創業期にソニーを躍進させた「フロー経営」とは? 天外伺朗氏がイノベーションを生み出す心のあり方と場づくりを解く

イノベーターのためのセルフマネジメント(多摩大学大学院 品川塾特別講義)

多摩大学大学院の品川塾特別講義「イノベーターのためのセルフマネジメント」(協力:ProFuture株式会社、株式会社富士通ラーニングメディアなど)は「イノベーターシップを発揮する土台としての『心』と『体』を整える方法」をテーマに全4回にわたり行われている。第2回目は、ソニーでCDやワークステーション「NEWS」、犬型ロボット「AIBO」など、数々のイノベーティブな開発を主導したことで知られ、現在は人間性に着目した経営(フロー経営)を体系化し普及する活動を行っている天外伺朗氏が講師を務め、イノベーションを生み出す心のあり方や場づくりについて解説した。
冒頭、本講義のモデレーターを務める多摩大学大学院 研究科長の徳岡 晃一郎氏が挨拶。「天外さんは、イノベーターとして多くの実績を残すと共に、脳科学者の茂木健一郎氏がシニアリサーチャーを務めるソニーコンピュータサイエンス研究所の所長を務めた経歴なども持ち、多くの著書も出版されています。イノベーションを進めるための必要なマネジメントのあり方、自分自身の心のあり方を、イノベーターである天外さんからお聞きし、理解を深めていただきたいと思います」と述べた。

なぜソニーでイノベーティブな開発が行えたのか

本講義で、天外氏は、現在の日本の会社組織が行き詰まりを覚えイノベーションを起こせない背景に、行き過ぎた成果主義などいわゆる合理主義があると指摘した。天外氏によれば、合理主義の特徴として、確固たるピラミッド型の組織、上意下達の命令系統、細かなルール、責任や役割の細分化などが挙げられる。この組織の中で、社員は金銭やポジション、名誉など外的要因による動機づけのもと、成果を求め競争を繰り返す。こうした環境下では、豊かな発想は生まれず、イノベーションは起こらないと説いた。

一方、創業期のソニーは対極にあり、形の上では組織はあったものの、上司・部下の壁は薄く、社員には自由と自主性が保障された。ソニーの設立趣意書にある「自由闊達にして愉快なる理想工場」が風土として根付き、創業者、井深大の「仕事の報酬は仕事」という言葉にある通り、社員はより面白い仕事を自ら求め、つまり内発的動機に突き動かされて仕事に励んだ。天外氏はこうした環境があったからこそ、トランジスタやテープレコーダーなど世の中になかった技術がソニーで開発されたと強調した。

フロー経営との出合い

しかし、日本に合理主義がもたらされ、ソニーも徐々に合理主義に傾倒していくことになる。天外氏によれば「ソニーはおかしくなり」、社員の士気は下がって業績も降下。2003年には「ソニーショック」と呼ばれる株の暴落を経験することになった。この時、天外氏はなぜソニーの凋落したのかわからなかったというが、調べを進めていくうちに、合理主義のマイナス面に理解が深まり、それと同時に心理学者のチクセントミハイが提唱する「フロー理論」に行きついた。フロー経営は知れば知るほど創業期のソニーを彷彿させ、実際、チクセントミハイはフロー経営の成功例として創業期のソニーを紹介したという。天外氏は「フローとは夢中になって物事に取り組む状態のことで、フロー状態になるには自由と自主性が重んじられる『安心安全の場』が欠かせない」と解説した。

次のブロックからは天外氏の講義の内容をダイジェストで紹介する。

イノベーションには場作りが必要不可欠

天外 伺朗
ホロロトピック・ネットワーク代表


社員がフローに入ると非常に高い能力を発揮し、アイデアが湯水のように沸いてくるようになります。スポーツで言うゾーンみたいなものですが、フローの場合は時間的に幅があり、1年にわたりフロー状態を継続することができます。社員がフロー状態に入るとどのようなことが起こるのか。技術の現場で例を挙げますと、開発を進めていると、これはもうどうにもならないという場面に何度となくぶつかります。普通なら諦めるところを、フローに入っているとダメをダメと思わなくなる。必ず正面突破できるか抜け道が見つかるのです。これは私自身も経験してきたことですし、そうした事例を数多く目の当たりにしてきました。

フローに入るためには、内発的動機に基づいて行動していなければなりません。自分の内側からこみあげてくる思いに突き動かされているから、フローに入れるのです。対して、成果主義は外発的動機を誘発します。つまり、お金や名誉などのために行動を起こし、上司から指示命令を受けます。これではフロー状態にはならないのです。

加えて、フロー状態になるために必要不可欠なのが、「安心安全の場」です。安心安全の場では、社員は完全に自由になり、否定も批判もされないから、心がオープンになり発想が豊かになる。皆さんがよく知るブレーンストーミングでも、否定や批判は禁止されています。それは心を閉ざすからであり、心が閉ざされていてはアイデアが出てこなくなるからです。イノベーションのマネジメントで大切なのは、この安心安全の場をいかに設けるかです。注目されることは少ないですが、イノベーションを起こすには環境、つまり「場づくり」が一つの大きなポイントです。もっと目を向けなければならないでしょう。

自由と自主性が保障されていることを「体現」する

自由と自主性が保障されている安心安全の場は、「ここは安心安全の場ですよ」と言葉で伝えても形成されず、社員のマインドがオープンになることもありません。言語を用いたコミュニケーションには限界があることを覚えておいてください。ここで、安心安全の場を作り上げた、一つの方法論をご紹介しましょう。OST(オープンスペーステクノロジー)を聞いたことがあるでしょうか。討議の手法で、一つの会場で複数の討議を開きますが、討議から討議へと渡り歩くことも、討議に参加するのもしないのも、一人ひとりに委ねられ、さらには参加しないことも推奨されているのです。実際、討議に参加しない人のために、お茶やお菓子が用意されています。

討議に参加しない人のことを「蝶」と呼んでいるのですが、では、なぜ蝶の存在が推奨されているか考えてみてください。実は蝶は、自由の象徴となっています。自由に振舞っている人を目で見ることで、自由と自主性が完全に保証されていることを実感し、マインドが開かれるのです。言語で訴えるのではなく、蝶の姿を見せることで直接的に脳に働きかけます。

職場に置き換えて考えると、目を吊り上げて一生懸命に働く人ばかりではなく、だらだらのんびり働いている人がいたほうが、社員のマインドは開かれイノベーティブになれるということです。私自身、ソニーで働いていた時のことを思い出してみても、厳しい管理体制を敷きひたすら一生懸命に働く上司の元では、イノベーションは起きていませんでした。私自身はどちらかというと不精で何でもござれの考え方だったので、安心安全の場が作りやすかったと思います。

また、現在の社会のベースになっているのは「自己否定感」ということも覚えておいてほしいと思います。会社に限らず学校でも、「このままではダメになる」という一種の脅しをかけ、頑張らせます。自己否定感を刺激されたほうは、それをバネに頑張ります。自己否定感は向上心の元になる側面もあるのです。反面、成功者としてもてはやされていても、内側には巨大な自己否定感を持っていることが少なくありません。こうした状況の中、「フロー経営」や「安心安全の場」を実践することは簡単ではないでしょう。しかし、イノベーションには必要な要素です。この地点を目指していただきたいと思います。

著者プロフィール

ホロロトピック・ネットワーク 代表 天外 伺朗

天外 伺朗(てんげ・しろう/本名・土井利忠)
工学博士(東北大学)。東京工業大学卒業後、42年間ソニーに勤務する。コンパクトディスク(CD)、犬型ロボットAIBOなどの開発を主導した。1988年にソニーコンピュータサイエンス研究所長、2000年ソニー業務執行役員上席常務、2004年ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス研究所所長などを歴任。2006年にソニーグループを離れ、現在は経営塾「天外塾」を主宰するほか、医療改革や教育改革、ホワイト企業大賞の運営などに携わっている。著書に『「人類の目覚め」へのガイドブック』(内外出版)、『実存的変容』(同)、『問題解決のための瞑想法』(マキノ出版)、『マネジメント革命』(講談社)など多数。

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