SPECIAL INTERVIER HR トップが語る「人材開発のいま」

第8回

「トヨタらしさ」を譲らずに、イノベーションを求め続ける

トヨタ自動車株式会社 トヨタインスティテュート
主査 福井 猛氏

グループ長 小玉 寿仁氏

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島禎二 取締役 松村卓人
2015年5月取材 ※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

「日本は技術力が高い」「日本の製品は品質がいい」—世界から受けるこうした評価は
日本人にとって誇りであり、心の拠り所でもある。
そしてトヨタ自動車は、日本品質のシンボルの1つと言っても過言ではないだろう。
そのトヨタ自動車は今、将来にわたって持続的成長を続けるために、大胆な体質改善に取り組んでいる。
人材育成はその鍵と位置付けられており、これをリードする組織がトヨタインスティテュートである。
様々な試みが進行しているが、そこには「譲れないものがある」という。
その舵とりを担う福井氏、里見氏、小玉氏の三方に、
一連の取り組みの内容と課題、今後の方向性について、お話を伺った。

なぜ今なのか

加島

まず、今回の人材育成の見直しに着手した背景をお教えいただけますか。

福井

歴史を振り返りながらご説明したいと思います。トヨタグループの創始者である豊田佐吉の考えをまとめた「豊田綱領」の中に「産業報国」という言葉があります。産業を通じて国の発展に報いよう、という意味です。そのため、トヨタは80年代半ばから、海外進出をしていますが、今思えばそれは、積極的な戦略というより、外部環境にあわせて海外にでていったという意味合いが強かったと思います。
業務の進め方にしても、組織運営にしても、日本で行っているオペレーションを、海外でも忠実に再現する、というところに力点を置いていました。マネジメント体制でも、現法のトップは日本人で、ナンバー2〜4の位置はローカルの人材が担当していましたが、彼らの脇には日本人がついていて、日本本社とのつなぎをする、というのが基本的なあり方だったのです。
ご存知の通り、北米で2009年〜2010年にかけて大規模リコールにつながった品質問題が起こり、これまでのやり方では本当の意味でのグローバル企業にはなれないと考え、これが大きく舵を切る転換点になりました。
人の面では、当時現法のトップは過半数以上が日本人だったのですが、2拠点を除いた全てをローカル人材に変更することにしました。

加島

意思決定の仕組みに課題があったということなのですか。

福井

かなり細かいことまで日本本社にお伺いをたてないと物事が進んでいかない状況だったということは、少なからずあったと思います。
当時のトヨタの基本戦略を示す「グローバルマスタープラン」は、商品ごとの販売・生産台数を記した計画です。もともとは社員や関連メーカーに大まかな計画を提示するものでしたが、次第にそれが必達目標のようになってしまっていました。販売台数の拡大対応に追われ、規模拡大のスピードに人材育成が追い付かない状況に陥っていたと思います。
また、意思決定が必要な事項は基本的に日本で決定していました。しかし、時差によるコミュニケーションのやりにくさなども手伝って、現地、現場の実感や肌感覚のようなものが日本サイドに伝わりにくい環境にありました。
もちろん、現地の意思決定はより現地の人に任せていくべきだ、という話はそれ以前からありました。ですが、「とはいっても、任せられる人材はいるのか」「本社のやり方も理解している必要がある」といった理由でなかなか進んでいなかったのです。
前述した品質問題に対する信頼回復の必要性と、リーマンショックによる赤字転落をきっかけに、今までのやり方を見直し、今後のトヨタの目指す企業像や価値観を明文化した、「トヨタ グローバルビジョン」ができたのが2011年です(図1)。
「トヨタ グローバルビジョン」は、12のビジョンセンテンスで構成されており、社会に提供する価値や経営方針、マネジメント方針や社員としての心構えなどがこの中に込められています。世界の各拠点が「地域主体」で事業活動を行う際の拠り所となる考え方を示しています。
2011年から、トヨタはCMなどで「ReBORN」という言葉を使っていますが、その言葉通り、経営体制をはじめトヨタの様々な部分を見直し、持続的成長が可能な企業体質へ生まれ変わろうとしています。

人財育成の「ReBORN」を進める

加島

人材育成の面でも、様々な「ReBORN」に取り組んでいらっしゃるように見えます。代表的なものをいくつかご紹介いただけますか。

●GATEP/ICT

小玉

現法拠点の経営を現地人材に任せることを意識して、2008年にスタートしたのがGATEP(Global Assignment at TMC Executive Position)というプログラムです。
現法の基幹職1級、つまり部長クラスの人材をトヨタ(日本)に配属し、実際に部長のポジションを担ってもらうというものです。
トヨタの組織運営や意思決定を肌で感じ、人間関係もつくってもらうのがねらいです。トヨタパーソンとしての経験値を上げてもらう、と言い換えてもよいでしょう。
同じコンセプトで若手・中堅を対象にしているのがICT(Intra Company Transferee)制度です。

●修行派遣プログラム

小玉

GATEPとICTは海外の人材に対する施策ですが、日本人に対しても海外マーケットの肌感覚を身に付ける機会を準備しています。それが修行派遣プログラムです。
トヨタでは主任職(係長級)に昇格する前に指導職という期間があり、その期間の間に「修行派遣」をします。派遣先は、国内の場合もありますが、多くの場合は海外に派遣します。
現地では、ローカルの上司の元で、現地の言葉で仕事をしてもらいます。タフなアサインメントですが、タフでなければ「修行」にはなりません。1〜2年という期間でどのくらい核心に迫れるかという問題はありますが、例えばとても寒い国では車にどんな性能が求められるか、といった、現地にいなければわからない感覚を身に付けてもらうことを狙いとしています。

松村

勉強ではなく、経験が最も大切な教育だ、という考え方の表れといえますね。

福井

異動や昇格も含めて、経験の幅を広げる機会を意図的に作り出すことが人材育成の中心だと考えています。この考え方は我々の中に一貫してあったもので、このプログラム以前も自然に行われていたのですが、それをより強めるための仕掛けだと考えています。

●1年基礎固め徹底プログラム

小玉

2015年から、新入社員の本配属を従来は9月だったものを、翌年4月に変更しました。入社後1年間は、トヨタパーソンとしての素地を徹底して鍛錬する期間と位置づけました。
今、社内の業務は分業化が進んでいますから、本配属をする前に、技術や営業、生産管理、製造といったユニットセンターに仮配属をして、各分野の基礎知識を習得すると共に、大切な〝肌感覚〟を養います。
毎週研修内容の復習を兼ねたテストやTOEICの到達スコアを目標として課すなど、内容を大幅に充実させました。

●基幹職能力向上プログラム

小玉

基幹職3級(課長クラス)に対しては、従来は昇格者の中でも部下をもつグループ長のみを対象に実施していた研修を、基幹職昇格者全員を対象とすることとし、プログラムも大幅に刷新しました。
先程申し上げました会社の急拡大期に、従来のような「教え・教えられる風土」の中で育てられていないまま基幹職3級に昇格しているのではないか、という課題意識があるため、役員→基幹職1・2級→基幹職3級へと伝承していく仕組みを設計しました。具体的には、我々が開発したプログラムを使い、直接の上司ではなく、他の職場の上位資格の者がアドバイザー(講師)となって教えていくというやり方です。
学ぶテーマは、役員との対話やマネジメントスキル、リベラルアーツ、人間性(胆力)など多岐にわたります。全社視点で考え、視野を広げること、人間性を磨くこと、人材育成力を高めることが狙いです。具体的には「役員、社外有識者による講話」、「読書会」、「アクアソーシャルフェス(社会貢献活動)」等、様々なカリキュラムがあります。
これは5年ごとに受講することにしています。例えば40歳で基幹職3級になった人は、定年を迎えるまでに4回受講できることになります。

松村

人間性の部分を強く求めていらっしゃるように感じますが。

里見

私は昨年から、官民交流により厚生労働省から出向し、勤務しています。その分客観的に見ることもできるのですが、トヨタに来た際の第一印象は企業教育の中で「人間性」を大きな柱に据えているところでした。

福井

社内では「人間性涵養」という言葉をよく使っているのですが、人間性こそがスキルや行動の土台にあるものだ、と考えています。
特にトヨタにいると、仕入れ先様や関係者の皆様が、丁寧に接してくださいます。私の父親のような年齢の方でも丁寧に接してくださるという状況に、ともすると慣れてしまう怖さがあるのです。
社長の豊田が、「あの人が言っていることは正しい。だが、なんだか好きになれない、と思われてしまってはお終いだ。」とよく言っています。そんな風になりつつあるのではないか、という問題意識があるのです。決して全人格的なものを求めているわけではありません。

『矛盾することかもしれないが、同時に追求していく』など、
インタビューはまだまだ続きます。ぜひダウンロードして、お読みください。

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