「裁量」とは、当事者が自らの考えに基づいて判断し、行動することを意味する。労働力不足が深刻化する中、限られた人数で生産性を高めるため、従業員に「裁量権」を与え、自律的に働くことを促す企業は多い。また、労働時間を労働者の裁量に委ね、ある一定の時間を労働時間とみなす雇用契約を「裁量労働制」という。本稿では「裁量」の詳しい意味やビジネスシーンにおける使い方、「裁量権」および「裁量労働制」のメリット・デメリットなどについて解説する。
「裁量労働制」や「裁量権」など仕事における「裁量」の意味と使い方とは? 残業代や労働時間についても解説

「裁量」の意味と使い方とは?

「裁量」とは、当人の考えに基づいて物事の判断や処理をすることである。ビジネスシーンでよく用いられる言葉であり、「裁量がある」とは、上司の指示や命令に従うのではなく、自分で考えて決めることができる状態を指す。「裁量」は立場に伴って大きくなるため、責任範囲が広い役職者の方が、より大きな「裁量」を持つことができる。

◆ビジネスシーンにおける「裁量」の使い方

「裁量」という言葉は、実際にはどのような場面で用いられるだろうか。下記のような例文があげられる。

・このプロジェクトは彼に裁量を委ねるつもりだ
・若手社員であっても裁量の大きい仕事である
・来期はより大きな裁量権を得たい
・在留許可は法務大臣の自由裁量である

「裁量権」の意味とメリット/デメリット

「裁量権」とは、自分の考えで物事を意思決定できる権利のことを指す。ビジネスシーンでは、人事の判断を下せる権利や、予算を自由に使うことができる権利を意味する。具体的には、「役職が付いたことで裁量権が持てるようになった」、「本件に関して裁量権を持っていない」といった使い方がされる。

「裁量権」が大きいことには、いくつかのメリットとデメリットがある。それぞれ詳しく見ていこう。

◆「裁量権」のメリット

・自らの判断で動く機会が増え成長につながる

「裁量権」があると、業務を進める際にいちいち上司に確認や許可を取る必要がない。むしろ、自分で考えて行動することが求められるようになる。その分、若いうちから成長しやすいと言える。

・幅広くさまざまな業務を経験できる

「裁量権」が大きいと、一つのプロジェクトの中でも数多くの判断を下すことになり、さまざまな業務に関わることができる。自分がやりたいことに挑戦しやすく、多彩な経験を積むことができる。

・仕事のやりがいを実感しやすい

「裁量権」を持てると、上司や周囲から行動を制限されることが少なくなる。自分の考えに従って行動できるので、自ずと仕事に対するモチベーションが高まり、「自分の力で仕事を仕上げられた」というやりがいも感じやすくなる。

◆「裁量権」のデメリット

・責任が大きくなりプレッシャーやストレスを感じやすい

「裁量権」は責任と表裏一体である。「裁量権」が大きくなればなるほど責任も大きくなり、自らの判断ミスが組織に大きな影響をもたらすことになりかねないため、プレッシャーやストレスを感じやすくなる。

・業務量が多くなり長時間勤務になる可能性がある

「裁量権」があると責任の重圧が原因で、早く成果を出そうと焦ってしまうことがある。そのため、業務量が急激に多くなり、長時間働かないとこなせない事態に陥る可能性がある。結果、心身の疲れをためてしまうケースもあるだろう。

・待遇と裁量権の整合性が取れていない場合がある

「裁量権」が大きくなり、仕事の責任が増えることに伴い、給与や手当などの待遇もよくなることが望ましい。しかし、仕事内容に見合った適切な給与形態が整っていない場合、正当に評価をしてもらえていないと感じ、仕事への意欲が逆に下がってしまう。

「裁量労働制」の意味と労働時間や残業代

規定の労働時間に基づいて給与を設定し、実際の労働時間は労働者の裁量に委ねる「裁量労働制」を導入する企業も増えている。「裁量労働制」においては、労働時間や残業代はどう扱われるのか解説する。

◆「裁量労働制」とは

「裁量労働制」とは、労働者の実労働時間に関わりなく、事前に設定された一定の時間を労働時間としてみなし、それに値する給与を支給する雇用形態を指す。いわゆる、「みなし労働時間制」の一つと言える。例えば、定められた時間が8時間であった場合、それよりも短い時間で業務を終えても、反対にオーバーしたとしても、支給される給与は8時間分となる。また、基本的には出退勤や残業、休日出勤などを誰かに指示されることもなく、労働者本人が自分の意思に基づいて、働く時間帯や業務遂行のための手段や時間配分を決めることができる。

◆「裁量労働制」が適用される仕事

「裁量労働制」は「専門業務型裁量労働制」と「企業業務型裁量労働制」に大別される。まず、「専門業務型裁量労働制」とは、1988年に施行された制度で研究・開発職やクリエイティブな職種、士業などの高度な専門性が要求される職種に対して適用される。厚生労働省が指定する業務としては、下記の19種がある。

【専門業務型裁量労働制】の業務一覧
■新商品や新技術の研究開発、人文科学または自然科学に関する研究業務
■情報処理システムの分析・設計業務
■編集の業務
■デザインの考案業務
■放送番組、映画等のプロデューサー、ディレクターの業務
■コピーライターの業務
■システムコンサルタントの業務
■インテリアコーディネーターの業務
■ゲーム用ソフトウェアの制作業務
■証券アナリストの業務
■金融商品の開発業務
■大学における教授研究の業務
■公認会計士の業務
■弁護士の業務
■建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
■不動産鑑定士の業務
■弁理士の業務
■税理士の業務
■中小企業診断士の業務

※備考:厚生労働省の諮問機関である労働政策審議会分科会は、2022年12月に「企業の合併・買収(M&A)の助言に携わる業務」を「専門業務型裁量労働制」に加える方針を報告書で決定している。

一方、「企業業務型裁量労働制」とは、2000年に施行された制度事業運営の企画や調査などの業務に従事する労働者に適用される。厚生労働省では下記のような8業務を挙げている。

【企業業務型裁量労働制】の業務一覧
■経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務

■人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務

■人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修計画を策定する業務

■財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務

■広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務

■営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務

■生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務

◆「裁量労働制」の労働時間について

「裁量労働制」では、労働者自身がすべての労働時間を決めることができる。出退勤、始業や終業時刻だけでなく、フレックスタイム制度におけるコアタイムもない。あくまでも、みなし労働時間となる。

◆「裁量労働制」の残業代について

「裁量労働制」では、あらかじめ決められた労働時間分で給与が設定されているため、基本的には、時間外労働をしたとしても残業代が支給されることはない。ただし、労働基準法に基づく法定労働時間である「1日8時間、週40時間」を超えるみなし労働時間が設定されている場合、超過分については、基礎賃金の1.25倍に相当する賃金を含め、給与として支払われる必要がある。さらに、深夜や休日に勤務した場合は手当の対象となる。具体的には、深夜10時以降から翌日朝5時までの時間帯や法定休日の労働に対しては、深夜手当として基礎賃金の1.25倍、休日手当として基礎賃金の1.35倍の割増賃金がそれぞれ支払われることになる。

◆「裁量労働制」と「フレックスタイム制」の違い

「裁量労働制」では、始業・終業時刻を労働者本人の「裁量」で決められる。「フレックスタイム制」と混同されることがあるが、「裁量労働制」はあくまで成果を出すことを前提とする働き方であり、総労働時間が月毎に計算されるので、1ヵ月の労働時間が規定時間を超えない限り残業代は支払われない。これに対して、「フレックスタイム制」は、労働者が自由に出退勤時間を決められるものの、会社が定めたコアタイムにはオフィスにいることが求められる。さらに、残業をした場合には時間外手当が支給される。

「裁量労働制」のメリット/デメリットと導入方法

◆「裁量労働制」のメリット

・人件費の管理がしやすい

「裁量労働制」だと事前に設定した労働時間で給与を計算できる。月ごとに人件費が変更しないので、コスト管理がしやすいと言える。

・仕事の自由度が高く成果を出すことに専念しやすい

「裁量労働制」では出社時間や退社時間を自由に決めることができる。成果を出しさえすれば、早く帰ることも可能だ。どうやって成果を導くかも労働者の自由なので、より仕事に専念できるといえる。

◆「裁量労働制」のデメリット

・導入のハードルが高い

「裁量労働制」では、労働管理が難しくなる。労働者が自由な時間で働くことになるし、それぞれに決められた時間に見合う仕事を割り振らないといけないかただ。それだけに、導入のハードルが高い。

・長時間労働が生じやすい

「裁量労働制」だと労働者が自ら労働時間の管理を行うので、ともすると長時間労働をしがちだ。それが常態化してしまうと、労働者の心身に何がしかの影響をもたらす可能性がある。

・チームビルディングが行いにくい

それぞれが自分の好きな時間帯で働くようになると、労働者同士でコミュニケーションを取る機会が減る可能性がある。自ずと組織作りがしにくくなってしまう。

◆「裁量労働制」を導入するための手続き

(1)専門業務型裁量労働制
「専門業務型裁量労働制」を導入するためには、まずは下記の項目について労使協定で定める必要がある。その上で所轄の労働基準監督署に届け出を行う。

①制度の対象となる業務
②対象となる業務の遂行手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと
③労働時間としてみなす時間
④対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
⑤対象となる労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容
⑥協定の有効期間(3年以内とすることが望ましい)
⑦④及び⑤に関し労働者ごとに講じた措置の記録を協定の有効期間及びその期間満了後3年間保存すること

(2)企画業務型裁量労働制
「企画業務型裁量労働制」を導入するためには、下記の条件を踏まえて手順を進めなければならない。

①労使委員会の設置
②労使委員会での決議
・委員の5分の4以上の多数決
・下記の決議項目が満たされている
 1)対象業務の具体的範囲
 2)対象労働者の範囲
 3)労働時間としてみなす時間
 4)健康・福祉確保の措置の具体策
 5)苦情処理のための措置の具体的内容
 6)労働者の同意を得る旨と不同意労働者に不利益な取り扱いをしない旨
 7)決議の有効期間(3年以内とすることが望ましい)
 8)上記4)~6)などに関する記録を7)の期間およびその後3年間保存すること
③労働基準監督署への届け出
④対象労働者の同意


「裁量」が大きい仕事では、多岐にわたり自らの判断で業務を進めることができるため、働きやすさ、やりがいを感じやすいといえる。一方、責任も大きくなるので、プレッシャーも大きく、成果を出すために自分に無理を強いる可能性もある。それが結果的に長時間労働につながることも多いだろう。メリット、デメリットがあること、さらには今会社がどのようなステージにあるのかも踏まえ、効果的に「裁量」を付与するようにしたい。
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