退職金・年金制度を実施している企業では、退職給付債務を算定しこれに基づき財務諸表に負債を計上することになります。また、企業年金制度の財政運営においては、責任準備金(あるいは数理債務)・最低積立基準額という債務が算定されて、これに基づき掛金を設定することになります。退職金・年金には「債務」の概念が3つもあり、それぞれに使用する割引率も「債務」の算定目的により異なっています。
退職金・年金の債務(ここでは「年金債務」と呼びます。)の算定にあたっては、退職金・年金の支払という将来キャッシュ・フローを現在価値に割引計算して評価するというのが基本的な考え方です。割引率の設定方法によってはその現在価値が大きく異なってくることもあり、現在価値の算定にあたっては割引率の設定が非常に重要なステップとなります。

 割引率設定方法は次の2つのカテゴリーに分類できます。

 マッチング(matching calculations)
 このカテゴリーに分類される方法は、「一物一価の法則に基づき割引率を設定し年金債務を算定します。一物一価の法則とは、同じキャッシュ・フローをもたらす2つの「もの」は同じ価格で取引されなければおかしい、という考え方です。例えば、1年後に100円の支払が見込まれる退職金制度(支払はこの100円しかない変な制度ですが。)があったとします。一方、1年後に100円が償還される債券が98円で買える(利回りは2%)とします。この場合、この退職金制度の年金債務は、2%を割引率として計算されます(年金債務98円(=100÷(1+2%))=債券の価格)。

 バジェッティング(budgeting calculations)
 このカテゴリーに分類される方法は、将来のキャッシュ・フローをどのように準備するのか、という観点から割引率を設定し年金債務を算定します。例えば、1年後に100円の支払が見込まれているときに、1年間に5%のリターンを期待できる株式で資金を準備しようとすると、今現在の債務額は95円(=100÷(1+5%))となります。いま95円だけ株式で準備しておけば、1年後に100円の支払を行うことができるわけです。

 現在の会計・財政運営に関する諸規制をみますと、それぞれの年金債務の算定目的と割引率の設定方法は次のようになります。
退職給付債務:財務諸表に年金債務の時価を計上することにより、財務諸表の利用者に企業の真の財政状態を開示します。割引率としては、将来の退職金・年金支払のタイミングに応じた国債・社債の利回りを参照して決定され、「マッチング」のカテゴリーに含まれます。

 責任準備金(あるいは数理債務)に基づく掛金の積立、および継続基準での財政検証:年金制度が今後もずっと存続することを前提にして、毎年のいくらの掛金を拠出すればよいのかを算定します。割引率としては、保有する年金資産の長期の運用利回りの予測に基づく率を使用し、「バジェッティング」のカテゴリーに含まれます。

 最低積立基準額に基づく非継続基準での財政検証、および検証結果に基づく追加掛金の設定:制度が今現在で終了するとした場合に、現時点までの期間に対応する給付額を支払えるだけの年金資産が積み立てられているか検証をします。割引率は「過去5年間に発行された30年国債の利回り」に基づいて設定されます。制度が終了しても年金の支払は即座に行われるわけではなく、支払までに30年程度はかかるだろう、という支払タイミングの観点からみれば「マッチング」にも思えます。また、終了後の年金資産はリスクの少ない(と考えられる)債券で、かつ幾分利回りの高い長期国債で運用する前提、という運用面から見れば「バジェッティング」にも思えます。

 それぞれの年金債務にはそれぞれの異なった算定目的があり、それに応じて使用する割引率も異なります。算定方法自体がそれぞれで異なっていることもありますが、割引率により年金債務額が異なってくる部分もあるわけです。

 退職金・年金制度に関する日本の会計基準が、国際的な会計基準の動向を踏まえて改正される予定です。改正点は多々ありますが、大きな改正のひとつとしては、退職給付債務と年金資産の差額(積立不足)が貸借対照表に全額計上されることが挙げられます。従って企業の観点からすると積立不足をどう管理するかが重要なわけですが、現行制度では退職給付債務に基づき掛金を設定することはできません。例えば、退職給付債務に基づき掛金を設定しつつ、年金資産が最低積立基準額を下回る場合には追加掛金を拠出するというような、より企業会計よりの財政運営ができるのが望ましいように思えます。
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