物本位で選考したら、たまたまその学生が中国人やインドネシア人の留学生だったということ。

 ただ今年は初めての取り組みとして、11月に北京大学に行った。クレハに興味を持つ現地の学生の中から現地のエージェントが30名に絞り、その選抜された学生を面接した結果、3人に内定を出した。

 今回の中国人学生のうち文系の2人は日本語が堪能だが、理系の1人は英語がかなりできるものの日本語はまったく話せない。この1人からは、入社までに日本語の習得が必要かと質問されたが、「日本語は日本に住めば自然と覚える。それよりも英語力をさらにブラッシュアップさせ、テクニカルタームを含めて高度な技術英語を駆使できるようになること」との宿題を出したところである。
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