リモートワークの進展により、若手層の定着など企業の方々から「キャリア自律を促すには」、「社員(以下、メンバーと記載)がキャリアを自分で描くにはどのようなマネジメントや仕組みが必要か」というお話をいただくことも多々あります。そこで今回は、「リモートワーク」×「キャリア」をテーマに、リモートワークなどの働き方改革を、メンバーのキャリア自律やキャリア開発に向けて企業ができることを取り上げます。
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リモートワークがキャリアの文脈でもたらした3つのこと

リモートワークが、企業と人の関係性に影響を与えたことはいくつもありますが、キャリアの文脈でもたらしたことについて3点ご紹介します。

(1)メンバーが担う責任が増した

リモートワークになると、マネジャーや周囲からメンバーのことが見えづらくなります。また、仕事環境が生活環境に取り込まれます。これらによって、メンバーには以下の責任が生じます。

・仕事環境を整える責任
・周囲を安心させる責任

「仕事環境を整える責任」とは、オンオフの切り替えが難しい生活環境の中でも、仕事ができる環境を整える責任です。また、マネジャーや仕事の協働者が逐一見守っていなくても、業務を行い、組織や個人に期待される役割や成果を果たせる。「周囲を安心させる責任」とは、これらを「マネジャーや協働者に感じてもらえる」ようにすることを指します。これには、働き過ぎてメンタルに不調をきたしたり、お客様との関係性が決定的にこじれたりという状況が起きる前に、早めにマネジャーや周囲に知らせるといったことも含まれます。

これまでこれらの責任は、主として企業やマネジャー側が担っていました。しかし、リモートワークが上司や周囲から見てメンバーが「見えづらい」、「わかりづらい」という状況をもたらしたため、責任の一部がメンバーに移ってきたのです(もちろん、企業やマネジャーの責任は依然として存在することは、言うまでもありません)。

企業で「キャリア自律」が謳われる背景には、企業が長期の雇用を約束できなくなったり、キャリアパスを提示しづらくなったりという企業の事情があります。また、長い時間をかけてスキルや経験を積むことを若手層が待てなくなってきた。そんなメンバー側の事情もあります。これに加えて、リモートワークの進展に伴ってメンバーの責任が増したということも、キャリア自律の流れを生んでいるでしょう。

(2)キャリア自律を考えるにおいて、仕事だけでなく、働き方の観点が重視されるようになった

新型コロナの発生以降、会社選びや仕事選びにおいて、リモートワークができる企業・職場か否かへの関心が高くなっています。なお、ここでいう「リモートワークができるか」は、求職者が必ずしもフルリモートを希望している、という意味ではありません。人によっては、週に1回、2回程度で良いと言う方もいるでしょうか。また、場合によっては、育児や介護など、いざというときに使えれば良いという方もいます。

キャリア自律においては、企業が想起する「メンバー自身が、キャリアについて主体的に考え、切り拓いていく」といった職種、ポスト、ポジションという視点でのキャリアに加えて、「自分の働き方を自分でデザインできる」という働き方の観点が重視されるようになってきたといえるでしょう。

(3)仕事の位置づけの相対的な低下、および社外流出への遠心力が高まっている

現在、出社中心かリモート中心の働き方をしているかは別として、1回目、2回目の緊急事態宣言の下では、リモートワークで働く方も多かったと思います。その中で、当社の調査でも、リモートワーク経験者の「生活の質や家族との関係性の質」が「高まる」、「やや高まる」という回答が42.7%、「低下する」、「やや低下する」の回答が8.3%という結果となりました。34.5ポイントの差があり、生活の質や家族との関係性の質が高まったという実感を持った方が多くいらっしゃいます(※)。

※:株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「リモートワーク緊急実態調査(前編)」2020年

加えて、企業の一般社員の方々からも、「リモートワークを経験することで、家族との時間も含めて、仕事と同じくらい大切にしたい時間が色々あることに気がついた」、「今まで仕事を頑張ってきたけれど、人生でより大事にしたいことが見つかった」という声を耳にすることがしばしばありました。この、「(他の側面の重要性に気がついたことによる)人生の仕事における位置づけの相対的な低下」は、企業が社内の施策を考えるうえで、複雑度を増したり、より説得力が必要になってきたりすることにつながっています。

また、オンラインで提供される学びの機会や新たな人と知り合える機会を、多くの企業が創出してきたことにより、メンバーが社外とより気軽につながることができるようになりました。一方で、リモートワークはオフィスの存在など、会社とつながっていると感じられる各種の目印が少なくなります。リモートワーク下で自律的に業務を遂行し、活躍できているメンバーにとっては、社外が魅力的に映る機会が増え、その中で転職・退職など社外に流出する人も出てきます。これが遠心力です。

本文では「キャリア」という言葉を特段明確な定義をせずに用いています。「キャリア」という言葉を聞いたときに思い浮かべることは人によって様々であり、本記事においてはそれらを広く捉えても良いからです。

ちなみに、キャリアと聞いて思い浮かべることを尋ねると、大きく「仕事(限定)か仕事以外も含めるか」、「過去を見るか未来を見るか」が、人によって分かれます。仕事について考えるか、生き方など仕事以外も含めるかは「範囲」の話です(より細かく言えば、「仕事」は、自社限定と自社以外も含める考え方に分かれます)。過去に歩んできた道について考えるか、未来について考えるかは「向き」の話といえるでしょう。

今回のテーマは、「キャリア開発について企業ができること」ですので、主として未来について考えることになります。また、以前であれば、社員に、自身のキャリアを自社限定で考えてもらうことも多かったですが、限定してしまうと、キャリアを描くことが難しくなるケースも出ています。

リモートワーク下での「キャリア自律」、「キャリア開発」に向けて企業は何ができるか

ここまでの内容を踏まえたときに、企業が「キャリア自律」、「キャリア開発」に関してできることはなんでしょうか。以下で3点ご紹介します。

(1)メンバーが、地理的制約を乗り越えられる施策を整える

先ほどキャリアの観点に「働きやすさを選ぶ」という視点が入ってきたことを述べました。リモートワークの制度を整えるというのが重要な施策であることは言うまでもありません。しかし、現時点でのリモートワークは、「現在、個々の社員がすでに持っている仕事を、オフィス以外の場所で行う」ための施策であることが多いでしょう。

そこで、リモートワークの活用が進んできた企業においては、一部の拠点のみが担っている仕事(本社機能などがこれに該当します)を、全国から担当できないかを考えてみるのも一考です。最近はニュースなどでもこうした事例を目にした方もいらっしゃることでしょう。もちろん、リモートワークでは経験できない仕事はありますが、キャリア開発を考える上で重要になる経験を、転居転勤なくリモートワークのままで積んでいく。それができれば、地域限定社員など多くの方の「キャリア自律」や「キャリア開発」にもつなげることができるでしょう。

(2)メンバーのブランド化

ブランドというと少々重たいですが、それぞれのメンバーが何を経験して、何ができるかを、上司や人事部門など縦のライン以外の人も含めて知ることができる状況をつくることです。先ほど「リモートワーク下では、メンバーの責任が増す」と書きました。メンバーが責任を果たし、自律的に仕事ができるようにするには、物理的距離が離れていたり、お互いの仕事ぶりが見えていなかったりするところでも、新たな縁や成長の機会が、メンバーに舞い込んでくる状況を意図的につくることが重要になります。それに寄与するのがメンバーのブランドです。

ブランドづくりのためにお勧めしているのが「経験やスキルのタグづけ」です。メンバーが何を経験して、何ができるかを短い言葉で表現します。「営業経験5年」と一括りに「営業」と捉えるよりも、「大手の法人担当」、「探客~アフターフォローまで担当」といった形で、より具体化するといいでしょう。

これを、「この1年どんなタグを新たにつけたいか」について期初にマネジャーとメンバーで話し合う。そして、「どのようなタグがつけられたのか」を期末に話すことで、キャリア自律を助けるでしょう。それをまずは同じ職場の間で紹介し合えると良いかもしれません。こうした情報を人事システム(タレントマネジメントシステム)に掲載し、社内のより多くの人が見られるようにできると尚良いと思います。

(3)自社や自組織が社外とつながる

先ほど、社外流出、遠心力についてご紹介しました。裏を返せば、自社も社外とつながりやすくなったということです。自社が社外とつながり、社内にいながらにしてメンバーに新たな縁や経験の場、スキル習得の機会が付与できるのであれば、キャリア開発の点でも、メンバーの引き留めという観点でも奏功するでしょう。
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