「人材像って人材マネジメントの中核になるよね。しかし、うちの人材像は曖昧で特徴がない。だから人材マネジメントの施策もピリッとしないのかな。」と言うように、自社の人材像が曖昧かつ使いこなせていないという相談を研修やコンサルティングの現場で受けることが多くなった。
 確かに仕事柄多くの組織の人材像を拝見することがあるのだが、その組織独特なものに出会うというよりは、他の組織でも通用しそうな一般的な表現で定義されていることが多いのが実態である。
 これには二つの原因があると感じている。一つは人材像の重要性は頭で理解しているが、目の前の人事/人材の課題、例えば評価制度の納得感の向上や、リーダー育成のプログラムデザインの課題解決に重きを置いてしまい、人材像の設計に十分な工数をかけられなかった事情があったからではないか。もう一つは、「戦略やビジョンからあるべき人材像をデザインする」等、具体的な人材像の設計方法を記載した記事や書籍がほとんどないため、人材像を設計するノウハウそのものを得る機会がなかったからではないか。

 多くの場合、人材像は「北極星」のように遥か彼方の理想を示すようなものとしてデザインされている。言わば「あるべき」であり、その姿への方向性はわかるが、あまりにも現状との距離感がありすぎる。よって実際どのように現状の人材を「あるべき」姿に近づけていくのかのイメージがつかない。このあるべき姿と現状のギャップを埋めていくには、マクロの観点から先々を読み、経営戦略とビジネス上でどんな課題・チャレンジが発生し、それを超えるためにはどんな人材が必要となるかを洗い出していくことで、その変化の流れを掴むことが可能となる。
 この分析には「時代分析」というツールを活用するとわかりやすい。具体的には、ある一定期間(時代)を、(1)ある時点より前、(2)ある時点から今日まで、(3)今日以降の3段階で整理し、それぞれの時代に何が起こったのか、起こりそうなのか、その情報を整理して意味合いを考え、整理していくのである。「ある時点」は、会社の方針や体制が変わった時や、規制緩和等の業界環境が大きく変わった時点など、自社の変局点となった時点に設定する。そして情報、事象の因果関係を整理し、(1)~(3)の各時代にその時代を象徴するネーム(「~の時代」)をつけていく。この手法を用いると、今の自社が過去のどんなエポックメイキング的な出来事の影響を受けてきたか、先々の変化動向を踏まえると「何を残し」「何を変えていく」必要があるか、その仮説が具体的になってくる。その仮説に沿ってどんな人材が必要となるかを定義していけば、過去から未来の経営・ビジネス上からの要請により、どのタイミングでどんな人材が必要となってくるかが繋がって見えるようになる。言わば時代に応じた人材像の変遷年表ができあがり、これからいつまでにどんな人材が必要となるか、「目指す人材像」へ向けた育成ストーリーが具体化されるのだ。

 人材像や人材要件は「曖昧な文章」、もしくは作り手が丁寧に説明しようとする想いが強いためか、結構な長文で定義されているケースに出会うことが多い。しかし、長文で定義しようとすると、昔の一般的な職能要件のように文学的・情緒的な文章表現になってしまうことが多い。このような人材像・人材要件の多くは現場では「どの会社にも当てはまりそう」「一般的でよくわからない」と認識されてしまい、作成者の想いとは裏腹に現場では活用されなくなってしまう。現場では「要はどんな人?」が具体的にイメージできないと、できればお手本となる「人」の名前が出るくらい端的にわかりやすく表現していないと記憶に残らない。よって、人材像を定義する時には端的に「一言でいうならどんな人」というレベルまでシンプルに絞り込んだ表現を用いるとよい。このように、現場でわかる一言で表現して端的に人材要件を整理すれば、現場でもイメージが湧きやすく、活用しやすくなる。人材要件を示すには「何ができるようになっているか」といった能力や価値観だけでなく、「実際にどんな仕事ができているか」で定義すると伝わりやすい。例えばシステムのプロジェクトマネジャーの定義を「プロジェクトの統括管理を行い・・・」という表現の横に、「プロジェクト規模50名程度、プロジェクト予算規模は5億円」のように役割責任の範囲を具体的な現場レベルに落とし込むと、人材像の認識のブレを防ぐことができる。

 また人材像を一言で整理する際に、本音レベルで“今までの人材像”と“これからの人材像”で対比を行うと、エッジがたった、自社らしくわかりやすい定義として仕上げることができるのでお勧めだ。例えば、「今までは上司に気に入られることが一番の人材要件だった」から、「部下から社内で一目置かれ、フェアで仕事ができる人格者」等のように本音レベルで比較を行うとより本質的な人材像の違いを具体化させやすくなる。

 このように人材像・人材要件を具体化するプロセスは、人事だけで行うのではなく、役員や現場のキーマンを巻き込んでワークショップ形式で実施することをお勧めする。実際に人材像・人材要件を活用するのは現場であるため、人材像・人材要件の意味合いや目線合わせを行うことができるし、現場で活用しやすい文言で定義することができる。その上、人は「他者から与えられたものはデメリットに着目しがち」であるが、「作成者側になると活用する観点からのメリットに着目する」ようになるのでコミットを得やすくなる。
 実際に現場を巻き込むことにより、人材像・人材要件の活用先となるキャリアパス等の成長ステージや教育体系、評価項目への反映まで彼らに主体的に関わってもらうことが可能となり、人材像・人材要件の定着化がスムースになるのでお勧めしたい。


HR総合調査研究所 客員研究員 松本利明
(人事コンサルタント)

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