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 今月の人事規定

第9回
競業避止規定
山口 貞利
主旨と内容

 終身雇用が前提となっていた時代に比べて,社員の流動化が進んでいる現在,秘密情報や顧客情報などの漏洩リスクが高くなり,競業避止対策が必要になってきました。辞めた社員がライバル会社に移り,会社の秘密情報が漏れたり,大切な顧客を取られたりすると,企業は存続の危機にさらされる場合があります。
 そのようなことを抑制するために競業避止に関する規定が考えられるわけですが,一方で日本国憲法では基本的人権の一つとして「職業選択の自由」を保障しています。社員と会社は雇用関係にある間は一定の約束事に拘束されますが,退職してしまえば雇用関係はなくなります。在職中はともかく,退職後まで無条件に競業避止の義務を負わせることには無理があります。退職者には,職業選択の自由があり,そもそも仕事をしないと生きていけないのですから,自分の知識や経験をもとに仕事を選択することは自然な成り行きです。
 「習得した業務上の知識,経験,技術は労働者の人格的財産の一部をなすもので,これを退職後にどのように生かして利用していくかは各人の自由に属し,特約もなしにこの自由を拘束することはできない」(中部機械製作所事件・金沢地判昭43.3.27)
 「不正競争によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は,その営業上の利益を侵害する者又は侵害する恐れのある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる」(不正競争防止法・第3条第1項)
 「故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる」(同・第4条)
 以上の相反する考え方を整理すると,競業避止義務は,従業員の職業選択の自由や営業の自由を侵害しないよう配慮する必要があり,その一方では企業の利益を保護しなければならないという関係です。

検討内容

 競業避止義務を課すためにはまず特約が必要です。就業規則に特約として「競業避止義務」を規定することになります。
 競業避止を規定に取り込む場合には必要最小限で合理的内容が求められます。合理性の判断では以下の要素が問われます(図表)。

(1) 競業避止義務の対象となる職種の範囲……退職した会社と職種が違えば競業避止義務を課すことはできません。
(2) 秘密が特有の情報であるかどうか……公然と知られていることは秘密として認められませんのでそれを根拠にした競業の規制は困難です。明らかな企業秘密や営業秘密の観点が必要になります。
(3) 競業避止義務の対象となる業務を行う地位や立場……会社の幹部であるのか,一般社員であるのか(一般社員であれば競業規制が難しくなります)。
(4) 競業避止義務の期間……期間は長すぎると不当に権利を侵害することになります。
(5) 競業避止義務の対象の地域……退職した会社との営業地域が重なっていなければ,競業避止義務を課すことは難しくなります。
(6) 競業避止義務による不利益の代償措置……競業避止によって被る不利益に見合った退職金の増額などの配慮があるかどうか。
 競業避止義務違反に対する対抗策を次に述べておきます。違反が明らかになった場合の対抗策としては,退職金の不支給や返還請求という方法があります。その他競業行為の差し止め,損害賠償請求等が考えられます。ただし退職金の不支給や返還請求については退職者の側にそれ相当の明確で著しい背任行為が認められる場合となります。また,退職金の不支給や返還請求をする場合は,退職金規定にも明記が必要です。
 当然ですが,在職中の競業避止については明記すべきです。「社員が在職中に競合行為をし,それによって会社が経済的損害を受けたときは,その情状により,訓戒,減給等の懲戒処分に処す」などといった記述が有効でしょう。
 最後に手続きのポイントとして,退職時の「競合避止の誓約書」があります。
 この競業避止義務規定がどこまでの効力を持つかは,その会社の性格や特約の内容によって大きく変わってくると思われます。現実問題としては,一般の営業職社員が退職後に同業会社に再就職したという事実だけでは競業避止違反に問うことは困難でしょう(専門性の高い医薬・理工系の研究員などの場合は抵触する可能性が高くなるかもしれません)。
 最近の裁判例では,以下のように競業避止義務を,営業秘密・企業秘密の保護の観点からとらえようとしているようです。

□参考判例(営業秘密の観点)
 司法試験予備校において退職した講師が同校のテキストを使用して競業行為をすることがあったため,就業規則を変更して新たに競合避止義務を定めた事案で変更の合理性を肯定した。(東京リーガルマインド事件・東京地決平成7年10月16日)

□参考判例
 Aはコンベンション業務を営む会社(B社)を退職し,新たに同種の事業を営む会社の設立に参加し,そこに勤務するつもりであった。B社は退職後の競業避止義務に違反していることなどを理由にAを懲戒処分にし,退職金の支払いを拒否した。Aはその支払いを求めて訴えを提起し,Aが一部を除いて勝訴した。(日本コンベンションサービス事件・大阪高裁平成10年5月29日)

 いずれにしても,会社の重大なリスクを極力少なくするためには,競業避止義務を明確にした規定を作成し,採用時や退職時にその趣旨と内容を社員全員に周知しておく会社の姿勢が大切です。就業規定に定めがないと会社は何も手を打てません。

図表 競業避止義務を負わせることができるかどうかの判断基準

競業避止の対象となる職種の範囲
秘密が特有であるかどうか:業種や業務が限定,特殊性,秘密漏えいの危険性
競業避止義務の対象となる業務を行う地位や立場:管理職かどうか
競業避止義務の期間
競業避止義務の対象の地域
競業避止義務による不利益の代償措置:退職金に条件を付けて加算等

競業避止義務規定(注意喚起を重視した例)

競業避止義務規定
第○条 この規定は,社員の競合避止義務について定める。
第○条 この規定は,役員を含む全社員に適用する。
第○条 社員は在職中,会社の許可を得ることなく,就業時間外であっても競合する事業に参画し,または自ら営んではならない。
2 社員は退職後も2年間は,会社の許可を得ることなく,会社と競合関係にある他社に再就職し,または競合する事業に参画,または自ら営んではならない。
3 競合行為は競合他社へ再就職するための活動や競合する事業経営のための準備行為なども含む。
4 社員は退職後,同業他社に再就職し,または競合する事業に参画し,当社の社員を引き抜いてはならない。
第○条 社員が在職中に前項に違反する行為を行い,会社が経済的な損失を受けた場合には,その情状により,訓戒,減給,出勤停止または解雇の懲戒処分にし, かつ損害賠償を求める。
2 懲戒解雇のときは,退職金はいっさい支給しない。
3 社員が退職後に前条第2,3,4 項に該当する行為により,会社が経済的損失を受けた場合には,会社は退職金の返還および損害賠償の請求を行う。
第○条 社員は,退職するときに競業避止の誓約書を提出せねばならない。

(2012.3.26掲載)

山口 貞利
やまさだ経営コンサルティング
代表/特定社会保険労務士

1961年生まれ。関西学院大学卒業後,東証一部上場企業にて商品企画,人事職担当。グループ企業全般の人事マネジャーを経て退職。2007年人事コンサルタントとして独立。課長を元気にするマネジメント等の研修や人事制度構築・改善のための活動を中心に手がける。著書に『実際にやってみてわかった中小企業M&A成功のための人事労務』がある。

※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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