「リスキリング」について、経済産業省は「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しています。企業がビジネス環境の変化に柔軟に対応し、事業戦略を変えるために「リスキリング」は欠かせない取り組みです。政府による支援強化が発表される中で、企業が「リスキリング」を成功に導くにはどのようなポイントを押さえて方針を立てる必要があるでしょうか。
成長戦略として「リスキリング」に取り組むうえで、従業員に働きかけたい“3つ”のポイント

成長フェーズに応じて「リスキリング」の重要度は異なる

「社歴のある会社と社歴の浅い会社(ベンチャー企業やスタートアップ企業など)における人材の違いは何か」という問いがあったら、皆さんはどのような事が思い当たるでしょうか。ここでは、その一つとして「リスキリングが必要な人材がいるか/いないか」ということを挙げたいと思います。社歴の浅い会社には、「学び直しが必要な人材」はほぼいないでしょう。「現時点では、まだいない」という言い方が正しいかもしれません。

一般的に、ベンチャー企業やスタートアップ企業は、社員の平均年齢が若くシニア層の構成比率も低い傾向にあります。ミドルシニアやシニア人材がいたとしても、おそらく「専門性を持つリーダー人材」であり、即戦力人材として働いていると考えられます。日々自主的に学び「死ぬまで勉強、成長です」と研鑽を深めている人達でしょう。

ただ、社歴の浅い企業も設立から5年~10年が過ぎて「安定期」に入ると、社内の様相が変わってきます。安定期に入れば、「毎日が劇的に変化している」ということがなくなります。先述の、自律的に学び続ける人材の中には新たな“刺激的な職場”を探して組織を出ていく人も出てくるでしょう。

一方で、「心理的安全性」が確保されている環境で、安定的に長く働くことを望むベテランの人材もいます。実際に、このようなミドルシニアやシニア人材が安定期を支えることによって、「大企業」に成長していきます。そして、そのまま企業成長が続いていくことが理想ですが、昨今のビジネス環境の変化が激しい中ではそうは行きません。時代に合わせて、新規事業や既存事業の改変に取り組む必要が出てきます。そうした状況になってはじめて、企業は「従業員のリスキリング」に向き合うことになります。

2022年11月にHR総研(ProFuture株式会社)が発表した「リスキリング関するアンケート結果(※1)」によると、企業規模1,001名以上の大企業では86%が、301名~1,000名の中堅企業では71%が「リスキリングに取り組む必要がある」と答えています。また、2023年1月に経団連が発表した「2022年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果(※2)」では、大手企業の65.1%が「現在、リカレント・リスキリング教育を実施している」と回答しています。実際に、これまで安定的に事業を営んできた企業の多くが、安定期を支えた貢献者や功労者であるベテラン・シニア人材の「リスキリング」に取り組んでいるのです。

「リスキリング」を成功に導くために、留意したい3つのポイント

このような背景を踏まえつつ、これから「リスキリング」を推進するうえで、どのようなことに留意して従業員に働きかけていけば良いのかを3つ挙げてみます。

1. いきなり自律的に学ぶように促すような施策は行わない
2.「リスキリング」の対象者を理解し、業務の一環として協力を得る
3.「リスキリングの目的とキャリアプラン」を対象者と共有する


1.いきなり自律的に学ぶように促すような施策は行わない


先述の自律的に学び続けられる人というのは、周りの助言がなくても「自分の興味関心や納得感」に従いながら道を切り拓いていけるタイプの人です。そうであれば、企業が「自律的な学びを促す施策」は上手くいくでしょう。
しかし、「リスキリング」に取り組んでもらいたい人は、その反対のタイプの人です。会社の方針と自分の考えが多少違っていたとしても、会社の考えに合わせて働いてきたという人達が多いでしょう。そのため、やみくもに「自律」を求めると、「突き放された」と感情的になってしまう人もいるかもしれません。だからこそ、人事をはじめ会社が全面的にバックアップする必要があります。新しいスキルを身につけて、会社としてもその能力を収益化できるようになるまでは手厚くフォローする環境を提供したほうがお互いにプラスに働くと思います。

2.「リスキリング」の対象者を理解し、業務の一環として協力を得る


「リスキリング」で行う施策は、対象者の特性や属性を踏まえたものである必要があります。「リスキリング」は会社が外部環境の変化に対応し、成長するための戦略の一環です。就業時間に学ぶ業務であることを示すことが肝要です。育成投資の成果を出すためには、従業員の協力を得ることが第一で、かつ適切なプログラムを提供できるかがカギを握るといっても過言ではありません。「リスキリング」が上手くいき、新しいスキルを獲得できた従業員には新たな活躍の場が待っています。反対に、従業員の理解を得られないままだと、上手くいかないばかりか生産性やモチベーションの低下を招く可能性もあります。

3.「リスキリングの目的とキャリアプラン」を対象者と共有する


繰り返しになりますが、学び直しの対象者はそれまでその会社を一番に支えてくれた貢献者、功労者です。だからこそ、人的資本経営の実践に向けて「リスキルを求め、スキル習得後に即戦力人材として活躍してもらいたい」という中長期的なプランを具体的に伝えることが重要です。それこそが、「リスキリング」の対象者に対する敬意です。社内外に向けて「従業員を大切にしながら、人材戦略を実現しようとしている」姿勢を示すことこそ、企業の「社会的責任」を果たすということです。また、投資家に向けた「人的資本の情報開示」においても、取り組む意義を具体的に開示していくことが重要です。


このような「考えや発想」「向き合い方」を持って、「人材戦略」を中長期的に実現していくことが「人的資本経営」の実践です。「ヒト」に投資して大事に育てるという「敬意」が存在しなければ、企業価値向上という経営戦略を実現させることは不可能なのです。
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