――メンタルヘルス問題を複雑にしている理由は、誰が判断するのかがはっきりしないことです。本人は判断能力を持たず、上司は対応に苦慮。人事は仕事の負荷を減らしたほうがいいと考え、外部カウンセラーは異動を勧めます。そして産業医は休業と診断する。そういう当事者間の不一致が起こる企業が多いのですが、味の素ではどのような態勢を取っておられますか?

 味の素では産業医が病状をみて就業制限の判断を行い、上司や人事労務部門の健康管理担当者と必ず対応の方向性を合わせるようにしている。そして本人は休業する。休業後は復職までに5つのステップを設けた「メンタルヘルス回復プログラム」を行う。

 1つ目は「症状改善期」だ。主治医が処方する薬を内服し休養することで、ほとんどの場合、うつ病の症状は比較的容易に軽快する。しかしこの段階では復職させない。見かけの症状が改善したからといって、本人の気質は変わっておらず、復職しても同じ仕事環境がストレスとなって再発する可能性が高いからだ。

 実際のデータでも、1度目のうつ病の再発率は50%、2度目のうつ病の再発率は75%、3度目のうつ病の再発率は90%だ。要するに1度目の治療でしっかり治すことが肝要なのだ。

 そこで「症状改善期」の次のステップとして「性格・価値観確認期」を設けている。自分の価値観との一致やずれによって、人は幸福やストレスを感じる。また同じ行動が同じ価値を意味しているわけではない。例を挙げると、同じ釣りでも海の開放感が好きな人もいるだろうし、釣り上げるまでの戦略を練るのが好きな人もいる。そういう価値観と性格を自覚すれば、ストレスに強くなれる。

 3つ目は「シミュレーション期」だ。辛かった状況を具体的に想定し、どのように考え、行動したら不調にならずに済むかを確認する。

 多くの企業では「症状改善期」で復帰の目安としているようだが、味の素では「性格・価値観確認期」「シミュレーション期」を設けている。休業期間は長くなるが、再発防止が可能になるからだ。

 そして「シミュレーション期」で改善策が確認できたら、いよいよ4番目の「治療出社期」を経て最終の「復職期」になる。

異動はさせず、現職場への復帰が原則

――現職場への復帰を原則としておられますが、その職場でメンタルが不調になったのだから、違う環境に異動させようという考え方もあると思います。味の素で現職場復帰を原則としている理由をお聞かせください?

 まず、うつ病になったストレス要因を特定できるので、シミュレーションによって再発防止策を取れることだ。もともと行っていた仕事なので業務への復帰もスムーズであり、なによりも重要なのは、本人の自信にもつながる。目をそらさず逃げず、自分で問題をクリアできたという自信が本人を成長させる。

 制度を設計するまでには、他部署への異動という考えももちろんあった。しかしそうすると「うつ病になれば異動できる」ということになってしまう。

最大で3カ月間の治療出社期間

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