日本を代表する某広告代理店社員の過労自殺報道を契機として、これまでの日本的労働慣行、あるいは漠然とした過重労働対策が、いまここにきてようやく本格的に変わろうとしている。

この機運を単なる「対岸の火事」に過ぎないととらえ、自分たちにとって「いたしかたないこと」として目を背け続けるか、あるいは「他山の石」ととらえ「自分事」として直視するかによって、これからの日本企業の中長期的な成長に明白な差が生じることは必至だろう。

そこで本稿から全6回にわたって、日本企業が今後労働市場から求められる「働きやすさ」をどのように「見える化」し、持続的な企業価値向上につなげていくべきかを考察・提案していきたい。
働きやすさの「見える化」(1)健康経営で社員も会社も元気になる!

誰もが関心の高い「健康」。 ゆえに無関心な「健康」。

年齢や性別に関係なく、誰もが自分自身「健康」でありたいと願い、誰もが他人の「健康」をも気遣うことだろう。
そして生涯「健康」であるために、食生活や運動習慣等について多少なりとも意識・知識があり、レベルの差こそあれ何らかの行動として日常的に実践していることだろう。

 ところが、よくよく振り返ってみると、これらはあくまで私生活上の実践にとどまっているケースがほとんどではないだろうか。

というのも、ひるがえって職業生活上においては、ともすると「健康」≦「仕事」という不文律が、さほど意識されないうちに「多少の体調不良程度なら仕事を優先すべきである」といった労働慣行を形成していることに気付くのである。
筆者自身も社会人生活の第一歩をふみだしたころ、よく「健康管理も仕事のうち」といった言葉を社内外で耳にしたものである。

ここで、この「多少…体調不良程度なら」ということがなぜそう言えるのか、ということに注目してみたい。
人は誰もが自分の「健康な状態」というものを把握している。正確に言うと、把握している「と思っている」。
裏を返すと「健康でない状態」についても自覚があるということになるが、この「基準」が人によって実に千差万別であり、同じ個人であっても常に一義的に定まるものではない。
だからこそ人は仕事という、必ずしも自己のコントロールの及ばない課題に直面したときに、自分自身の「健康な状態」を広く、逆に「健康でない状態」を狭く、いわば都合のいいように解釈してしまうのである。
そしてこの「都合」はあくまで自分ではなく、同僚や上司など他人にとっての「都合」であり、それをわざわざ意識はしない。
このように、客観的な「健康」と主観的な「健康」とは、必ずしも一致しておらず、定義はともかくも、実際の用語法は相当に恣意的かつ曖昧な「弱い言葉」なのである。

確かに労働者には労働契約上、いわゆる「自己保健義務」が内在していると解されている。
これはまさしく先の「健康管理も仕事のうち」という謂われを裏付ける法解釈であるが、はたして職業生活上の「健康」は私生活の延長として、そのすべてを自己責任で果たすべき義務なのだろうか。

逆に企業の側、すなわち使用者の側にはいっぽうで「安全配慮義務」が労働契約上課せられている。
この両者のバランスを「経営」という視点でとらえなおし、新たな指標として企業価値向上に結び付けようとするのが「健康経営」という手法である。

「健康経営」とは?健康経営アドバイザーとは?

そもそも「健康」とはいかなる状態を指すのか。WHO(世界保健機関)憲章では次のように「強い言葉」として定義されている。

 「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(公益社団法人日本WHO協会訳)

 ここで注目すべきなのは「すべてが満たされた(状態)」という文言である。
 すなわち、体も心も環境も、そのうちひとつでも満たされていない状態は、およそ「健康」とは呼ばない、との宣言である。
 このうちの「環境」には、当然仕事をする環境としての「職場」も含まれるのであって、本来「健康」とは労働者個人の力で単独に実現しうるものではない、との視点に立脚している。
 
いっぽう「健康経営」の定義とは、次のとおりである。

「健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」

ここでのキーワードは「経営的な視点」「戦略的に実践」である。
つまり、これまでの論考を統合するかたちで、もはや「健康」を経営戦略のひとつとして位置づけ、個々人の自己保健義務に任せるのでも、安全配慮義務という法的・形式的な規制によるのでもなく、積極的に企業価値へと昇華させようとするのが、健康経営の本質である。

また、東京商工会議所ではこの健康経営普及促進のため、健康経営アドバイザー資格の認定を今年度より初め、同資格を次のように定義している。

「健康経営アドバイザーは、①健康経営を知らない企業(経営者)に対して健康経営の必要性等を伝え、実施へのきっかけを作る、②健康経営に取り組もうとする企業に対して必要な情報提供や実践支援を行う(専門家)」

一口に健康経営といっても、あるいはその定義が理解できたとしても、具体的な企業活動に落とし込むにあたっては、初めの一歩を踏み出すハードルが高く、またその効果の実感といった点で必要性を感じない、という企業も少なからずあるはずだ。
また実際に、健康経営そのものの認知度も、図表(出所:経済産業省「健康経営の啓発と中小企業の健康投資増進に向けた実態調査(最終報告)」)のとおり決して高いとはいえないのが現状である。



そこで次回以降、健康経営の効果や実践の方法について、健康経営アドバイザー制度の詳細とともに紹介していく。

※「健康経営」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標です

社会保険労務士事務所 そやま保育経営パートナー
代表 健康経営アドバイザー 楚山 和司

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