2005年4月に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併し、アステラス製薬が誕生して7年が経過した。この大型合併は予期できるものだったが、ネーミングが新鮮だった。大型合併後の社名は、両社の旧社名を引きずって長たらしくなる例が多いからだ。

 旧社名へのこだわりは変革の妨げになる。登記上は1つの会社になっても、トップ人事がたすき掛けになるのが普通だし、社員の給与体系が放置されて社内不和の種になることも多い。やや奇異と響く社名を選んだアステラス製薬の合併はどのように行われたのか。そして7年後のいま、どんな成果を上げているのか。中島与志明・アステラス製薬執行役員人事部長に聞いた。

――アステラス製薬が誕生した時、その社名に対して新鮮とも奇異とも感じた人は多かったと思います。どのような経緯で社名は決まったのでしょうか?

合併は、当時の藤沢薬品の青木初夫社長と山之内製薬の竹中登一社長の決断で決まり、社名もその時に方針が決まった。旧両社の社名は使わない、新しい会社を創るという意思は強かったと聞いている。アステラスという名称は、「星」を意味する、ラテン語の「stella」、ギリシャ語の「aster」、英語の「stellar」によって「大志の星 aspired stars」「先進の星 advanced stars」を表現したものだ。

 また、日本語の「明日を照らす」にもつながる。最先端の医薬品で、健康を願う人すべてに、明日への希望をもたらし、研究開発型グローバル製薬企業として発展していくという思いが込められた名称だ。

 アステラス製薬が事業展開しているあらゆる国、言語でどのように響くか、問題はないかももちろん調査している。奇異かどうかはそれぞれの方の受け止めによるが、一旦なじんでまえば愛着、信頼の名前になる。先例はたくさんある。

――大型合併では、トップ人事がたすき掛けになり、異なった制度が併存するキメラのようになることが多いように思います。アステラス製薬では制度を一本化したのでしょうか?

合併の最大の目的は、世界市場で存在感のある会社を短期間で創ることにあった。そのため、一刻も早く強固で、求心力のある企業体質をつくることが必要になる。様々な分野での早い統合が志向され、人事制度も完全統合を強く意識した。たとえば2社の報酬制度を半年後に職務給に一本化した。年金は組合との話し合いがあるので少し遅れたが、1年以内で統合した。幹部人事も、統合前に両社TOPによる人事会議を頻繁に開催し、そのプロセスを公開しながら、人物本位による公正で透明性のある人事を決めた。

 経営トップについては、合併前の両社長が合併後の会長と社長を務めたが、数年後に勇退している。現在のアステラス製薬の執行役員は、すべてアステラス製薬で任用された者であり、山之内製薬、藤沢薬品工業の頃からの執行役員はいない。

 合併がスムースに進んだもう一つの理由は、両社の社風が似ていたからだろう。進取の精神、自由闊達、成果にこだわる、という文化が共通していた。

――アステラス製薬のグローバル化はいつ頃始まったのでしょうか?

本格的なグローバル化は、山之内製薬、藤沢薬品工業ともに1990年代初頭からだ。ただ合併前は研究開発、製薬化、販売のすべてを自社で行う体力はなく、現地企業との提携、協力で事業展開していた。山之内はヨーロッパに強く、藤沢はアメリカに強かったので、合併は地勢的に相乗効果を期待することができた。

 両社とも、1社単独ではグローバル展開を短期間に自前で行えない。だから合併し、時間を買ったともいえる。合併したアステラス製薬は、自社の力でグローバル展開できる規模(Minimum Critical Mass)を獲得したのだ。

――合併以降の経営について教えてください。

まず組織を最適化した。たとえば生産部門では両社合わせて19の工場があったが、売却などで11に減らした。また、多角化していた関連事業も売却した。アステラス製薬が発足した05年4月のグローバル社員数は約1万5500人だったが、08年4月に約1万3700人になり、合併に伴う最適化は一定の完成をみた。その直後から本業への積極的投資の段階に入った。以降の社員数はサイエンス軸、地域軸の両面で増加させている。

 規模に関して言えば、2005年の合併でMinimum Critical Massを達成し、2008年からはStrategic Midsize Companyというフェーズに入ったと認識している。

――Strategic Midsize Companyとはどんな組織でしょうか?

製薬業界にはファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどの巨人がいる。アステラス製薬は、世界的にはこのようなメガサイズではなくミッドサイズであり、トップと社員の距離が近く、率直な意見交換ができるレベルにある。またこのサイズは各部門のリーダーや担当者がネットワークを構築・維持しやすい。結果、グローバル戦略を共有し、的確に素早く実行することが自律的にできる。それがStrategic Mid-size Companyの勝ちパターンだ。

 どのような戦略かは、ホームページ上に「VISION2015」を公開している。これは06年12月に策定したものだが、現在もぶれていない。「VISION2015」の内容を一言でいえば、アステラス製薬は「グローバル・カテゴリー・リーダー」になる、すなわち、現時点では、泌尿器疾患、免疫疾患(移植を含む)および感染症、がん、精神・神経疾患、糖尿病合併症および腎疾患の5カテゴリーの医薬でリーダーになる、ということだ。

――研究開発のグローバル化は進んでいますか?

08年に臨床開発のヘッドクォーターを東京からシカゴに移した。そしてファイザーの新薬開発で顕著な業績を残したスティーブン・ライダー博士を招き、グローバル開発の最高責任者になってもらった。このグローバル開発体制によって、海外でのアステラスブランドが向上し、人材調達を容易にしてくれている。

――現在のグローバル社員数は何名ですか。また報酬制度は世界共通でしょうか?

12年3月現在で約1万6000人だ。うち日本が半分の約8000人、ヨーロッパが約4000人、米州が約2400人、アジアが約1400人だ。

 報酬制度は職務グレードというモノサシは共通だが、金額は地域で違っている。報酬の基準は人材調達コストによって変わってくる。世界統一の水準は考えていない。基本となる報酬水準以外では、国によって法律など異なる部分があり、それは必然だと考えている。

 たとえば日本では企業年金や退職金という制度があるが、海外では数十年後に支払われる報償制度はない。3年とか5年ごとに報奨金を支払う「ロングターム・インセンティブ」という制度にしている。昇給も、人件費の高騰が続く中国では、年率15%から職種によっては20%もあるが、多くの国ではそこまでは必要ない。

――人材育成はどのように行っていますか?

部門別の専門研修はそれぞれで充実させており、人事が関与することはない。各地域におけるリーダー、マネージャー向けの研修はそれぞれに応じた最適化をしている。グローバル共通なものとしては、部長クラスを対象にした選抜型の研修を行っている。目的はグローバルリーダーの育成と、リーダーネットワーク創りだ。

 11年10月にスタートしており、1年間に1週間の研修を3回行う。現在は27人が研修を受けている。参加者はアジア、欧州、米州、日本という地域軸と、研究から営業までの機能軸でバランスをとって決めている。

 現在、グローバル規模での連携が恒常的に求められる部長クラスポジションは100強であり、海外と日本の比率はほぼ半々だ。これから毎年20人から25人程度が研修を受けていくことになる。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!