特集・連載記事

心の病からの職場復帰ドキュメント −ケースに学ぶリワーク(復職)の実際−

Case No.2
勝手の違う異動先で「うつ」発症、家族と関係者が復職方針を確認
*本稿ではプライバシー保護のため状況設定を一部架空としています
卜部 憲

前回は治療の初期段階(急性的療法期)で、本人の体力回復のために家族が協力した結果、規則正しい生活時間を取り戻すことができた事例についてご紹介しました。今回の事例も心の病となった従業員とその家族の係わり合いにスポットを当てています。

=ケース紹介=
プロフィール

Bさんは、鉄鋼メーカーの管理部門で働く33歳の男性です。大学の理工学部を卒業後、現在の会社に入社し一貫して製品開発に従事してきました。職場では、製品設計や計画作りを自分自身が納得するまでとことんこだわる完璧主義者として有名で、開発した商品もヒットし社長賞を贈られるなど、実績も高く評価されていました。

きっかけ:今までと勝手の違う仕事に

そんな状況に変化が訪れたのは半年前。会社が人材育成の一環として職掌を横断する人事を導入し、Bさんもその対象者に選ばれたのです。
生産管理部門に異動となったBさんは、製品を工場で効率よく生産するための生産計画作りや、計画通りに生産が進んでいるかどうか進捗を管理する仕事を担当することになりました。生産管理の仕事は、製造・開発・営業・購買・物流など、社内の他部門と連携しながら行うため、自分自身の裁量で動かせる範囲が開発部門とは大きく異なっていました。
商談に成功したのに原料の手当ができず製造できない、原料はあるのに生産できる人的余力がない、といった様々なトラブルに遭遇し、Bさんはその対応に休日返上で忙殺されることになりました。「自分がやる以上は、それなりの結果を出したい」自負心の強いBさんは誰にも相談せず一人で仕事に取り組んでいました。

発症:不眠、遅刻、ミスが頻発

生産管理部門に異動してから2ヵ月も経たないうちに、Bさんに生活面での変化が見受けられるようになりました。以前は食欲が旺盛で、どこでもすぐに眠ることができたBさんでしたが、次第に食欲が落ち、夜も寝付きが悪く、明け方まで眠れない日が続くようになりました。
無遅刻無欠勤だったBさんがついに朝起きられなくなり、遅刻する日が何度か続きました。また仕事上のミスも目につくようになってきたことから、心配した上司が強制的に1 週間休むよう命じました。しかし、食欲や睡眠などは一向に回復せず、Bさんはかかりつけの医師から紹介を受け、精神科での診察を受けました。「うつ病のため、3 ヵ月程度の療養が必要」—思いもしなかった結果がBさんに告げられました。

治療過程:家族と会社が対応方針を確認

Bさんの奥さんは夫から「心の病になった」と告げられ、どのように対処していいのか考えた末、Bさんの上司と人事担当、および産業医を交えて話し合いを持つことにしました。その結果、奥さんはBさんに対して当面5つのルール(図表)に沿って対応すること、何かあった場合には上司に速やかに相談することを四者で確認しました。

図

Bさんの自宅での療養が始まりました。当初は休んでいても仕事に対する不安に捕らわれたり、無力な自分を責める気持ちにさいなまれ、眠ることさえままならない状態でしたが、治療開始から1ヵ月ほどすると次第に睡眠・食事など規則正しい日常生活を送れるようになってきました。さらに2ヵ月を経過する頃には、調子が良ければ奥さんと一緒に食事をしながら会話をする状態になりました。
療養を開始して1ヵ月ほど経ち、やっと朝起き上がることができるようになったAさんでしたが、それでも夕方までは何もせずにぼーっとしている日々がほとんどでした。たまに調子が良いときなどは、家族と近所に散歩に出かけたりしましたが、ふとした拍子に仕事を思い出し、急に不安に襲われ胸が苦しくなるなど、状態は安定しませんでした。
休みはじめてからそろそろ3ヵ月を迎えようとしていたある日、Bさんは自分がなぜ心の病になったのか、奥さんに話しはじめました。開発部門でずっと働いていたなら、おそらく病気にはならなかったであろうこと、自分の適性と畑違いの生産管理の仕事に異動させた会社を恨んでいること、生活の安定のために1 日も早く職場復帰したいが、まだ仕事に対して前向きに考えられないこと……。
Bさんの話を聞いた奥さんは、上司・人事担当・産業医と確認したルールを思い出し、今はとにかく安心してゆっくりと休めばよいこと、過去を振り返るのでなくこれからできることを考えるほうが良いこと、をBさんに伝え納得させました。その後さらに2ヵ月間の療養を経て、Bさん自身も仕事に対して前向きに考えられるようになり、医師も復職可能との診断を行いました。

職場復帰:リワークプログラムで回復訓練

医師の診断を受けて、Bさんと上司および産業医とで復職について話し合いが行われました。Bさん自身はすぐにでも異動前の研究開発部門への復帰を希望しましたが、まずは通常のフルタイム勤務ができるまで回復させることを優先させました。会社が作成した「リワークプログラム」に基づいて、第1 週目は週1 日で1 日2 時間、第2 週目は週2 日で1 日4 時間といったふうに徐々に時間を増やして体力や生活習慣を取り戻し、この間は新聞・雑誌などによる業界研究や会社の友人とのコミュニケーションなど、復帰準備を行うことにしました。
この後、通常勤務が可能となったBさんは、業務負荷のかからない購買部門に異動し、現在は前向きに仕事に取り組んでいます。また、以前のような完璧主義とは決別し、現状をあるがままに受け入れ、周囲と一緒に問題解決にあたるよう仕事に対する取り組み姿勢を見直す努力をしています。

=このケースから学ぶ=

うつ病は段階的に回復するといわれます。
症状が消失していく対象と順番は概ね「イライラ感→不安感→憂鬱感→手がつかない→持続性がない→興味を持てない→喜びがない→生きがいがない」となることが知られています。また、うつ病からの回復は発症から1 年間で7 割程度といわれており、介護に関わる家族は本人の状態に一喜一憂することなく、基本的に守るべきスタンスを維持しながら、本人が休養に専念できる環境作りを心掛けるべきです。
また、うつ病は状態が悪化しているときよりも回復期のほうが自殺者が多いともいわれています。常に誰かが本人の近くにいて異常を察知できる環境作りが必要です。

(2010.12.13)

卜部 憲
株式会社ベクトル 代表取締役社長

1956年、大阪生まれ。大阪市立大学卒業後、(株)ダイエーに入社。日経連一般職賃金制度部会委員他を歴任し、2001年人事本部副本部長に就任。2003年、(株)ベクトルを設立し、現在に至る。著書に『稼ぎすぎて困る熱血リーダー量産化計画』(幻冬舎)がある。

株式会社ベクトル
「人事のトータルソリューション」をミッションに掲げる組織人事コンサルティングファーム。再就職支援、人事アウトソーシング、教育研修、人材紹介・派遣など幅広く事業展開を行う一方で、独自のハイパフォーマーモデルに基づく「パッション診断」などのWEBソリューションも手掛ける。近年はセミナー開催やHP上でのストレス診断実施などメンタルヘルスケアの領域にも力を入れている。

 株式会社ベクトルのサービス情報はこちら
 株式会社ベクトルのセミナー情報はこちら

※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
Powered by
月刊人事マネジメント

バックナンバー
特集・連載記事一覧