どの企業でも、採用した人材が早期に離職する事態は避けたいものだ。特に新入社員の早期離職による損失は大きい。そこで考えたいのが「オンボーディング」だ。オンボーディングとは、採用した新入社員の即戦力化を促すとともに、離職率の低下にも寄与する教育プログラムを指す。あらゆる人材がいきいきと働く。そんな職場環境を構築したい企業が知っておくべき、オンボーディングについて解説する。
【用語解説】「オンボーディング」の意味やメリットとは? 離職防止やエンゲージメント向上にむけたポイントも紹介

おさえておきたい「オンボーディング」の意味とは

「オンボーディング」とは、新しく採用した人材が職場に慣れ、早期に活躍できるよう企業が行う教育プログラムを指す。新入社員にオンボーディングを実施することで企業風土やカルチャー、独自のルール、さらには自社の業務に必要な知識を効率的に身につけてもらえるようになる。

オンボーディングという言葉の由来は、船や飛行機に乗っていることを指す「on-board」にある。その後、“新しい乗組員が早期に現場に慣れるように支援する”という意味を持ち、現在では人事用語として使われるようになった。

近年、企業の人事においてこのオンボーディングが注目されている。その背景には、「新入社員の早期離職率の高さ」や「中途採用の定着率の低さ」がある。採用した人材が戦力となるまでにかかる時間が長いことも理由として考えられるだろう。

厚生労働省が公表している「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移(※)」を見ると、大学卒の新規採用者の1~1.5割は就職1年目で離職していることが分かる。中卒~短大卒の新規採用者の離職率はさらに高く、2~3割は1年目に離職しているという。



企業は人材の採用に多くのコストを割いている。戦力になるまでの育成にかかるコストも大きく、「せっかく入社した社員がすぐに退職した」となれば、その損失は計り知れない。

定着率を向上させ経営上の損失を軽減するため、また自社の事業のさらなる発展を目指して、人材の定着に効果的とされるオンボーディングに各企業が着目するようになったのだ。

「オンボーディング」は企業にどのようなメリットをもたらすか

「オンボーディング」を実施するメリットは多々ある。オンボーディングがもたらすメリットについて紹介する。

●即戦力化

新入社員が戦力となるまでにはそれなりの時間がかかる。ビジネスマナーの基本から業務内容を覚え、一人で働ける力を身につけるまでには多くの場合、1年ほどの時間が必要だ。

人材の即戦力化を促進する「オンボーディング」の実施によって、この課題を解決できる。自社の業務の流れを知り、身につけ、新入社員の能力を引き出せるようになるだろう。

●離職防止

「中小企業・小規模事業者の人材確保と育成に関する調査(2014年:野村総合研究所)」によると、就職から3年以内に仕事を辞めたビジネスパーソンの約3割が「人間関係への不満」を理由に退職していることがわかる。次いで「業務内容への不満」が挙げられている。

新入社員は、業務を覚えるのと同時に職場になじむ努力が必要になる。上司や同僚との関係がうまくいかないと感じた新入社員は、「自分に合わない職場」と判断して離職してしまう可能性が高い。

人間関係と業務の両面から新入社員をサポートする「オンボーディング」を実施することで、これらの離職を引き起こす原因を解消し定着率の向上につながるだろう。

●コスト削減

人手不足の今、1人の従業員の採用に大きな費用をかける企業も少なくない。採用のための広告費や会社説明会等にかかる費用に加え、採用担当者の人件費や育成コストを考えれば、早期離職は何としても避けたいものだ。

採用した1人の従業員が10年、20年と働いてくれるようになれば、その間の採用コストを抑えられる。「オンボーディング」で離職率を低下できれば、採用・育成にかかるコストを下げられる。

●チーム力の強化

「オンボーディング」では、配属された部署の先輩のもとで業務を学ぶOJTとは異なり、部署を超えて社内全体で新入社員をサポートする。そのため、新入社員を含む従業員全体の人間関係が良好になりやすい。

従業員それぞれがお互いを認知するようになれば、連携が深まり業務の円滑化も目指せるだろう。オンボーディングを通して、「同じ企業の一員である」意識が高まるのだ。チーム力の強化は生産性の向上、ひいては業績の向上につながるだろう。

●従業員のエンゲージメントが高まる

従業員エンゲージメントとは、従業員が持つ企業への愛着や信頼、貢献したい気持ちを表す言葉である。

「オンボーディング」の施策に1on1ミーティング等を組み込むことで、従業員が抱える不安や悩み、課題を早期に解決できるようになる。その経験を通して、新入社員は企業への愛着を深めるだろう。

「オンボーディング」を実施するうえでの7つのポイントとは

これらのメリットを最大化するために、「オンボーディング」を導入する企業は実施前に次の7つのポイントを理解しておこう。

(1)受け入れの準備をしっかりする

まずは採用した人材を受け入れる準備をしっかり行おう。新たな従業員が業務につまずきを感じたときに自己解決できる体制を構築しておくことが大切だ。ツールの使い方や業務内容をまとめたマニュアルを作っておく、各業務に関する質問を受け付ける既存社員を決めておくなどして対策を取ろう。

(2)日頃から良い人間関係を構築する

新入社員が安心して働けるよう、日ごろから社内の人間関係を良好に保っておきたい。定期的なランチ会や1on1ミーティングを行うなどしてコミュニケーションの活性化を図ろう。

また、新入社員に対してはメンターを配置する、業務ごとの相談役を据え置くなどの対策を行い心理的安全性の担保に努めよう

(3)期待値のすり合わせを入念に行う

新入社員が企業に求めていることと企業側が新入社員に求めていることにずれがあると、業務に支障が出るばかりか最終的には退職を選択する事態に発展する可能性がある。

これを避けるために、企業側は新たな人材の個性やスキルを把握し、入社前から入念にコミュニケーションを取り、自社が何を求め採用したのかをしっかりと伝えておく必要があるだろう。

新入社員に対しては配属されるチームのミッションや業務内容、求めている成果を包み隠さず伝え、配属先のチームメンバーや上司には採用した人材の個性とスキルを伝えておこう。

(4)教育体制を整備する

新入社員を教育する体制は整っているだろうか。業務フローの整理、経費申請の方法、ビジネスマナーに関するマニュアルを作成するなど教育体制を事前に整えておく必要がある。

多くの企業は、新入社員に対して座学で行うoff-JTや教育担当者から実務を通して業務を学んでもらうOJTを実施している。しかし、座学の内容と教育担当者が教える内容が異なることがあり、新入社員が混乱する例もみられる。

人材を受け入れる前に座学の内容とOJTの内容に食い違いが生まれないよう、事前にすり合わせを行うなどして対策をとろう。

(5)目標設定を細かくする

新入社員に対しては、達成の目標を細かく設定することが望ましい。スモールステップ法にならい、最終的に大きな目標に近づけるよう目標を細分化して、小さな目標を達成する体験を積み重ねられるようにしておこう。

また、細分化した目標を達成するごとに周囲からフィードバックを行うことで業務の改善点が浮き彫りになり、新入社員は今後の自身の業務に活かせるようになる。

(6)チームで取り組む

特定の従業員のみに育成を任せるのではなく、チーム全体で教育に取り組む体制も重要だ。特定の従業員のみが指導を担当することになれば、育成を担当する従業員自身の業務に負荷が加わり、一部の従業員に大きな負担がかかる構図になってしまう。

チームメンバーの誰もが新入社員の指導にあたれるよう、育成に関する情報を定期的にチーム内で共有しよう。チーム全体で育成に取り組む体制が構築されれば、チームの結束力も高まる。

(7)ツールを活用する

新入社員の育成をすべて人の力で行うのは難しい。人材領域にて活用できるさまざまなITツールを活用しよう。「オンボーディング」に特化したITツールを使用して新入社員のサポートにかかる時間を効率化すれば、生産性を落とすことなくオンボーディングを実施できるだろう。

「オンボーディング」を実施するうえで大事な5つのステップ

導入前後のポイントを把握したら、実際にオンボーディングを実施してみよう。オンボーディング実施の際に重要な5つのステップを紹介する。

(1)目標を設定する

まずは目標を設定しよう。新入社員の最終的な到達点を設定し、目標を達成するために必要な知識やスキルを明確化する。あわせて、小さな目標も設定し社員間コミュニケーションを円滑にするための施策を検討しておく。

目標を達成することだけを新入社員に求めてしまうと、慣れない環境に業務のプレッシャーが加わり離職に進む可能性がある。目標を達成するまでに必要なサポート環境の整備についてもこの時点で着手したい。

(2)プランを作成する

次に、「オンボーディング」プランを作成する。オンボーディングプランは入社からの1年間を目安として、実施の内容と目標を決定し作成するのが一般的だ。

入社当日から1年後までに何をどう行うのか具体的なプランを策定しておく。これは社員一人ひとりに対して必要なものだ。すべての新入社員に同じプランを用いてオンボーディングを実施すると、それぞれの個性やスキルの違いによってずれが生じ、目標を達成できない可能性がある。

(3)すり合わせをする

プランの作成後は、その内容について新入社員を受け入れる部署のメンバーと人事・採用担当者で内容のすり合わせを行う。

そして、実施後も、定期的なプランの見直しが必要だ。プランを現場と人事側で共有し内容を検討することで、新入社員を受け入れ、プランを実施した後に発生する問題も軽減できるだろう。

(4)実施する

最終的なプランが完成したら実施の段階に入る。プランどおりに「オンボーディング」を実施していこう。

実施中には企業全体で新入社員をフォローする意識を持つことが大切だ。新入社員が目標を達成するまでに多くの従業員がサポートを行う意識を持ってオンボーディングに取り組む。そうすることで、組織に一体感が生まれ生産性の向上にもつながるだろう。

(5)ふりかえる

「オンボーディング」は実施して終わりではない。プランに沿って実施し終了した後は、必ずプランの振り返りを行おう。

新入社員を受け入れた部署のメンバーとオンボーディング実施の対象となった新入社員、そして人事・採用担当者それぞれの意見を聞き、施策は適当であったのか、実際に効果があったのかを確認する。

あわせて、オンボーディングが離職防止やエンゲージメント向上に貢献しているのかを測定する。

プランを策定し、実施した後は評価を行い、次の施策の改善につなげる。PDCAサイクルを回して自社に合ったよりよいオンボーディング施策を作り上げていこう。
新入社員の育成や定着率に課題を抱えていれば、社内全体で新入社員をサポートする「オンボーディング」の導入を検討してみよう。オンボーディングの実施によって、新入社員だけでなく、チーム力や従業員全体のエンゲージメントの向上が期待できる。新入社員が安心して働ける環境を構築し、即戦力化を促進できるオンボーディング。うまく活用し採用コストの低減および定着率の向上を目指そう。
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