2018年5月31日に働き方改革関連法案が衆院を通過し、法案成立がほぼ確定となった。今回の改正は大がかりだ。主に7つの法律、雇用対策法、労働基準法、労働安全衛生法、労働時間等設定改善法、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改正が同時に行われる。とりわけ注目されるのは、70年ぶりの大改革となる労働基準法。これについてはいろいろと批判的な声も聞く。中でも36条の改正は影響が大きいと思われる。はたして、その改正の“こころ”はどこにあるのだろうか。
労基法改正のこころは

労働力人口が減っていくという大問題

すでに耳にタコ状態の「日本はOECD加盟主要7ヵ国中最下位」という労働生産性の現状。週労働時間49時間以上の労働者割合をみると、ドイツは10.1%、日本は21.3%である。焦土と化した国土から目覚ましい復興を果たした両国であるが、現在、労働生産性に関しては、およそ2倍違うわけだ。

働き方の過去から未来をイメージするのに適した資料がある。2008年発表の経済同友会「21世紀の労働市場と働き方委員会」の提言がそれだ。これは経済同友会のHPで公開されているもので、昭和の時代、現在、そして将来の働き方をわかりやすく図示している。

これによると、昭和の働き方を「年功序列」、「終身雇用」、「企業内労働組合」を三種の神器とした、古いOSと表現し、その上に新卒一括採用、正社員囲い込みなどのアプリが動いていたとする。

対して、21世紀型の新しい働き方は、「職務・役割主義」、「人財主義」、「多様性主義」を三種の神器とした、新しいOSの上で、職務・役割ベースの人事・報酬制度、テレワーク、外国人雇用などのアプリが動いていくのだという。

そのビジョンは、題して、「ワーク&ライフインテグレーション」。ワークとライフが相乗効果を発揮する働き方だ。

現在は、旧OSから新OSへと移行する試行錯誤の時期と言える。故にあらゆる箇所でミスマッチが起きている。昭和の働き方は、基本的に人口増加、大量生産、大量消費がベースにあり、それを長時間労働で支えることができていた。全てがうまく噛み合い、ラッキーだったとも言える。

将来のビジョンをめざす働き方改革の背景にある問題は、何と言っても、労働力人口の減少だ。過去の成功を支えてきた人口増加だが、現在は減少まっしぐら。2018年4月時点で労働力人口は、約7,800万人。それが少子高齢化の進行で、2065年には約4,500万人になると予測されている。ただ人口が減るばかりではない。2065年には高齢者率が、総人口の38%台の水準になると推計されている。

成長率1.5%~2%を維持するには、人口1億人の手による労働生産性を、世界トップレベルにまであげなければならない。現在、生産性トップ10は、アイルランド、ルクセンブルク、ノルウェー、ベルギー、デンマーク、米国、オランダ、ドイツ、フランス、スイスである(出典:公益財団法人 日本生産性本部『日本の労働生産性の動向 2017年版』)。これらの国に負けない労働生産性が、不可欠となってくるのだ。

それには、社会における健康な労働力が、制限された時間内で、如何に集中的に働くかが重要になってくる。当然、昔からの様々なやり方を変える必要が出てくるだろう。

残業を無くすなんて無理だ、という企業も当然ある。しかし今、人手不足の中、長時間労働抑制やそうした取り組みへのアピールをしない企業に、人は集まるだろうか。ワクワクするだろうか。 

政府も、各企業の働き方改革への取り組みをアピールするための、様々な手段を用意している。女性活躍を支援する「えるぼし認定」、若者支援の「ユースエール認定」などの取得では、企業名が公表されるようになっている。これらは企業にとって本当にメリットのある認定なのだろうか、という疑問があるかもしれない。しかし、自社が持っておらず、同業他社が取得していた場合、求職者はどちらを魅力的に思うだろうか。政府は今、これらの他にも、生産性・収益力向上の取り組み、生産性向上に向けた事例などを公表し、生産性向上の後押しをしている。

忙しくて対策を練る時間がない、わからないと言っているうちに、波の間に間に消える運命になりかねない。 同時にこれからは、働く側も、生産性の低い働き方をしていては、企業から避けられるようになっていく。今後、企業と個人は、緊張感のあるパートナー関係になっていくだろう。

自社のビジョンを描こう

今のままの出生率が続くと、「日本人は西暦3000年には朱鷺(トキ)になる」と、国立社会保障・人口問題研究所所長の森田朗氏は推測している。 

1000年後、日本人は、地球上において絶滅危惧種…このような未来を避けるために、今、私達はどうしたらよいのだろうか。因みに彼の結論では、“子孫を増やす”こと以外にないという。

できそうにないことを、できるに変えるには、ビジョンを描くことが重要だ。まず、できる、と信じること。 さらに、自社の働き方改革は、世の中にも影響を及ぼすのだ、といった高い志が大切だ。自社のビジョンが1000年後の日本人の朱鷺化を防ぐための土台となるのだ、と。

とは言え、現状は問題だらけのはず。そこでまずは、理想と現実のギャップを明らかにする作業が必要になる。つまり、課題の発見である。そして解決策を見出したら、それを行動に移す。中長期の計画を絡めて、具体的な日々の行動に落とし込んでいく。

それには何より、自社らしいビジョンを描くことだ。例えば、働く時間を選択できれば、家族や大切な人との時間を持つ豊かさが生まれるだろう。家族を増やすチャンスも多くなるはずだ。人は、大切な人がいるおかげで、また元気に働くことができる。喜びや悲しみを、家族や大切な人と分かち合える時間を持つことで、リフレッシュして仕事ができる。家族への愛、友人への心配りが、新しい商品やサービスを生むこともあるだろう。これこそが前述した「ワーク&ライフインテグレーション」、つまり、ワークとライフの相乗効果ということであろう。 

改正のこころを、そうとらえたい。

企業と個人の関係、男女の関係、家族の関係、様々なものの再定義が、日本の未来を明るくするだろう。課題とは、それを乗り越え、みなで喜びを分かち合うためにある。困難であればあるほど、乗り越えた時の喜びも大きくなるだろう。それを信じて前へ進もう。
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