評価制度における「人事と社員とのすれ違い」はなぜ生まれるのか【55】
「評価制度の設計」は、人事業務の中でも特に難易度の高い仕事のひとつです。評価制度の設計次第で、報酬水準だけでなく、社員のモチベーションや組織のパフォーマンスまでが決まってきます。また、あまりに会社側の意向だけを強く反映したものだと、社員から反発されることもあるでしょう。人事担当者がどんなに完璧だと考える評価制度を考案したとしても、全員が納得する制度をつくるのは難しいものです。さまざまな検討プロセスを経て設計された評価制度には、経営者や人事担当者の想いや考えが詰まっています。しかし、どうして人事担当者と社員との間にギャップが生じてしまうのでしょうか。今回は、「評価制度における人事と社員とのすれ違い」について解説します。

評価される側は不満、評価する側は満足という矛盾

人材派遣大手のアデコ社が、2018年に約1,500人のビジネスパーソンを対象に実施した「『人事評価制度』に関する意識調査」(※)によると、62.3%の人が会社の評価制度に不満を持っていることがわかりました。不満の理由に、「評価基準が不明確」、「評価者の経験や価値観によって評価にばらつきがでる」、「評価へのフィードバックや説明がない」、といったものがあげられています。また、「勤務先の人事制度を見直すべきか」という質問に対しては、77.6%の方が「見直す必要がある」と考えていることがわかりました。その一方で、「自分が適切に評価を行えていると思いますか」という評価者への質問は、77.8%の方がYESと答えました。

まず、「半数以上の方が勤務先の会社の評価制度に不満を持っている」という結果には、人事担当者も人事部門以外の方も納得するのではないでしょうか。また、評価者によって評価にばらつきが出るというのも、会社員であれば一度は経験されたことがあると思います。

評価される側としての立場では評価に不満を持っている一方で、自分が評価する側になると「自分は部下に対して適正な評価をしている」と考えるのは、一見矛盾しているようですが、理解はできます。

誰でも、自分自身のことを「部下への評価能力がない」とは考えたくないものですし、もしも実際にそう考えているならば、管理職に向いていないと言われてしまうかもしれません。また、仮に「部下を適切に評価できていなかった」としても、それを上司である本人がチェックするのはとても難しいものです。評価に対する考え方は、評価者トレーニングで、ある程度の認識を合わせることはできます。しかし、管理職一人ひとりの評価能力のチェックまでを実施している企業は少ないのではないでしょうか。なぜなら、本当に適切に評価できているかどうかを判断するには、その上司と部下の関係や仕事内容までを細かく知る必要があり、非常に手間がかかるためです。

リリースしてもコントロールできない評価制度

このように同じ一人の人でも、評価される側は「十分に評価されていない」と不満を感じ、評価する側は「十分に評価できている」と考えています。そして評価する側が「きちんと評価できている」ということが前提となっていて、「評価がきちんとなされていない原因」を突き止めることなく評価が決められていきます。

一方で人事担当者は、明確な目的と想いを持って評価制度を設計しています。人事部門では、かなり真剣に「会社の戦略を達成するために評価制度はどうあるべきか」、「従業員のモチベーション向上や能力向上のためには評価制度をどう活用するべきか」を検討しています。時には数年にわたってこうした議論を繰り返し、やっと新たな評価制度をリリースするのです。その際には、きちんと説明会を実施して、管理職や社員にも「会社や人事部の想い」を伝えます。

しかし、どんなに想いが伝わったとしても、人事部が設計した通りに評価制度が運用されることはありません。評価制度は「報酬や出世に直結するもの」であり、管理職からすれば部下に対して「権力を発揮できる仕組み」でもあるため、どんな制度であっても常に悪用されてしまうのです。また、反対に真面目で「部下をきちんと評価したい」と考えている管理職も、正しい評価ができているとは限りません。なぜなら、上司自身の価値観や気分、評価エラーから、評価を誤ってしまうことはよくあることだからです。しかも「自分は部下に正しい評価ができている」と考えているため、良くも悪くも管理職が評価制度を歪めてしまっていると言っても過言ではありません。

こうした「人事部の想い」と「管理職の考え方や想い」のすれ違いから、評価制度への不満が生まれてしまいます。人の想いや考え方が介在しているからこそ、評価制度は運用が難しいのです。

「評価制度の最終手段」は存在しない?

最近では、段階評価を行わない「ノーレーティング」が流行っています。ノーレーティングでは、5段階評価の「5」や「3」のように評語を設定せず、上司が部下の報酬を決定します。これまでの評価制度では、年単位で目標達成度を評価してきましたが、ノーレーティングではリアルタイムにその場ですぐ部下への指導を行って、部下に行動の改善を促します。常にフィードバックを行うからこそ、部下も改善点への納得感が高まり、評語がなくても報酬が決まる理由に納得できるそうです。

しかし、評語をなくしたとしても、「最終的な評価の結果」としての報酬に満足できるかは疑問です。他者が評価する限り、評価から主観的な要素を排除するのは難しいのではないでしょうか。

最も納得感が高いのが「自己評価」です。他者の評価を参考に、自分自身で評価と報酬を決めれば、納得できる評価になるでしょう。実際に日本の企業でも、評価を廃止して、社員自身が自分の仕事に見合う報酬額を決める仕組みを導入している会社があります。

自分自身で評価を決め、最終的に評価に対する責任も負う。転職や副業などキャリアが多様化して、個人の力が強くなっていくこれからの時代には、「他の誰かが評価する制度」よりも、「自己責任で自分の評価を行う仕組み」の方が適しているのではないでしょうか。

ドラッカーが1950年代に提唱したMBOのように、評価制度はもともと、企業の中で従業員のモチベーションを高めるための仕組みとして生まれました。価値観が多様化する現代では、モチベーションが高まる要素も人それぞれになってきています。これまでの評価制度は、もう現代社会には適さない考え方になっていると言えます。自分の評価は自分で決める、あるいはグルメに例えるなら「食べログ」のように、純粋にその人の成果物の出来栄えを関係者で客観的に評価する。そんな評価制度が、これからの時代に合っているかもしれません。
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