2022年9月、政府は、日本企業に年功制の職能給から「日本に合ったジョブ型職務給中心の給与体系」への移行、成長分野に移行するための学び直し「リスキリング」に対する支援策整備、企業・産業間での労働移動円滑化に向けた指針を、2023年6月までに官民で策定することを明らかにした。事業環境が目まぐるしく変わるなか、経営戦略と連動した人材戦略を策定し、事業成長を担う人材を採用・育成・配置することは企業にとって急務である。また、ジョブ型雇用への転換・リスキリングを成功させるには、従来の勘と経験に基づく対応から、データに根差した人事の意思決定=「データドリブン人事」への転換が必須と言える。本連載では、企業が直面するこの大きな転換に対する取り組みのポイントを事例や具体的な施策を交えながら、3回にわたり解説する。
「日本式ジョブ型雇用」の運用で人事がおさえるべき3つのポイントとは(第1回)

日本企業における「ジョブ型雇用」の定義とは

「ジョブ型雇用」とは職務に適したスキル・経験を持つ人材を採用・配置する雇用である。日系企業では、高度経済成長期より、労働力確保・安定/長期的雇用を目的にメンバーシップ型雇用(職務を決めずに新卒採用・育成し、組織状況・本人適性で配置)が発展してきた。その後、グローバル経営や生産性向上に向け、専門スキルが必要となる仕事が増えたことで、ジョブ型雇用を導入/検討する大手日系企業が出てきた。

ジョブ型雇用と同様によく使われる言葉でジョブ型人事制度があるが、これは人事制度(等級/評価/報酬制度)における等級制度に基づきジョブ型を定義しているものだ。日本においては職務等級、場合によっては役割等級を含めた考え方として利用されている(代表的な等級制度比較は図1の通り)。ジョブ型人事制度は、ジョブ型雇用のひとつの要素と言える。
「日本式ジョブ型雇用」の運用で人事がおさえるべき3つのポイントとは(第1回)
人事制度が機能するためには、経営戦略に紐づくことが求められる。テクノロジーの進化に伴い、データ分析を通して事業革新を起こすデジタル化やAI/ロボットの活用、SDGs/ESG観点での新規事業創出の取り組みなど、事業成長に必要な職務や役割を定義する等級制度の設計が急務となる。それだけでなく、等級/評価/報酬制度の連動も必要だ。ジョブ型雇用の場合、年功序列の考え方ではなく、従事している職務や役割の責任・難易度、成果を適切に評価し、それに見合った報酬を外部環境・内部環境を加味して支給する制度であることが求められる。

日本企業におけるジョブ型雇用への変換は、従来の新卒一括採用、年功序列/終身雇用を前提とした職能型人事制度からの転換となるため、人事制度設計と運用面で多くの課題が生じるのである。

「ジョブ型雇用」に関する日本政府指針と日本企業の導入状況

2022年秋、岸田文雄首相がニューヨーク証券取引所でのスピーチ(※1)、および第210回国会での所信表明演説(※2)において、日本企業の年功制の職能給から、個々の企業の実情に応じて日本に合ったジョブ型職務給への移行、成長分野に移行するための学び直しであるリスキリングの支援策整備、企業間・産業間での労働移動円滑化に向けた指針を、2023年6月までに官民で策定することを明らかにしている。その際、リスキリングに関しては企業人へ5年間で1兆円を投じることも発表した。ジョブ型の職務給中心の給与体系への移行は、前述した通り、等級・評価制度とのつながりなくして実現せず、日本企業は人事制度の見直しとその運用定着化に取り組むことになる。

※1:首相官邸「ニューヨーク証券取引所における岸田内閣総理大臣スピーチ」
※2:首相官邸「第210回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説」

ここで日本企業のジョブ型雇用導入状況をジョブ型人事制度の観点でみてみよう。労政時報が2022年に全国5,706社を対象に調査した「等級制度と昇格・昇進、降格の最新実態(※3)」によると、管理職向け等級制度は、役割・職務等級制度が42.3%(役割等級26.0%、職務等級16.3%)で、職能資格等級の39.3%より多い結果となっている。メンバーシップ型雇用に相性が良い職能資格等級を採用する企業より、会社が求める仕事上の役割や職務を基軸とした人事制度を採用する企業が多いことがわかる。目的や定義、導入対象者は各社異なるが、富士通、日立製作所、KDDI、武田薬品、ソニーグループ、資生堂、双日、三菱ケミカル、三井住友海上など、大手企業が続々とジョブ型人事制度を導入している。

※3:労務行政研究所「等級制度と昇降格に関する実態調査(調査時期:2022年1月28日~3月24日)」

日系企業における「ジョブ型雇用」の2つの運用課題

ジョブ型雇用の制度設計・導入事例や課題は多く見聞きするが、その後の運用定着化は、あまり表には出てこない印象がある。筆者が見てきたなかで、企業が現場で最も苦戦していると感じる運用課題としては、「現場への人事権限委譲」と「ポジション解任による降格/降給の労務トラブル」の2つがある。

(1)現場への人事権限委譲

ジョブ型雇用では職務・役割基準で採用・配置を行うため、ビジネスの変化と実務面を理解した俊敏な人事処遇が必要となり、閉じた人事部では現場の実態を想像することが難しい。そのため、人事部から現場へジョブ定義や配置・昇格権限をある程度委譲することが避けられない。その際に、キャリアパス・評価・報酬・後任者育成が、人事の専門知見なしに現場で意思決定されることで、経営リスクとなる場合がある。「この職務は勤続20年のベテランAさん。後任はAさんが退職する時に考えよう」、「候補者がいない。売上実績はいまいちだがBさんにしておこう」というように、業務繁忙による後任者育成放置や、採用を考慮せず、成果も重視しない配置決定が現場で発生する。

(2)ポジション解任による降格/降給の労務トラブル

ジョブ型雇用によるこれらのトラブル回避にも企業は苦戦している。経営戦略上、そのポジションが無くなる場合や、社員の業績が悪い場合、社員をそのポジションから外すことになる。人事権を行使してポジションを解任し、社員の降給・降格を実施することになるが、あらかじめ制度・ルールを就業規則・周知文書で明確に規定し、社員が理解しておく必要がある。そのうえで、当事者間で上手くコミュニケーションを図らねば、降格・降給時の対応が、人事権行使無効や過度な退職勧奨と判断されてしまう恐れがある。そうならないような慎重な取り組みが課題となる。

「ジョブ型雇用」の運用課題でおさえておくべき3つのポイントとは

現場に権限委譲しながら労務トラブルを避けるためには、現場の人事に係る意思決定の精度向上が必要となる。そのためには、経営者・人事・社員間で、次の3つに対して具体的・客観的なデータを活用したコミュニケーションが欠かせない。

(1)職務・役割に対しての明確な期待伝達

職務記述書や役割記述書を渡すだけでなく、着任時には上司から社員本人に、定性/定量面の目標とともに、その期待を具体的に伝えることが重要だ。業務完了直後のポジティブ/ネガティブフィードバックや1on1・定期面談を通して継続的に伝える必要がある。

(2)職務・役割に対する社員の成果

社員本人がいつどのような行動をし、「職務・役割に対する社員の成果」としてどのような結果を生んだか、観察し、日々記録し振り返ることが、地味だが必要となる。達成していれば褒め、ギャップがあれば改善する。上司や育成担当者がその情報を持って運用し続けることが必要となる。

(3)職務・役割に対する社員の職務適合度

連載の第3回目で具体的に述べるが、職務・役割に求められる職業資質に対して、社員本人の適性がどれだけあるか定量的に算出するものだ。例えば、0から1を生み出す力や社交性・交渉折衝力が求められる新規営業の職務・役割に対して、希望者や人員余裕がないために、保守的で対人関係が苦手で機械に向き合う仕事を好む社員を配置しても、職務適性は低く、業績向上は見込めない。

現時点で職務・役割を発揮できない社員がいた際に、配置転換や退職勧奨をはじめとする代謝が必要になる場合、具体的・客観的なデータがあれば、管理者・人事・社員本人の相互理解は感情論一択になることはなく、揉めた場合の証跡としても活用できる。「パフォーマンス改善計画(Performance Improvement Plan)」が必要になる場合も具体的な記載が可能だ。職務適性が低いために成果に結びつかないことを理解し、社内外でより適した職務・役割の提示があれば、社員本人の納得性も高まり、次のキャリアを自ら探すきっかけにもなるだろう。

ただ、これらを現場だけで最初から運用することは難しく、経営観点から専門的な人事知見による事業部門支援が必要となる。「HRBP(Human Resource Business Partner:経営・事業支援)機能)とも表されるが、必ずしも人事部社員が事業部門専任で担当する必要はなく、事業部門が知見を獲得し、その役割を担うこともある。現行業務に新しく負荷される業務となるため、業務改善を通じた工数捻出も合わせて取り組まなければならない。このように、ジョブ型雇用は制度設計後、運用開始された現場でいかに定着化させるかを工夫することが重要となる。

おわりに

連載最初となる今回は、日系企業のジョブ型雇用の運用課題とその解決のために、経営者・人事・社員間で、具体的かつ客観的なデータを活用し、コミュニケーションを図ることの重要性を述べた。次回の第2回では、リスキリングをテーマに事業転換に伴う企業における人材定義と育成の在り方を、具体的な人材育成手法とともに述べていく。
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