技術革新やビジネスモデルの変化が急速に進む現代。新たな知識やスキルを習得していくことはもはや避けて通れない。そうした中で注目されているのが、「リスキリング」だ。国や東京都でも「リスキリング」の推進に力を入れており、施策の一環として3種類の「リスキリング補助金」を支給している。本稿では3つの「リスキリング補助金」それぞれの内容や支給要件、またリスキリングの効果を高めるポイントなどを解説する。
「リスキリング補助金」とは? 東京都による「DXリスキリング助成金」ほか3つの助成金制度と効果を高めるポイントを解説

「リスキリング」の重要性

◆「リスキリング」とは

「リスキリング」とは、急激な技術革新やビジネスモデルの変化への対応や、従業員のキャリアアップ、企業の生産性向上などを目的として、業務や職業に関連した新しい知識やスキルを習得することである。日本語では、「学び直し」と訳されている。

ちなみに、経済産業省では「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義付けている。注目したいのは、『獲得する/させる』という箇所だ。「リスキリング」は、企業が従業員に学びの場を提供するだけではない。学ぶ側も自主的にスキルを獲得する姿勢を持っていなければいけないというニュアンスが込められている。

「リスキリング」の主な対象となるのは、「デジタル分野」のハードスキルである。具体的には、クラウド・コンピューティングやデジタルマーケティング、AI(人工知能)、データ分析、UXデザインなどがあげられる。

◆「リスキリング」が注目されている背景

では、今なぜ「リスキング」が注目されているのか。その背景についても触れておきたい。ポイントは以下の2点だ。

●産業構造と技術の変化に伴うDX推進
2020年に開かれたダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で「リスキリング革命」が議題として取り上げられた。第4次産業革命とも称される産業構造と技術の変化に対応するには、2030年までに全世界で10億人もの人々により高度な教育やスキル、仕事を提供していかなければならないと提唱された。この第4次産業革命では、バイオやロボティクスなどもキーテクノロジーとされているが、やはり最も注目されるのはDX推進だ。そのため、「リスキリング」もDX人材の育成の流れで語られることが多くなっている。

●人的資本経営に向けた「人への投資」
経済産業省が取りまとめて2020年9月に公表した『人材版伊藤レポート』では、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげていく人的資本経営の重要性が強調されている。加えて、その実現に向けて人材戦略に関して、5つの共通要素が存在すると示している。その一つとして挙げられているのが、「リスキル・学び直し」だ。以来、世の中に一気にこの言葉が広がっている。

さらに拍車を掛けたのが、2020年10月の岸田文雄首相による所信表明演説だ。岸田首相が掲げる「新しい資本主義」を実現するには、「人への投資」は不可欠であるとし、個人の「リスキリング」支援として5年で1兆円を投じると表明した。これにより、「リスキリング」がさらに活発化している。

「リスキリング補助金」とは

実は、「リスキリング補助金」と言っても3種類ある。それぞれで管轄や条件が異なるので整理しておこう。

●DXリスキリング助成金

「DXリスキリング助成金」は、東京都が管轄し、都内の中小企業もしくは個人事業主を助成対象者としている助成金だ。企業が自社の従業員に向けて、民間の教育機関などが運営するデジタル分野関連の講座を受講した際に必要な経費を助成してくれる。2023(令和5年)度の申請期間は、2024(令和6)年の2月29日までとなっている(2023年8月現在)。

支給条件としては、以下の通り3つある。

(1)東京都内に本社または事業所の登記があること
(2)訓練に要する経費を従業員に負担させていないこと(事前に従業員が個人で支払った場合は対象外)
(3)助成を受けようとする訓練について、国または地方公共団体から助成を受けていないこと等

助成金額は講習に要した経費の3分の2で、上限は年間で64万円。申請受付期間内であれば、複数回の申請も可能だ。対象講座はAIやIoT、クラウドなどのデジタル分野の講座のみとなっている。また、集合講座だけでなく、eラーニングを活用した講座も対象となる。申請にあたっては、申請期間内に公益財団法人「しごと財団」に必要書類を郵送することになっている。

●人材開発支援助成金

「人材開発支援助成金」は、厚生労働省が管轄し、全国の法人企業を助成対象者としている助成金だ。対象講座はデジタル分野だけではない。業務に関連する専門的な知識やスキルを学ぶのであれば、それに要する賃金や経費の一部を助成されることになっている。

「人材開発支援助成金」には、7つのコースがある。このうち、デジタル分野のリスキリング対象となるコースは2つで、新事業への進出や新商品開発・デジタル化などを支援する「事業展開等リスキリング支援コース」と、高度デジタル人材の育成を支援する「人への投資促進コース」だ。ここでは、後者を解説する。

「人への投資促進コース」の支給条件はいくつかある。主だったものを取り上げてみよう。

・雇用保険の適用事業所であり、対象従業員が雇用保険の被保険者であること
・事業内職業能力開発計画等を作成し、雇用保険被保険者に内容を周知していること
・職業能力開発推進者を選任していること 他

このコースの中だけでも5種類の訓練があり、それぞれで助成金額や助成率は異なっている。例えば、ITスキル標準(ITSS)レベル3、4以上を対象訓練とする「高度デジタル人材訓練」と、海外も含む大学院での訓練を対象とする「成長分野等人材訓練」の場合には、賃金助成額が960万円、経費助成率が75%(いずれも中小企業のケース)である。また、対象講座はデジタル分野の専門性の高い講座。申請にあたっては、雇用する労働者の職業能力の開発や向上を段階的・体系的に行うために事業内計画を作成し、訓練開始日から起算して1カ月以内に必要書類を都道府県労働局に提出することになっている。

●教育訓練給付金

「教育訓練給付金」は働く人々の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的としている。厚生労働省が管轄しており、個人を助成対象者とする補助金だ。受講については、指定基準を満たす講座を有する教育訓練施設に限定されている。支給条件は、雇用保険に3年以上加入していること。助成金率は受講する訓練によって変わってくる。例えば、労働者の速やかな再就職及び早期のキャリア形成に資する教育訓練が対象となる「特定一般教育訓練」が適応された場合、受講費用の40%、上限20万円が給付される。

また、対象講座は原則、厚生労働大臣が指定している講座である。申請にあたっては、最寄りのハローワークに必要書類を持参の上、直接申請する。

「リスキリング」の効果を高めるポイント

ここからは、「リスキリング」の効果を高めるためのポイントを説明していこう。

●自社に必要な人材像やスキルを明らかにする

まずは、自社の経営戦略を実現するために、必要な人材像やスキルを明確にすることが欠かせない。なぜなら、「リスキリング」は経営戦略と連動していなければならず、対象となるスキルや人材は企業によって異なってくるからだ。

これと並行して、従業員が現在持っているスキルを洗い出さなければいけない。この2つのギャップが、「リスキリング」を通じて習得すべきスキルとなってくる。

●経営戦略における「リスキリング」の重要性を従業員に共有する

「リスキリング」は企業からのお仕着せで推進されるものではない。従業員の自主的な姿勢もセットとして引き出していくべきである。そのためにも、自社の経営戦略において今なぜ「リスキリング」を行う必要があるのか、どれほど重要なのかを従業員に理解・共有してもらわなければならない。

●学習環境と継続して取り組める仕組みを整える

学習環境の整備も重要だ。例えば、就業時間外だけでなく就業時間中でも学習できる時間を設けることで、従業員は負担を軽減できるだけでなく、業務と学習成果をスムーズに連動させることができる。

また、「リスキリング」は単発で行っても高い効果は得られにくいといえる。したがって、継続して学んでいける仕組みを整える必要がある。学習管理システムを導入する、1on1などの場で本人のキャリア観と学びの進捗をすり合わせる、インセンティブを用意する、コミュニティを作るなどの施策も、学びを習慣づけるためには効果的だろう。

●習得したスキルの活用の機会を作る

「リスキリング」を通じて、どれほど多くの知識やスキルを習得したとしても、実践しなければ宝の持ち腐れとなってしまう。スキルの習得には、学習と実践をセットで行うことが近道となるので、業務において活用する機会をぜひ設けたい。あわせて、実践した結果に対するフィードバックの機会をつくることで、従業員のさらなるモチベーション向上も期待できる。


企業の視点からすると、「リスキリング」は新たな付加価値を創出し事業を成長させてくれるキードライバーと言える。さまざまな業種・業態でDX化・デジタル化が加速しており、もはや「リスキリング」の推進なしに成長戦略は語れないレベルに来ている。

ただ、人材を教育・育成するとなると多大なコストを投資しなければならない。それだけに、「リスキリング補助金」は企業にとって有用な制度だ。現在「リスキリング補助金」は3種類あり、それぞれで管轄や対象者、対象講座が異なるので、自社のニーズをふまえて有効活用するようにしたい。

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