2013年流行語大賞に「ブラック企業」がトップ10入りしたのは記憶に新しい。つい最近も大手美容会社に在籍していた社員が損害賠償を求めて会社側を提訴し、同時に告白文の公開で注目を集めている。
「ブラック企業」とはどんな会社か

 かつて「ブラック企業」といえば、それは反社会的勢力組織による会社を示す言葉であった。しかし、昨今では主として労働法規違反をはじめとするサービス残業、過重労働・長時間労働等を強い、酷使した上で使えなくなった労働者は容赦なく切り捨てる等の行為に及ぶ企業へのレッテルとして、特に若者の間で使用されている言葉である。コトの発端は、今野晴貴氏の『ブラック企業』によってその一端が明らかにされた。一般社会に広く問題意識として認知されるようになり、ここ1、2年で急速に広まった経緯がある。

 ところで、そもそも「ブラック企業」に明確な定義は存在していない。現時点において、何かの法律に定義されている訳でもなければ、政府や厚生労働省が定義づけを試みている訳でもない。したがって「ブラック企業の基準」は、あるようで実はない。しかし、一般に認知されている特徴をあげるならば、上述したように低賃金で長時間労働をはじめとする何らかの労働法規に違反している会社だと捉えられている傾向がみてとれる。
 この一端を知ることができるのが、社会的関心の広まりを受けて、厚生労働省が2013年9月に実施した実態調査(重点監督)だろう。これによれば、約5,000事業場のうち8割以上の事業場(4,189事業場)で何らかの労働基準関係法令違反があったと発表されている。具体的な法令違反の内容を以下に引用列挙のうえ確認してみたい。

1.長時間労働等により精神障害を発症した労災請求があった事業場で、その後も月80時間超の時間外労働が認められた事例。
2.社員の7割におよぶ係長職以上の者を管理監督者として扱い、割増賃金を支払わなかった事例。
3.営業成績等により、基本給を減額していた事例。
4.36協定で定めた上限時間を超え、月100時間を超える時間外労働が行われていた事例。
5.労働時間が適正に把握できておらず、また、算入すべき手当を算入せずに割増賃金の単価を低く設定していた事例。

 これらの事例は、労働者側の労働意識への関心の高まりや、労務に関する知識が成熟化してきている側面があることを鑑みても今に始まった問題ではない。常にあった労務問題の数々だと言えよう。違反内容が軽度のものから重度のものに至るまで程度の差こそあれ、何らかの労働法規違反のある会社が存在していることは、今も昔も変わらない。

 では、なぜここにきて「ブラック企業」がここまでクローズアップされたのか。この現象こそ日本の人事労務管理に限界が来ているからだと筆者は考えている。その昔、日本を酷評したジェイムズ・アベグレンが『日本の経営』のなかで綴った日本的経営の特徴は、(1)終身雇用慣行・(2)年功賃金・(3)企業別組合の3つである。かつて労働法規に抵触するような長時間労働も労働者は厭わなかった。仮に残業の一部未払いがあったとしても黙認していた。それは、これらの見返りとして安定した終身雇用慣行の下で定年まで同じ会社で勤めることができ、年功序列型の給与と待遇が保障されていたからである。いいか悪いかは別として、この構図が労使間で成立していたのである。
 現在はどうだろう。日本的経営の特徴であった(1)と(2)は既に崩壊している。転職は当たり前だし、年齢を問わず企業への貢献がみてとれない社員は退職を余儀なくされる。非正規社員の占める割合は雇用者全体の約4割にまで達し、「限定正社員」という新たな雇用形態までも模索され始めている。給与は実績(Performance)に比重が置かれ、毎年昇給がない会社もザラだ。ところが「長時間労働」という働き方(中身)は依然として変化のない会社が多い。

 結局のところ、現段階において次のような会社ほど、ブラック企業として批判される傾向が強いと考えられる。それは、終身雇用慣行や年功的な給与体系を廃止する一方、貢献度に応じた実績重視の給与・待遇(結果が出せなければ低賃金のまま)へ大きく舵を切っているにも関わらず、その実績をはかる仕事(職務)は、従来からの大括りで曖昧な職務のまま漫然と働かせている会社である。曖昧な職務で働かせるからこそ属人化しやすく長時間労働を助長する。評価基準となる職務区分が曖昧であれば、その結果も曖昧にならざるを得ない。これが労使間のギャップに繋がる。既に採用難の会社が出始めているが、雇用形態が多岐にわたる会社ほど、実績重視で処遇を図ろうとする会社ほど、職務区分を明確にした職場環境を創出していかなければ、「ブラック企業」とみなされ優秀な人材から見向きもされない時代がもうそこまで来ている。


SRC・総合労務センター、株式会社エンブレス 特定社会保険労務士 佐藤正欣

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