「人生100年時代」を迎える日本では、終身雇用が当たり前だった社会から、1社にこだわらず転職することも当たり前となり、恒常的なスキルアップや知識のアップデートが必要となっている。そこで注目されているのが、学び直しという意味でよく使われる「リカレント教育」である。本記事では、「リカレント教育」の本来の意味やどのような取り組みなのか、「生涯学習」との違い、そして、実際に取り組んで切る企業や大学の事例を紹介する。
リカレント教育

「リカレント教育」の意味とは? 「生涯学習」とはどう違う?

「リカレント教育」とは、義務教育期間や大学で学んだ後に、「教育」と「就労」のサイクルを繰り返す「教育制度」のことを指す。スウェーデンの経済学者・レーンが提唱し、1970年代に経済協力開発機構(OECD)で取り上げられたことで、世界的に知られるようになった言葉だ。もともとの「リカレント(recurrent)」という単語の意味は、「反復」、「循環」であり、ビジネスシーンでは「回帰教育」や「循環教育」と訳される。社会人になってからも必要に応じて学び直すため、「学び直し教育」、「社会人の学び直し」とも呼ばれている。

●「リカレント教育」で学べる内容について

「リカレント教育」で学べる内容は多岐にわたり、主に自身の仕事に関連した専門知識を増やすために学び直すことが多いようだ。MBA・社会保険労務士といった「資格取得系科目」や、経営学・法律・会計などの「ビジネス系科目」、英語などの「外国語」、「ITリテラシー」「内部監査」など、スキルを高める目的がほとんどである。また、学習科目に限らず、観光業や農業など「地域に特化した科目」や、介護・福祉といった「社会的需要の高い科目」も学び直すことが可能だ。

●「リカレント教育」の対象者

義務教育や高校、専門学校・大学などで教育受けたのち「社会人」となった人、つまり学校教育を終えた人が対象である。現在、就労中の人のほかに、働いた経験がある人も含まれる。また、年齢制限もないため、「学び直したい」という意志があり、勤務先や家族の同意が得られれば、本人にとって良いタイミングでリカレント教育を受けることができる。近年では、ライフイベントによって離職した人や、定年退職後の人が、リカレント教育を受けてスキルアップし、再就職を目指すケースもあるようだ。

●「生涯学習」との違い

「リカレント教育」に似た言葉に、「生涯学習」がある。社会人を対象とした「リカレント教育」を「生涯学習講座」として開設している大学もあり、明確な区別がない場合もあるようだ。しかし実際には、「目的」と「内容」が違うため、注意が必要である。

「リカレント教育」の目的は「仕事に活かす」ことであるのに対し、「生涯学習」は「人生をより豊かにする」ことだ。また、内容も、「リカレント教育」では、修業中や修業後も働くことを前提として、仕事に活かせる知識に限定される。一方、「生涯学習」では、仕事に直結しなくても、趣味やスポーツ、ボランティアといった「生きがい」に通じる内容も含まれる。「生涯学習」に含まれる形態の1つが「リカレント教育」だといえよう。

「リカレント教育」の必要性や課題を解説

近年、「リカレント教育」が注目され、実施する企業が増えたことには主に3つの理由がある。

●技術革新や市場の急速な変化

近年の急激な技術革新が進んだことにより、従来の仕事の仕方やスキルでは通用しないという企業課題が浮上したことが背景の一つにある。AI技術やDXへの対応といった、技術革新・市場の変化に対応するために、必要な知識を獲得する手段として、働きながら教育を受けられ、反覆的に繰り返せる「リカレント教育」が注目を浴びるようになったといえる。

●雇用の流動化の加速

生涯にわたって1社に勤め続ける「終身雇用」が当たり前ではなくたった現在の日本では、転職活動をする人も多く、雇用の流動化が進んでいる。社内教育や実務で仕事に必要な知識は自然と身に付いたが、現在の流動化した雇用では、1社での勤続年数が短くなっているため、「社内教育だけでは必要な知識を習得できない」という課題がある。そのため、従来の社内教育に頼るのではなく、従業員が自ら学びの機会を探し、自分のキャリアパスに合わせて学ぶ手段として、リカレント教育が注目されるようになった。

●人生100年時代の到来

国内では長寿化によって「人生100年時代」ともいわれるようになり、定年退職前までの世代を労働人口とこれまで見なしていたが、今後は、男女問わず若者から高齢者まで働くことが求められている。仕事をする期間の長期化を見据え、「定年退職後の再雇用・再就職」や「ライフイベント後の仕事復帰」、「キャリアアップ」を目指すためには、新しい知識を身に付けることも重要となった。

注目を集めているリカレント教育だが、実際に日本で実践していくためには課題がある。ここでは大きく3つに分けて紹介したい。

(1)制度の未整備

日本の「リカレント教育」に関する公的な補助や支援制度、関係機関の連携は未整備な部分が多い。その上、情報も少なく、労働を中断して教育に参加することが難しいのが実情だ。欧米のような有給教育制度がある企業は、まだまだ少ない。

(2)費用

教育費用が増大した場合の行政からの支援や給付金が少なく、学習者の負担が大きくなるリスクも懸念される。

(3)教育機関が少ない

社会人が働きながら受講できる教育機関や生涯学習関連機関、カリキュラムもまだまだ不十分である。キャリアアップのためにリカレント教育を活用することは、ハードルが高い状況といえる。

「リカレント教育」のメリット

「リカレント教育」を実施することで、従業員と企業の双方にどのようなメリットがあるのだろうか。

【従業員にとってのメリット】

●スキルの向上
一度社会人になって就労してしまうと、なかなか新たに学び直す機会は得られない。しかし、近年の技術革新になり、専門性の高い知識ほど定期的なアップデートが必要になっている。企業にとっても、新人をゼロから教育するよりも、経験を積んだ人間が学び直すことで、よりコストパフォーマンスを高められるだろう。

●年収アップ
より高度かつ専門的な知識や技能を継続的に身に付けられるため、長期的に年収が向上することが期待できる。2018年度の経済産業省「年次経済財政報告」でも、年収の変化については、「年収に与える効果の推計結果をみると、自己啓発を実施した人と実施しなかった人の年収変化の差額は、1年後には有意な差はみられないが、2年後では約10万円、3年後では約16万円でそれぞれ有意な差がみられている」という結果が報告されている。

【企業にとってのメリット】

●生産性・業績の向上
従業員が、業務に関連する最新の知識や技能を身に付けることで、イノベーションを生み出し、企業の生産性向上が期待できるだろう。さらに、知識や技能を活かし、企業に還元することで、従業員の働きがいにもつながる。

気になる「リカレント教育」の給付金や助成金

「リカレント教育」を受けたいと思った際に利用できる給付金・補助金があるため、ここで紹介したい。

●教育訓練給付金

厚生労働省が行っている、労働者の主体的な能力開発に対する取り組みや、中長期的なキャリア形成を支援する制度で、雇用の安定や再就職の促進をはかることを目的としている。教育訓練の受講に支払った費用の一部が助成され、初めて専門実践教育訓練を受講する人で、受講開始時に45歳未満であるといった条件を満たし、訓練期間中に失業状態の場合は、「教育訓練支援給付金」の給付が受けられる。

●人材開発支援助成金

従業員の専門的な知識や技能習得のために計画的な職業訓練を実施した企業に対する助成制度。労働者の長期的な能力開発を促進するため、企業が負担した訓練経費や訓練期間中の賃金の一部が助成される。また、企業のニーズや支援制度の内容に合わせて、訓練そのものの費用を助成する「訓練コース」と、労働者が訓練のために長期休暇を取った場合に利用できる「休暇付与コース」がある。

・教育訓練休暇制度
事業主以外の実施する教育訓練や職業に関連する各種検定、コンサルティングを自発的に受けるために長期休暇が必要な場合に利用できる。ただし、当該教育訓練が業務命令によるものだったり、通常業務の一環だったりする場合は対象外である。助成額は30万円で、3年度前に比べて企業の生産性が6%以上伸びているといった「生産性要件」を満たす場合は36万円となる。

・長期教育訓練休暇制度
教育訓練休暇制度の中から2018年度に設置された制度。休暇取得開始日~1年間で120日以上の教育訓練休暇が取得できる。教育訓練の要件は、「教育訓練休暇制度」と同様で、助成額は20万円。「生産性要件」を満たす場合は24万円となる。

【関連リンク】
厚生労働省「教育訓練給付制度」

「リカレント教育」の事例を企業、大学別に紹介

では、実際に「リカレント教育」に注力している企業と大学の事例を紹介しよう。

【企業】

●サイボウズ
対象:35歳以下の社員
内容:2012年から、退職後6年間であれば復帰が可能な「育自分休暇制度」をスタート。転職・留学など、自身の環境を変えて成長を目指す社員に配慮し、会社を離れて新たな知識・スキルを獲得した人が退職後も復帰しやすい環境をつくり、組織力を高める狙いもある。

●ベネッセi-キャリア
対象:就職活動前の学生、就職活動期の学生
内容:アセスメントの実施と結果データの活用(アセスメントデータの活用の主な目的は対象者によって異なる)。学生から新社会人を対象に、特に大学と連携して社会で必要とされる力を伸ばして就職後のキャリア形成のための支援サービスを提供している。

就学中の学生には、社会で必要とされる能力を伸ばすことを、就活中の学生には、エントリーシートの作成支援や就職試験対策のほか、キャリアデザインのためのテキストなど幅広い支援をおこなっている。また、「問題解決力育成」や「教学改革コンサルティング」、「入社後の新卒社員の育成計画」など、幅広く展開しているのが特徴だ。

【大学】

●明治大学
概要:生涯学習の拠点として「明治大学リバティアカデミー」を設置。明治大学の知的財産を地域社会に還元することを目的とし、駿河・和泉・生田・中野の各キャンパスと、黒川農場の5つの場所で年間400を超える講座を開設しており、約2万人が受講している。

講座内容:ビジネスや語学、資格取得などのほか、「考古学学習講座」や「世界の民族音楽に触れ合う講座」など、興味関心を伸ばすことができるプログラムもあるのが特徴だ。法人優待制度があり、企業の人材育成の一環として、従業員のスキルアップに活かすことも可能だ(講座は、3,000円の会員になることで受講できる)。

●日本女子大学
概要:文部科学省の2007年度「社会人の学び直しニーズ対応教育事業委託」に採用された「キャリアブレーク中の女子大学卒業生のためのリカレント教育・再就職あっせんシステム」を前身とし、2010年から同省の委託を離れ、大学独自で運営している。社会の変化に適応するために、大学卒業後も学べる場所を提供する「日本初のリカレント教育課程」である。学習成果を活かした再就職支援もが手厚いため、高い就職率を誇っている。

講座内容:「リカレント教育過程」で、1年間を通して語学や社会保険労務士の資格取得など女性のキャリアアップに役立つカリキュラムを学ぶことができる。
現在、文部科学省や地方自治体では、生涯学習審議会や生涯学習センターなどを設置し、「生涯学習社会」の実現に向けて動いている流れがある。従業員が知識のアップデートを恒常的に行うことで、組織の成長も促すことができるため、今後、従業員が「リカレント教育」を受けやすいよう環境を整備してみてはいかがだろうか。
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