AI・IoT・5Gといった新たな技術革新によりビジネス環境が変化するスピードが飛躍的に早くなり、事業の維持・継続が難しい時代だ。企業運営にあたるトップマネジメントの役割と責務は、かつてないほど大きくなっている。
HR総研が2019年5月に実施した「人事の課題とキャリアに関するアンケート調査」において、今後3~5年の採用・人材育成・配置・人材ポートフォリオ面での課題について尋ねたところ、「次世代リーダーの育成」がトップとなっている。これは2018年度の調査でも同様であり、企業経営の大きな課題といえるだろう。
この激変時代を乗り切るために、適切な企業トップの舵取りが重要であり、それを担う次世代トップマネジメントの育成が大きな課題となっている。

【前編】激変時代に求められるトップマネジメントの要件と育成方法とは
激変時代に求められるトップマネジメントの要件と育成方法とは(後編)

計画的・継続的な施策設計で次代のトップマネジメントを育て続ける

では具体的に、どのような手順でサクセッション・プランを構築し、実践していけばいいのだろうか。

トップマネジメント育成に必要な要件は、企業によって、さらには事業の進捗状況などによって大きく変わる。まずは自社のビジョンや事業戦略を明確化し、何をもって「ビジネスの成功」とするのかを再定義することが第一歩である。そのなかで、次世代のトップマネジメントを育成することを経営陣が課題意識を強く持ち、コミットしていくことが重要だ。そして、“自社に相応しいトップマネジメント”像においても明確にしておきたい。事業を成功に導くために必要な知識と経験、志向、行動特性など、人材要件を定め、具体的に“誰の成長を加速させるべきか”を明確にする必要があるだろう。

トップマネジメントの人材育成を加速させる6つのポイント

世界93カ国、年間25万人以上のリーダーシップ開発を手掛けるDDI社によると、「人材開発加速化の6つの必須要件」として、以下を挙げている。

(1)人材育成の加速化戦略
コミットする:人材開発の加速化をビジネスの最優先事項とする
人材開発の加速化は、より多くの人材をより早い段階で特定し、自社のビジネスに必要な能力を身につけるための学習や助言を提供することで、組織の人材開発システムをより効果的に、より早く機能させる手法。そのなかで、経営幹部の役割は重要となる。学習と能力開発活動を承認して、あとは側面から見守るだけでは不十分である。人材開発の加速化に積極的に関わり、他の最優先事項と同等の優先度をつけて管理していかなければならない。そのためには、リーダーシップの最優先事項(ビジネス・ドライバー)を選び出すことが重要となる。

(2)サクセス・プロフィール
目標を定める:自社のビジネス状況におけるリーダーシップの成功を規定する
人材開発の加速化システムに、リーダーとビジネス状況の両方を正確に説明する共通かつ有用な言語を確立できれば、加速化を実現し、適切な人材を主要な役割につける最善の方法を見出すことができる。残念ながら、リーダーシップの成功を定義する際に、人の特性だけに注目し、ビジネス状況を明らかにする姿勢が欠けている。
組織のビジネス状況におけるリーダーシップの最優先事項を明確化する最もよいアプローチはビジネス・ドライバーを特定することだ。ビジネス・ドライバーとは、ビジネスの優先事項(戦略的優先事項と求められる組織文化)を成功裏に推進し、実現するうえで経営幹部が解決しなければならない主要課題である。自社のビジネス・ドライバーは何かを特定し、そこから各階層のリーダーが成功するのに必要なサクセス・プロフィール(知識、経験、コンピテンシー、個人特性)を定義することが肝要となる。

(3)タレントビュー(ポテンシャルを特定)
特定する:開発を加速化する人材を効果的かつ正確に決める
タレントレビューは次にあげる2つの分析を連係させる必要がある。事業またはグループレベルでリーダーの需要と供給を調べる「組織レビュー」と、個人レベルのポテンシャルや準備度、能力開発に焦点を当てた「人材開発加速化のレビュー」である。
組織レビューでは、組織、事業、グループレベルの人材の棚卸しを行い、さらに重要なポジションに対する能力と準備度を評価する。ここまでで終えてしまう組織は多いが、人材開発加速化のレビューでは、最も急成長しそうな個人を特定したうえで、能力開発を目的とした配置転換やトレーニングなど、積極的な能力開発を計画し、時間をかけて成長度合いを評価していくことが必要だ。
適切に設計されたタレントレビューは、ビジネスや業務計画サイクルに組み込まれた効率の良いプロセスを通じて、目的を達成する。年1回の行事ではなく、習慣的に繰り返し行う仕組みを確立しなければならない。

(4)診断とフィードバック
診断する:リーダーへの準備度を正確に診断し、有益なフィードバックを提供する
リーダーが次の職務に移る準備ができているかを診断し、その個人が埋めなければならない能力のギャップを特定するために準備度アセスメントを行うことが効果的である。アセスメントを行うことによって、候補者のこれまでの経験値では遠く及ばない困難な場面で求められる能力を測定することができる。より正確な予測データは、不適切な人材を昇進させるといった誤りを減らすだけではなく、リーダーのパフォーマンスを大きく改善し、キャリアの向上を加速させる源泉にもなる。そのため、アセスメント結果のフィードバックでは、適切な予測データを用いて、サクセス・プロフィールを基に強みと弱みを的確に伝え、成長に向かって能力開発の機会を積極的に活用し継続的学習を促すことが求められる。さらに成長を加速させるためには、職場におけるフィードバック文化を醸成することが重要となる。

(5)能力開発の方法(個人グループ)
成長する:適切な能力開発を実現させる
リーダーが準備のできていない状態から即戦力のある状態になるには、常に成長し続けなければならない。だが残念なことに、一般的にはその現実は難しい。組織はリーダーの能力開発への投資を増やしているが、リーダーの著しい成長は見られない。リーダーのスキルを開発するときには、それが現在も将来もビジネスに必要なスキルでなければならないという点を多くの組織が見落としてはいないだろうか。
リーダーの能力開発を計画する際には、開発するスキルがビジネス状況と整合しているか、また、個々人のニーズに適合しているかという点を考慮しなければならない。
特に、トップマネジメントの育成にあたっては、大規模で思い切った能力開発を目的とした任務を与え、ビジネスで必要とされる能力開発を促すことも必要であろう。

(6)測定、アカウンタビリティ、コミュニケーション戦略
持続する:成長のためのエネルギーを精力的に作り出す
これまで、トップマネジメントの育成を加速させる5つのポイントを解説してきたが、もうひとつ人材開発の加速化に取り組む際に考えるべきことがある。成長への前向きなエネルギーをどのようにして人材開発の加速化への取り組みの維持につなげるかである。
人材育成の加速化のための各々のプログラムを始めることは、変革を通じてその効果を持続させることより、はるかに簡単だ。それを持続させていくためには、経営幹部が人材開発の加速化に当事者として関わり、自らがモデルとなり、リーダー育成のアカウンタビリティを持つことが必須となる。さらに、経営幹部が自らも成長し、人材開発の加速化を組織全体が共有できるものに発展させることで、組織のDNAの一部として受け継がれるような人材開発の加速化システムを実現することができるであろう。

次世代リーダーシップ開発 人材育成に新たなエネルギーを吹き込む「6つの加速化メソッド」
Matthew J. Paese + Audrey B. Smith + William C. Byham (著) より



同書では、即戦力になるリーダーを多く作り出すには、個人やグループを特定し、人材開発を加速すべきであり、それは組織文化への投資ではなくビジネスへの投資であることを強調。「誰の成長を加速させるべきか」「何人の成長を加速させられるか」といったポイントで各プロセスにおける具体的な手法を明らかにし、トップマネジメントの人材育成への道筋を示している。


トップマネジメントの人材開発には、それ自体を優先事項とする経営陣によるコミットメント、ビジョン・事業戦略の明確化、ビジネスの成功要因と人材要件特定、従業員の診断と人材プールの構築、候補者たちの能力開発……など、多岐に渡る。そうした取り組みは一朝一夕には実現できず、計画的に実行できる企業は数少ないのかもしれない。

しかしながら、持続的な企業成長を実現するには社内の新陳代謝は必要不可欠であり、次世代のトップマネジメントをしっかりと育成することが重要であろう。着手に準備が必要と考えている企業もスモールスタートで取り組み、リスクを最小化しながらPDCAをまわすような「アジャイル」的な推進が求められるのかもしれない。


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【前編】激変時代に求められるトップマネジメントの要件と育成方法とは
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