先行きが不透明な今日、もはや従来通りの仕事の進め方を続けていては生き残りが難しくなっている。そのような背景があるなか、人材育成の領域で注目されているのが「アンラーニング」という手法だ。今回は、その「アンラーニング」がどんな意味を持つのか、人材の成長や組織の強化に向けてどのようなメリットやデメリットがあるのかを説明したい。
VUCA時代に必要な「アンラーニング」の意味とは? 人材の成長や組織の強化といったメリットとデメリットなどを解説

「アンラーニング」とは何か

「アンラーニング(unlearning)」とは、これまでの価値観や知識を見直しながら取捨選択し、その代わりに新しいものを取り込むことを指す。現状に合わせて学びを修正するため、「学びほぐし」や「学習棄却」とも言い換えられる。ただ、既存の学びをすべて捨て去るわけではないので留意したい。
「アンラーニング」の理解を深めるには、ラーニング(学習)と対比させてみるのも一法だ。ラーニングとは従来からの知識に、さらに新たな知識をプラスするというもの。一方の「アンラーニング」は培ってきた知識の中で、不要なもの、アップデートすべき箇所を意識的に捨て去ることだ。両方を上手く活用することで、個人や組織が成長を続けていける。

●「アンラーニング」が必要な理由

「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代」という言葉に象徴されるように、社会や経済が急激なスピードで変化する今日。いつまでも旧来の価値観や行動パターン、知識に頼っていては、事態の変化に太刀打ちできない世の中になっている。常に危機意識を持って時代の潮流・動向を見据え、必要とされる知見をいち早く習得していくことが重要だ。コロナ禍においては、多くの企業が右往左往するなか、「アンラーニング」を推進し、新規事業に着手したり、ビジネスモデルをダイナミックに転換したりする企業も見られた。こうした例からも、なぜ「アンラーニング」が必要とされるのか、明らかであると言って良い。

●学び直しやリカレント教育との違い

「アンラーニング」と類する意味で使われる言葉に「学び直し」や「リカレント教育(生涯学習)」がある。いずれも、「アンラーニング」とは意味合いが違ってくるので注意を要したい。リカレント教育や学び直しは、社会人が実務経験を積んだ後に大学に入り直したり、スキルアップを目的として講座を受講したりすることを指す。新たな知識をプラスすると言う意味で、まさにラーニングそのものである。

「アンラーニング」がもたらす企業や組織へのメリット

次に、企業が「アンラーニング」を推進するメリットは何かを具体的に説明していきたい。

●従業員の成長

変化の激しい時代では、これまで培ってきた知識やスキルは陳腐化しやすい。それだけに、「アンラーニング」を推進することによって、既存の仕事の信念や進め方、やり方を一度捨て、新たな考え方や手法の取得に向けた学びを加速させていくことができる。より上位レベルへのステップアップが容易に進まない従業員にとっては、成長への大きなきっかけとなるだろう。

●従業員の意識改革

「アンラーニング」の導入により、従業員の意識改革を進めることができる。どうしても、過去の経験に執着すると、物事をはなから決めつけてしまいがちだ。そうした事態を回避し、新しい価値観の中で経験を活かすこともできれば、今までにないサービスを提供することも可能となる。

●業務の効率化

「アンラーニング」に取り組むことで、業務の効率化がもたらされる点もぜひ指摘したい。仕事のルールや進め方が従来通りで良いのか、見直す良い機会となるからだ。無駄なものや思い込みを減らし改善したり、より良い方法を考えたりすることができれば、新たな気付きや発見が得られる。結果的に課題解決力が高まり、今まで以上の成果を得られやすくなるといえる。

●変化に対応できる組織

従業員一人ひとりが「アンラーニング」を推進していくことで、組織も時代の変化に合わせて迅速かつ柔軟に対応できるようになる。旧来の方法を見直し、今求められる新たな学びを習得する基盤が整うからだ。どれほど優秀な従業員であっても、自分のスタイルや経験・知見にばかり固執するようでは、伸び悩んでしまう。互いに刺激しあい、「アンラーニング」し合えるような組織づくりが求められている。

●マネジメント力強化

経営層を含めて「アンラーニング」を推進することで、マネジメント力を強化することができる。マネジメント方法を見直すことで、新たな評価軸を構築したり、気付きが得られたりするからだ。マネジメント力の強化は企業成長にとって不可欠であるだけに、挑む価値はあると言える。

「アンラーニング」がデメリットにならないために気をつけたいこと

最後に、「アンラーニング」を実施する上でのポイントについて取り上げてみたい。

●モチベーション低下に気をつける

「アンラーニング」の導入によって、長年慣れ親しんで来た仕事の信念やスタイルを変えることには、多かれ少なかれ心理的な抵抗感があるはずだ。「今まで自分が学んできたことを否定されるのでは」といった、不安や恐れが湧いてくるからであろう。それによって、モチベーションが格段に低下することがあり得る。また、やり方を変えた結果、一時的にパフォーマンスが低下することもあり得るかもしれない。「アンラーニング」はあくまでも自己否定ではなく、成長のための見直し、検証の機会であると位置付けることが重要になってくる。

●必ずチーム単位で

「アンラーニング」に取り組む場合には、必ずチーム単位、組織単位で行うことを心がけたい。誰か一人が仕事の進め方・やり方を何の予告もなく変えてしまうと、周囲に迷惑が掛かるのは目に見えている。それに、どうしても自分の弱みと向き合わなければいけないので、痛みが伴うからだ。誰かと共に「アンラーニング」を行えば、痛みも軽減されやすい。その点でも一人で実践するのは避けたいものだ。

また、すべてを変えようとするのではなく、有効性が下がってきた仕事を優先的に切り出し、課題意識を共有することも重要だ。そのためにも、まずは業務の優先順位や重要度を整理することから着手していきたい。

●認知と内省が大切

「アンラーニング」を行うには、社員のマインドセットが重要となる。そのためにも、個人レベルで行動する前の「認知」と、行動した後の「内省(リフレクション)」の作業を行い、仕事に対する自分の考え方ややり方を見つめ直すことだ。

例えば、内省するにあたっては、日々の業務において成功したことや失敗したこと、その理由を記録するというのも有効な手法と言える。「時代に合わないやり方をしていないか」、「これまで続けてきたことは今後も価値があるか」などと考えながら書き込んでいくうちに、新たな気づきを得やすくなるからだ。その一方、内省を繰り返していくなかで、自分がどうしても譲れない信念を再認識することもあり得るだろう。

●リフレクションと反省の混同に注意する

「アンラーニング」は、時代と合わなくなってきている知識を捨て、新しい知識をアップデートすることであると説明した。ただ、経験や知識を取捨選別していくと、「自分の知識はこんなにも時代とマッチしていなかったのか」と反省したり、落ち込んでしまったりしがちだ。しかし、「アンラーニング」に際して行う内省は、自分を責めることではない。客観的に自分を見つめ直すことと言って良い。あくまでも、新しく学んだ知識を習得する受け皿を作る。そのような取り組みであると位置付けるようにしたい。

●他部署・異業種と交流を図ってみる

他部署や異業種、幅広い年代の人との交流を図ることも、ぜひ推奨したい取り組みだ。新たな価値観に触れたり、刺激を受けることで「アンラーニング」が進みやすくなったりするからだ。また、自分自身を客観視することで、何を捨てるべきか、何を新たに取り入れるべきかがより明確になる点も見逃せない。

●知識や経験の取捨選択を意識する

「アンラーニング」は、これまでの知識や経験をすべて捨て去ることではない。残すべき、そしてアップデートすべき知識や経験を取捨選択することがポイントと言える。重要なのは、「アンラーニング」した後にラーニングにつなげることだ。「アンラーニング」によって視界を広げるとともに、今後何がより重要になっていくかを捉え、身につけていく。そのサイクルの中で、「新たな価値観をもっと知りたい」という知的好奇心が開花する状態を目指したい。

●ラーニングを否定しない

冒頭で、個人や組織が成長するには「アンラーニング」だけでなく、ラーニングも必要であることを説いた。その意味では、ラーニングを否定しないことが重要となる。時代に合わせて知識を捨てることにばかり目が向いてしまうと、知識をインプットするラーニングに疑問を抱いてしまいがちだ。「それを学習してどんな意味があるのか?」と思わず考えたくなるかもしれない。しかし、ラーニングしたものに価値があるかどうかは、実際に行動して始めてわかるものだ。ラーニングし続ける姿勢はいつまでも大切にしていただきたい。
時代が大きく変化していく中、「アンラーニング」は個人レベルに留まらず、企業全体で推進すべき取り組みであると言える。それも組織単位で実践してこそ価値がある。だが、導入が比較的に難しいと言われているのも事実だ。実施の仕方を間違えると意図したメリットを得られなくなるので注意を要する。その点を考慮して、今回は「アンラーニング」がデメリットにならないよう、気をつけるべき点も列挙した。本記事を参考に、どこをしっかりと抑えておく必要があるかを事前に理解して、実践してみてはいかがだろうか。
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