私たちは無意識のうちに自由であると思い込んでいるが、実は多くの制度に縛られ、その中で泳がされているに過ぎない。それを錯覚して事を運ぶと、場合によっては後悔に苛まれる。また、制度の運用実態を知らなければ、将来に向けた適切な判断ができなくなり、悲劇を呼ぶこともあろう。さらに、起こった事の本質を捉えられなければ、事後対応を誤ることにもなる。このような事例は枚挙にいとまがないが、仕事柄遭遇することも多い。
理解しておきたい制度と実態 4例
以下の①~④を典型的な例として取り上げるが、いずれも、制度を理解すれば済むことであったり、冷静に考えれば解決できることばかりである。とはいっても、「情報の非対称性」というフレーズでは片づけられない由々しき問題であることも事実だ。①「専業主夫」は成り立つのか?
一昔前までは、「専業主夫」という言葉にお目にかかることはなかったが、近年では男女共同参画社会の浸透もあり、女性が外で働き、男性は家庭で主夫、という夫婦も増加しているようだ。至極当り前のことで、その価値観に全く異論はない。しかし、年金制度は、この「専業主夫」を認めていないと言っても過言ではない。
確かに、国民年金の「遺族基礎年金」は平成26年4月から母子家庭のみならず、父子家庭にも支給されるように改正された。ただし、厚生年金の遺族厚生年金は未だに男女差が顕著だ。女性には年齢制限なく支給されるのに対し、男性は55歳以上だけが受給対象、しかも60歳にならないと支給されないのだ。つまり、55歳未満の「専業主夫」には遺族厚生年金は一切支給されない。大黒柱の女性が亡くなりでもすれば、主夫たる男性は途端に生活が成り立たなくなってしまう。
②医療費の自己負担割合は今後も変わらないのか?
病院で支払う医療費の自己負担割合は3割となっていることは誰もが承知している事実だ。なお、70歳以上75歳未満の人は2割負担、75歳以上の高齢者は1割負担となっている。ただ、これが未来永劫そのままか、との自問には「高齢者の自己負担割合は高くなるだろう」と自答しなければならない。
そもそも、被用者保険で本人の場合、国民皆保険制度が発足した昭和36年から長きにわたって自己負担はなかった(被用者保険の被扶養者や国民健康保険の負担割合は高かった)。1割負担になったのが昭和59年、平成9年から2割負担、現在の3割負担になったのは平成年だ。老人医療費に至っては、昭和48年から10年間は公費負担で無料化されていたし、その後も平成14年に1割負担になるまでは低額の定額負担だった。つまり、この医療費の自己負担割合は、時の財政や政治状況下で人為的に定められてきた歴史を持っていること、今後の日本が少子高齢化の人口オーナス社会を迎えること、を理解すれば自答は自然に導かれる。
③夫が会社員、妻が専業主婦の場合の夫の定年後の選択肢は?
夫が60歳定年を迎え、妻が55歳という夫婦の場合、夫は完全にリタイアしても問題は起こらないだろうか?年金は特別支給の老齢厚生年金が62歳から月15万円支給予定だとしよう。この場合は、国民年金制度が関係してくる。
国民年金の加入義務は20歳から60歳までとなっているため、夫の加入義務はなくなる(ただし、納付期間が40年に満たない場合は任意加入ができる)。しかし、妻は向こう5年間加入義務が残る。夫が会社員であったときは、いわゆる第3号被保険者として保険料負担なしの恩恵を受けられたが、夫のリタイア後は自営業者扱いとなり毎月15,590円(平成27年価格)を5年間納め続ける必要が出てくる。年間約20万円だ。仮に、夫が再雇用を希望して会社員を継続できれば、妻は現在の第3号被保険者の身分はそのままとなる。さらに、夫が再雇用で働いた期間は65歳時に老齢厚生年金が増額して改定される。
④マンションは自己所有物か?
マンションは不動産として登記もでき、その土地も含め自己所有物として売買もできる。表面的には土地付き戸建てと何ら変わらないように見える。しかし、マンションの所有権は不完全だ。それは、マンションには専有部分と共用部分が併存しているからだ。感覚的には80%は共用部分だと考えた方がいい。共用部分が多ければ一所有者としての意思は働きにくくなるため、マンション住まいが性に合わない人も多い。
マンションの法定耐用年数は47年だが、30年を超えて問題化しているマンションも数知れない。先ごろ問題となった杭偽装や耐震偽装などが生じやすいことも指摘しておかねばならないし、日本のマンションのほとんどがコストの安い内断熱方式で建てられているのも「偽装」と言えなくもない。なぜ内断熱がだめなのかと問われれば、「住環境の悪さとコンクリートの劣化(建物の寿命)を早めるから」と答える。一方、欧米では1973年のオイルショック以降、ほとんどが外断熱方式で建てられ、その寿命は100年超と言われている。
さらに問題化するのが「建て替え」だ。マンション建て替え円滑化法が平成14年に制定されたが、建て替えはスムーズに進まない。所有者は、購入時からそれぞれの思いを持っている。数十年間の環境変化において、そんな彼らの建て替え意思を一致させるにはあまりにもハードルが高すぎるからだ。これまでに、全国で建て替えが成功した例が200棟程度にとどまっているのは、このことを如実に物語っている。
制度や実態を知り、過去を紐解き、未来を読む。時代の大きな転換期に求められる自衛の技だ。ターニング・ポイントでは慎重に対処したい。
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP(R) 大曲義典
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