2023年10月より「インボイス(適格請求書)制度」がスタートしました。制度開始から2ヵ月あまりですが、先日フリーランスの知人が、新制度の切替え準備期に起きたあるエピソードについて話していました。知人が社長と懇意にしている企業から届いた「インボイス制度の登録申請状況を問い合わせる書面」に違和感を覚えたということなのですが……。何があったのでしょうか?

【連載】スタートアップ人事向け指南書―“大企業出身者”の活躍支援の第5回はそのエピソードから学べることを考えます。
第1回から読む▶【1】“スタートアップ企業”へ転職したい大企業出身者が増加!?人材の流動化が進んでいるワケ
【5】スタートアップ企業の取引先は単なる下請けではない。社長や会社の「強力なビジネスパートナー」である

「インボイス制度」に関する通知文面が…

知人によると、「もし貴殿がインボイスの申請をしないと当社が損失を被るため、できれば申請をして欲しい」「もし申請しないままの場合は将来的にお取引内容の見直しを検討させていただく可能性があります」という文面を送ってきた会社があったそうです。

その取引先の社長とは、知人は長いこと懇意にしていて、社長から直々に「起業をしたので立ち上げのサポートをして欲しい」と依頼されたスタートアップ企業だったとのことです。文面を見てすぐに「社長はこの通知文面に目を通していないはず……」と感じ、直接社長に「御社からインボイス制度に関してお知らせが来たのですが」と連絡をしたとのことです。

すると社長はすぐ「文面の件ですよね。大変失礼しました。あのような不躾な文章を皆さんに送ってしまいまして……」とおっしゃるのです。続けて「そもそも、きちんとチェックしなかった私が一番悪いのですが」と謝罪をされたということです。知人も「先方からお願いされてお手伝いしている企業から、急に強気な文章が届いて思わず驚いた(想像していなかった)」と言います。

後日、社長と直接話したところ、大企業から転職してきたばかりの担当者が“他の大企業から出ていた文面”を参考に作成して送ってしまったそうで、その際に社長のチェックを挟まなかったということです。他の取引先からも同様の問い合わせがあり、社長が各社に謝罪して対応したとのことです。

ただ、この文面自体は、事実としては何も間違ったことを書いていません。
大きな失言といったたぐいでもありませんし、ミスではありません。実際に、文書を作成した大企業出身の方も「間違った文面は送っていないのに、どうして自分がこんなに責められなければいけないのか」と納得していないかもしれないと私はそれを聞いて思いました。なぜこのような「認識のズレ」が起きてしまったのでしょうか。

スタートアップ企業にとっての「発注先」とは?

大企業の場合、発注先は一般的には「下請け」という関係性になります。それは大企業そのものが、既に完成されたビジネスを持っており、その中でより業務効率化する観点で、付随して発生する業務を元請けとして外部に発注しているケースが多いからです。発注された先(下請け側)は契約後は、その業務に継続的に関わっていく可能性が高いのが一般的です。

企業規模が大きい大企業は、そもそも倒産リスクが少なく「安定した業務発注」が望めます。さらに「大企業と取引実績がある」という事実も仕事を受注する側には大きなメリットです。

「当社は、大企業の●●社と取引させていただいています」という営業トークができますし、自社のホームページにて取引先掲載もできます。「あの大企業が御社に発注しているなら安心ですね」と納得してもらえたり、新規契約が獲得しやすくなったりということもあるでしょう。

それがスタートアップ企業となると状況は変わります。スタートアップ企業の場合、発注を受ける側は「協力者」であり、「パートナー」であるケースが多いのです。発注する側が「安泰な元請け」ではないことの方がむしろ多いのではないでしょうか。

スタートアップ企業では、資金も人材もまだまだ足りない状況の中で活動しています。そのため、「社内に知見がないもの/対応できる人材がいない物事」を外部のプロに頼むということや、さらには“社員に教育・指導までしてもらう”ということもあるでしょう。

業務委託(請負契約や準委任契約)を企業や個人と結び、商品やサービスの提供を受けるのではなく、そのスキルや知見の価値提供をしてもらうことは頻繁にあります。実際に、私自身も独立してフリーランスになってからは、何度もそのような役割をしました。

そうなるといわゆる「発注先」といっても、その付き合い方は「上下関係」ではなく「ある程度並列な関係」になります。また、大企業と違い、スタートアップ企業は実績が少ないので、発注先にとってみれば、その会社と取引をすることによる“副次的なメリット”はそれほどありません。

しかし、請け負う立場から見ると、スタートアップ企業特有の「新しいチャレンジ」や「活気のある職場・風土」、「社長を始めとするメンバーの熱意」は魅力的です。その信念に共感して仕事を請け負っている場合もスタートアップ企業界隈には多いはずです。

関係性を把握せずに発せられる“マニュアル文章”の怖さ

そのような状況の中に、冒頭で紹介したような、いわゆる紋切り型の「インボイスに登録しない発注先は今後当社との取引の見直しを検討させていただく可能性が~」などという文章が突然送られてきたらどうでしょう。

スタートアップ企業の社長や社員達と熱く仕事をしている人達は、水をかけられた気持ちにもなってしまうかもしれません。発注先の中には「それならこちらからお断りさせていただきます」と距離を置く判断をすることさえあるでしょう。

大企業なら、発注先が撤退したとしても「他の会社に声を掛ける」となるかもしれませんが、スタートアップ企業ではそうはいきません。本来正社員がやるべき部分まで発注先が積極的にフォローしてくれていた場合などは、業務がまわらなくなる可能性もあります。

つまり、スタートアップ企業は“文面ひとつ・発言ひとつ”でもこのようなリスクがあるのです。大企業とスタートアップ企業では、取引先との関係性やお付き合いが「構造的に異なっていることもある」のは留意したいポイントです。

求められるビジネスマナーやビジネスセンスは、企業規模や社風によって変わります。人事側がこのことを理解し、外部から迎える転職者にもオンボーディングで伝えておくことができれば、無用なトラブルを回避することもできます。
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