「採用ブランディング」が注目を集めている。“働く場”としての自社のブランド力を高めることで採用力を強化しようという手法だ。「採用ブランディング」では、他社にはない魅力を積極的に発信し、それらの情報を、自社が本当に必要としている人材へ届けることが重要となる。この「採用ブランディング」について、運用の手順や注意点、企業の成功事例などを解説する。
「採用ブランディング」の目的や方法、企業事例とは――採用成功に向けて徹底解説

「採用ブランディング」で採用力を高める

「採用ブランディング」とは、採用力を強化するために企業(自社)を“ブランド化”することである。例えば、「日本を代表する自動車メーカーといえば」という質問をされると、いくつかの企業名をあげられるだろう。家電、食品、服飾、金融……など、どの業界にもビッグネームは存在する。また「A社の製品は高品質」、「B社は開発力に優れる」など、より具体的なイメージで語られる企業も少なくない。製品購入やサービスの利用において、そうしたネームバリューやブランドイメージを重視する消費者は多い。

「採用ブランディング」の場合、単に製品やサービスを売り込むわけではない。もちろん「〇〇といえば、あの企業だ」と広く認知してもらうことも必要だが、最終的な目標は「この会社で働きたい」と感じてもらうことにある。

そのためには、「自社の理念・哲学」、「製品やサービスが社会に対して果たしている役割」、「社風」、「労働環境」などをアピールし、“働く場”としての魅力=自社のブランドイメージを高めていかなければならない。そうしたブランドイメージがターゲット人材に確実に届くよう、情報発信を戦略的に進めることが重要である。

●「採用ブランディング」が求められている背景とは

少子高齢化が進んで労働人口は減少し、仕事より家庭やプライベートを重視する人が増えるなど労働者の価値観は多様化している。新卒一括採用・終身雇用は崩れ始め、通年採用や転職が当たり前のこととなった。こうした理由が絡み合い、採用競争が激化しているのはご存知の通りだ。

競争に勝ち抜くため、SNSやダイレクトリクルーティングを活用する企業が増えた。だがこれらは使い方を誤ると、情報の氾濫を呼び、非効率的なアプローチとなってしまう恐れもある。自社とマッチする人材をしっかりと見極め、ターゲット人材に必要な情報を届けられる手法を取るべきなのだ。

また新型コロナウィルス感染症が拡大し、経済の先行きが見えない中で、人員削減に着手する企業も現れた。ただし事業を持続させるためには新たな戦力も必要となる。企業の採用スタンスは「総従業員数を抑えながら、本当に必要な人材は確保する」、“数”重視から“質”重視へと転換しつつあるわけだ。こうした事態を背景として、各企業の「採用ブランディング」に対する関心度やニーズが高まっているのである。

●「採用ブランディング」はマッチ度の高い人材の獲得につながる

「自社の理念や哲学」、「事業内容」、「社風」や「労働環境」などが広く認知され、ブランドイメージが確立されれば、それらに共感する人材、自社とのマッチ度が高い人たちからの応募が増加する。母集団の質が高ければ、実際に採用へと至る人材の質も高まることになるはずだ。


「採用ブランディング」に期待できる6つのメリット

「採用ブランディング」には、主として以下のようなメリットがあるといえる。

(1)企業の認知度向上

自社をブランド化し、戦略的な採用活動に取り組む「採用ブランディング」は、それだけ目に触れる人の印象に残りやすく、企業としての認知度アップが期待できる。とりわけ中小企業、ベンチャー、スタートアップなどにとって、自社の存在を広く深く周知させることは、採用の成功に向けて大きな意味を持つだろう。

(2)競合他社との差別化

同業種・同規模・同地域の企業など競合他社との違いを明確に打ち出し、ターゲット人材に向けて“響く”情報を発信することが「採用ブランディング」の特徴だ。これにより学生や求職者に、「就職先候補の1つ」ではなく「この会社で働きたい」と感じてもらえる存在となることも可能である。

(3)応募者数の増加

自社の認知度が上がり、ブランドイメージが浸透し、「この会社で働きたい」と考える人が増えれば、当然、応募者数は増加するはずだ。

(4)自社と応募者とのマッチ度向上

単に応募者の数が増えるだけではなく“質”も向上する。自社のブランドイメージに共感する人、マッチ度の高い人材が集まることになるため、選考途中での離脱や内定辞退の可能性は低くなり、入社後の定着率も高まるだろう。

(5)採用コストの抑制

「採用ブランディング」では、採用広告を広く展開して応募者が集まってくるのを待つのではなく、ターゲット人材に合わせて効果的かつアクティブな採用活動に取り組むこととなる。また自社のブランド化が成功すれば、クチコミで評判が広がる可能性もある。内定辞退や早期離職のリスクも減る。結果、求人・採用にかかるコストを大きく削減することができるのだ。

(6)既存社員のモチベーション向上

自社のブランドイメージや認知度が向上することは、いま働いている既存社員にもプラスの効果をもたらす。企業理念を再認識し、事業内容に対するプライドが芽生え、モチベーションやエンゲージメントが向上するだろう。

「採用ブランディング」のデメリットにも注意すべし

「採用ブランディング」には、注意・留意しておくべきポイントがいくつかある。

●全社規模で取り組むことが必要となる

「採用ブランディング」で発信する情報やメッセージは、当然ながら“真実”でなくてはならない。経営層、さらには全従業員が意識や価値観を統一して、企業理念を実践し、労働環境を整備し、時間をかけて社風を築き上げ、働く場としての魅力を高めていく必要があるといえる。強い意思とパワー、持続力を要する取り組みであることを認識しなければならない。

●効果が出るまでに時間を要する

「採用ブランディング」は一朝一夕で成功するものではない。認知度アップ、企業ブランドイメージの浸透、応募者の量的・質的な向上……といった効果が出るまでには2~3年を要すると考えておいた方がいいだろう。

●継続した長期的な取り組みが求められる

「採用ブランディング」は、5年後、10年後を見据えた長期的な取り組みとして運用していくべき手法である。情報とメッセージの発信を継続し、より広く深く自社のブランドイメージを定着させていくことが求められる。取り組みの効果を測定し、手法を見直すことも必要だが、企業理念や発信するメッセージが年次によって異なるようではブランドイメージが低下する。最新の状況をコンスタントにアップデートしつつも、自社のブランドイメージは一貫していなければならないのだ。

「採用ブランディング」を運用する手順と方法

「採用ブランディング」を進める手順や手法は下記の通りとなる。

●自社についての分析

まずは業界全体や採用市場を見渡して自社のポジションを分析し、将来像を描き、現在どんな魅力を発信できるのか、どんな理念やビジョンを持っているのかなど、自社の魅力、ブランド構築につながる要素を明確化する。

●ターゲット人材の明確化

自社の理念、事業内容、将来像を整理したうえで、では「どのような人材を必要としているのか」を明確化する。その際に役立つのが「ペルソナ」という考え方だ。学歴・職歴、専門知識やスキル、趣味嗜好、仕事と生活に対する価値観など、さまざまな角度から「欲しい人材の人物像」を設定するのである。「ペルソナ」によってアピールすべき事柄や届けるべきメッセージ、情報を効果的に伝える手段なども異なるため、重要な作業である。

●発信する情報の整理

「採用ブランディング」では、ターゲット人材に響く情報であることを意識しなければならない。例えば社会への貢献度を重視する人材がターゲットとなるなら、自社の製品やサービスが豊かな社会創出につながっている様子を積極的に発信するべきだ。「この企業は〇〇だ」と印象付け、「ここで働きたい」=働く場として唯一無二の存在と感じてくれるよう、具体的な情報を発信することがポイントになる。

●発信方法の厳選

情報やメッセージを発信する手段・方法も重要だ。発信チャンネルとしては、求人サイト、自社運営の採用情報サイト、Twitter/Facebook/Instagramといった各種SNS、セミナーや会社説明会などが考えられる。情報の形態も、テキスト、写真、動画、イラスト、Web上のゲーム、パンフレットからノベルティグッズまで、選べるものは無数にある。大切なのは、各チャンネルを利用している層、その人たちが欲している情報、情報が正確かつ効果的に伝わる発信形態などを細かく分析し、各チャンネルに相応しい情報を的確な形で発信することである。

●運用の継続

「採用ブランディング」は継続した長期的な取り組みが必要な手法だ。業界や自社の最新状況、これまでの取り組みの成果分析、新たに必要となる人材などを踏まえて、情報の内容や発信方法を見直し、PDCAを回していくことが求められる。長いスパンで運用するための人員と予算の確保も重要だ。

「採用ブランディング」に成功した企業事例

「採用ブランディング」を成功させ、その取り組みが注目されている企業も数多く存在するためここで紹介したい。

●三幸製菓

『雪の宿』や『チーズアーモンド』といった人気商品を擁する新潟の米菓メーカー・三幸製菓では、就職ナビサイトに頼ることをやめ、担当者が全国へと出張する「出前全員面接会」、17種類の選考コースから応募者自身が選考方法を選択できる「カフェテリア採用」など独自の採用手法を実践している。

特に話題を集めたのが『日本一短いエントリーシート』。「おせんべいが好き?」、「新潟で働ける?」という、わずか2つの質問にYESと答えられるかどうかで最初期のふるい分けが行われるのだ。また7種類の適性を各5問で分析するアセスメントツール『35の質問』も開発した。

これらにより、同社の「せんべい好きが働く新潟の企業」、「自由で独創的」といったブランドイメージが定着。マッチ度の高い応募者が集まり、その中から適性の高い人材だけが選考を通過することになって、採用後のミスマッチは激減したという。

●サイボウズ

企業向けクラウドサービスなどを展開するサイボウズでは、「100人いたら100通りの働き方があってよい」というスタンスに基づき、最長6年間の「育児・介護休暇制度」、勤務時間や場所を自ら選択する「働き方宣言制度」、「副(複)業許可」、「子連れ出勤制度」といった施策を導入している。

自社サイトに「ワークスタイル」というページを設置し、こうした情報を発信することで、同社のブランドイメージは「自由な働き方が可能な企業」と認識され、それらに共感する人材を多数獲得。また、優秀なのに他社では働きづらいという人たちの確保にも成功しているのである。

●タニタ

体温計や体重計などを製造・販売するタニタでは、社員食堂で健康に配慮したメニューを提供し、そのレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』をヒットさせ、社員の健康状態を見える化する「タニタ健康プログラム」など“健康経営”に着手。結果、同社は単なる健康器具メーカーではなく「人々の健康に対する貢献度の高い企業」というブランドイメージを広く認知させることに成功。その社会的な意義に共感する人たちからの応募を集めることにつながっている。

「採用ブランディング」は、迅速かつ丁寧に

多くの企業は、魅力的な製品作りやサービスの提供、広告戦略などによってブランド力を高めてきた。「採用ブランディング」は、これを一歩進めて、“働く場としても魅力的であること”を広く浸透させる活動といえる。

全社的な取り組みであり、これまでの採用活動とは異なるスキルが必要となるなど、難しい点は確かにある。だが、企業としての認知度アップ、応募者の量的・質的な向上、マッチ度の高い採用実現によるコスト減と離職率低下など、メリットは大きい。

とりわけ、「採用ブランディング」は、採用において同業他社との競合に悩む企業にとって効果的といえる。ただし継続した長期な運用をしてはじめて成果がもたらされる方法論であるため、いち早く実践し、より有効な採用フローへとブラッシュアップしていくことが求められるといえるだろう。
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