企業で新任管理職研修を実施し、メンタルヘルスの知識をお伝えすると、管理職の方は「自分たちがメンタルヘルスの専門家にならなくてはならない」と、間違った認識をされる方がいる。
管理職に求められているのは、メンタルヘルスの専門家になることではない

 確かに、多くの管理職研修で習得する知識で最初に出てくるのは、カウンセリングの基本スキルである”傾聴”であることが多い。傾聴とは、まずは部下の話を聴きましょうというものだ。カウンセリングの基礎を学ぶことから、自分たちに求められているのがカウンセラーの仕事であると勘違いするケースがあるようである。
 しかしながら、管理職は必ずしもカウンセラーのように傾聴し、その結果、問題解決するという役割を求められているのではない。あくまでも部下の話を聴くときには、あたかもカウンセラーのように傾聴することで、率直な意見を引き出しやすく、風通しの良い職場を育みやすいですよというのが本来の傾聴を学ぶ趣旨である。

 そこで、筆者の実施する管理職研修では、必ず初めに「管理職になったからには、カウンセラーになるのではなく、事例性の評価のプロになってください」とお願いし注意を促している。
 では、事例性とはどのようなものだろうか? 職場のメンタルヘルス問題は2つの切り口がある。それが事例性と疾病性である。
事例性とは、
・仕事に支障が出ていないか
・業務上・職場内の問題解決をいかに図るか
・専門家にどうつなぐか
疾病性とは、
・どのような誘因によるどのような病気か(診断)
・病状はどうか
・どのような治療が必要か
という切り口である。

 管理職に求められているのは、上記2つのうち事例性である。このポイントを押さえていないと、「なにやら管理職は大変だ、何でもかんでも管理職だ」という誤った認識を持ってしまいがちだ。その結果、職場のメンタルヘルス対策は何か大変で、できれば関わりたくないという態度になってしまうと、せっかくの管理職研修が本末転倒になってしまう。
 本来、疾病性は医師や臨床心理士などの専門家が判断すべき事項で、管理職に求められているのは事例性を把握し、専門家にきちんと情報を伝えるということである。

 さて、事例性を見極めるためのコツは何だろうか? それは、部下の心の不調に気づくため「いつもと違う」点に気づくということである。つまり変化に気づくことが大切なのである。

 例えば、
勤務に関するもの
・遅刻・欠勤・相早退が増える
・残業・休日出勤が仕事とは不釣り合いに増える
行動や態度
・表情に活気がなく、動作にも元気がない(あるいは真逆)
・不自然な言動が目立つ
・ミスが増える
・服装が乱れる
・朝アルコールのにおいがする
仕事に関するもの
・仕事の能率が悪くなる
・業務の結果がなかなか出てこない
・報告や相談、職場での会話がなくなる
等である。

 このような点に気を付けると、部下の変化に気づくことができる。しかしながら、「いつもと違う」ことに気づくためには、当然部下の「いつも」を知っていなくてはならない。日常的にきちんとコミュニケーションを図り、普段を知っているからこそ、いつもと何か違う、おかしいぞと気づくことができるのである。

 管理職の方にいきなり部下の変化に気づいてもらうようになるのは、忙しい職責の中なかなか困難ではあるが、上記ポイントを意識することで早く部下の変化に気付くことができる。変化に気づいた後は、事例性をきちんと見極め記録し、専門家へ正確に伝えることが管理職に求められている職責であるといえる。正確な情報を専門家に伝えることにより、より適切な対処を受けられ、問題の早期解決に結び付く。


Office CPSR(オフィス シーピーエスアール)臨床心理士・社労士事務所 
代表 臨床心理士・社会保険労務士 植田 健太

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