「グローバル化は避けらない。しかし、海外駐在を希望しても赴任できそうなのは周りを見る限りアラフォー。とても待てない。」と日系大企業のエリート社員が退社してしまうという相談を人事から受ける機会が増えてきた。
グローバル化に惑わされるエリート社員

 その反面、「駐在が決まるまで待てないので、某4大商社を辞めて海外就職を目指したが思うようにいかない。蓄えも底を尽きそうだ。」と青色吐息で知人の海外就職コンサルタントや筆者に相談をしてくるアラサー元エリートビジネスパーソンも同じように増えてきている。

 よくよく失敗している人の話を聞いてみると、一つの傾向があり、ちょっとした事前の情報不足が悲劇を招いていることがわかった。

それは「人事」に関することだ。

 まず前提として、現地では人脈もなにもないスーパーアウェイで、現地の人脈も現地の事情も知り尽くしている現地のエリートと就職を争うことになる。

 海外での採用となると選択肢は、
 (1)日本企業の現地法人
 (2)日本企業を除いた現地から見た外資系企業
 (3)現地企業
となるが、実は現地のエリートとなるとハーバード大学やスタンフォード大学といった世界に轟く名門校でMBAをとり、現地の財界含め人脈もあるようなエリートと真正面からぶつかるので、(2)と(3)の選択肢は非常に厳しくなる。

 また、ビジネスの経験も日本の大企業ではアラサーでマネジャー以上の経験を積ませ昇進させる機会は珍しく、いざ現地で就職しようと現地のエリートとガチンコ勝負しようしても勝てるスペックが揃っていないということになる。

 となると、(1)日本企業の現地法人での就職を目指すこととなる。
 しかし、ここで人事を知らなかった落とし穴がある。

 現地で採用となると「現地スタッフと同じ処遇制度」となるケースが大半だからだ。駐在員は日本法人の人事制度で処遇されているため、当然現地法人の報酬や待遇とは歴然とした差がある。日本円基準ではなく、現地の通貨で、現地で採用できる報酬水準となるからだ。その上、最近やっと日本企業はグローバルで人事制度を共通化、それも次世代リーダー層を合わせていく動きが出ているが、実際現地法人で採用された方が抜擢されて日本本社が行う次世代リーダー層のプールや育成施策に参加しているケースはびっくりするくらい少ない。最終的に行きつくポジションは現地法人のトップを目指すことになるが、現地法人のトップを日本本社の駐在員に任せるケースはまだまだ多いのが実情である。

 その上、スーパーアウェイで現地の言語や習慣も人脈もない中で、現地の輪に入り、仕事を覚え、パフォーマンスを上げていくことが求められるのだ。

 現地採用者を駐在員として採用もしくは現地採用から駐在員に切り替える人事制度を用意しているケースもあるが、現地法人では即戦力が求められるので採用時に不利になることは否めない。日本人をひいきにしていると現地法人の社員に思われることはマイナスでしかないので、初めての海外就職者が日本企業の駐在員の職に就くのは狭き門となる。

 仮に、駐在員で採用されたとしても、日本本社の人事は「年次」を中心にした人材マネジメントから抜け出ていないため、仮に同じ日本企業で日本にいた時よりも、処遇上不利になる可能性が高いことは否めない。同じ会社にいたのに、退職して同じ会社の海外現地法人に就職したら同期と処遇上の差が出て追い付けないのだ。

 という前提を知らずに、「日本企業の本社にいた時と同じように海外でも処遇されるのだろうな」という安易な気持ちと、「リスクを取ったのに、日本本社にいる同期よりも処遇で差がつくことが耐えられない」意識が働くことが、海外での就職を難しくしている。

 両親の仕事の関係で海外駐在経験がある人や、海外でMBAを取る等、日本と海外現地での人事制度の違いが処遇にどう影響を与えるか勘所がある人はこの事態に陥らない。TOEICで高スコアを出しているが海外旅行程度で海外経験が薄い人が陥る傾向だ。

 しかし、海外での就職は止めた方がいいとは筆者は思っていない。

 海外経験が薄くとも、思い切ってチャレンジすることは称賛し、応援したいと心底思っている。大事なことは無防備に海外にチェレンジして失敗しないように事前の準備が必要ということだ。

 この記事に書いたように、「人事制度」が日本本社と海外現法では異なることを知るとともに、国内外で通用するポータブルなビジネス力を事前に身に付けること。目指す国の事情を調べるだけではなく友達をつくり、実際に何度か訪問する。今はWebで全世界が繋がっているし、SNSもあるので、やろうと思えばたやすい準備と言える。

 海外で就職し、世界で戦えるビジネス力を身に付け、日本企業にスカウトされ、活躍される人材が増える。もしくは海外で起業でして大企業に成長させるジョン万次郎のような人材が次々と登場していただける時代を早く作りたいものだ。


HR総研 客員研究員 松本利明
(人事ジャーナリスト)

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