事業のグローバル化が加速するなかで、人事の悩みが深くなっている。「グローバル人事を行う際、本社は何をどこまでコントロールすべきなのか。海外拠点には、何を、どこまで任せればよいのか?」
海外拠点の社員数が正確に把握できていない、現地社員との雇用契約が現地法令に沿ったものになっているのかどうか確認できていない、現地トップが要求する報酬水準が市場水準と比べて妥当なのかどうかわからない等々、およそ国内では問題にならないようなことが、次から次に顕在化している。これらの問題を潰そうと、現地に情報を細かく要求し、ルールを国内並みに徹底しようとすると、驚くほどの工数がかかり、拠点人事やトップの反発を招く。だが、放っておけば拠点が好き勝手にやってしまい、本社からのコントロールが効かなくなる。「どこかで統制を効かせなければ」と思い、他社に話を聞いても、どこも似たような課題を抱えていて参考にならない。先進企業の例は、グローバル化の進捗度や拠点に対する経営の姿勢が異なっており、役に立たない。そんな状況が広がっている。

 グローバル人事ガバナンスに、どんな企業にでも当てはまるような「一般解」はない。しかし、自社にとって最適なガバナンスとは何か、を考えるためのポイントはある。

 一つ目のポイントは、自社の「企業としての競争力を高める」ことをガバナンスの「ゴール(最終目的)」に据えることである。「1.各種の契約が法令を遵守している」「2.プロセスがきちんと整備されて情報が正しく把握でき、問題が起こらないように運用されている」という段階を超えて、「3.海外拠点、そしてグローバル全体での『競争力』が高まるようマネジメントされている」という段階をゴールとして設定する。全社レベルでコントロールすることでリスクもマネジメントコストも最小化できるところは、グローバルなルールを貫徹させる。一方で、海外各市場の固有の変化に即応すべきところは拠点の自律性を引き出すことで問題を解決し、各市場での拠点の競争力を高める、という状態をゴールとして設定することである。

 二つ目のポイントは、ガバナンスの前提条件として、海外拠点の人・組織の「可視化」をきちんとやることである。グローバル化が進めば進むほど、現地は見えなくなる。それは、機能と地域のマトリックスが細かくなり、全体像をつかむのが難しくなるからだけではない。各市場それぞれの変化が、これに「掛け算」で加わるからである。最新のデータベースは作った瞬間から陳腐化し、検索した結果、出てきた社員が既に退職していることも珍しくない。重要なのは、情報を最新にすることにやっきになるのではなく、リスクや競争上の課題を「可視化」し、それらを拠点と共有して解決できるようにすることだ。難しいと思える組織マネジメントや人材の可視化、年金債務などのリスクの可視化にも、それぞれ効率的なやり方がある。外部の知恵も活用しながら、自社独自の「可視化」のやり方を持つことである。

 そして、三つ目のポイントは、本社・拠点の役割を再定義し、その役割を担える人材を整えることである。日本企業は本社・拠点の役割定義が特に曖昧で、問題解決が遅れるだけでなく、そのために優秀な現地社員が定着しないケースも少なくない。可視化の結果明らかになった各拠点の組織・人事課題を、組織のどのレベルで解決することがグローバル全体での競争力を高めるかという観点から本社人事と拠点人事との役割を改めて明確化する。そして、それぞれの役割を果たすために必要な人材を配置することである。本社と現地両方のマネジメントに通じた人材はどんな企業でも不足しており、当面は配置する人材の能力に見合ったガバナンスしかできないケースも多いだろう。しかし、中長期的には、経営の現地化と日本人のグローバル化の両方をねらい、このポジションを将来担う人材を育成していくことが方向性となる。

「グローバル人事ガバナンス」とは、単なる海外拠点の人事管理ではない。通常の「統治」という意味を超えて、グローバル市場の中で自社の競争力を高めるための新たな人材マネジメントの手法と捉え直すべきだ。放任したおかげで発生した、あまりに多様な課題に「目を瞑る」のではなく、また、全てをグローバルレベルで管理することにやっきになって各拠点の「角を矯める」のではなく、「各拠点で、そしてグローバル全体で勝つためにどうするか」という視点から、グローバル人事ガバナンスを構築していこう。それがグローバル市場での今後の競争力の源泉になるのだから。

(2011.12.19掲載)
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!