新入社員の離職率は3年で3割と言われるが、まったく辞めない会社もある。全社の離職率が0.9%というアサヒビールだ。会社が好きでたまらない社員がたくさんいるようだ。

 なぜ辞めないのか? どんな人事施策が実行されているのか? そしてその施策は他社でも実行できるのか? 開業したばかりの東京スカイツリーから徒歩10分足らずのアサヒビール本社を訪ね、林雅子人事部キャリア開発・ダイバーシティ推進担当部長に聞いた。

――2009年12月の「長期ビジョン2015」で、売上高海外比率6%を2015年までに20%から30%に引き上げると発表されました。この海外戦略の背景と、グローバル化に伴う人事戦略を教えてください。

日本では人口が縮小し、少子高齢化が進んでいく。飲酒人口が減るのだから、ビールメーカーが成長するためには、海外ビール市場への進出と、ビール以外のマーケットを開拓するしか道はない。したがってアサヒビールの人事戦略は、一人ひとりの社員をグローバル化と新規市場の開拓に対応する人材として育成することが基本になる。ただ現在のアサヒグループの売上は、ビールが6割強と大きく、2割が飲料、残りが食品と海外での売上だ。グローバル化が急がれる。

 従来、当社の社員は体育会系で、一致団結力があると評価されることが多かったが、悪く言えば金太郎飴的で画一的とも言える。いま当社が目指すのは、金太郎ではなく桃太郎モデルだ。犬・猿・キジという異なる個性と違う能力を持つ人材がそろい、そのような多様な部下を統率する桃太郎がいるというイメージだ。

――アサヒビールでは管理職という名称を廃止し、プロデューサー制を導入されていると聞きました。

従来の管理職の職務は、部下の仕事を管理することだった。しかし1990年代に入ってから、管理職の役割は変わり、部下と自分の仕事のプロデュースになった。そこで当社では1998年にプロデューサー制を導入した。プロデューサーは4つの等級に分かれており、役割等級がⅠからⅣに上がるにつれて、束ねる組織が大きくなる。

――ダイバーシティに関する取り組みについて教えてください。

アサヒビールに「女性活躍推進担当」部署ができ、わたしが責任者に就任したのは2008年9月だった。そして2009年に女性の活躍支援とダイバーシティの推進するプロジェクトや施策を提言し、2010年から実行に移している。

 仕事と家庭の両立支援制度は数え切れないほどある。「ショートタイム勤務制度」は中学校就学前の育児を支援するもので、1日最大2時間分の就業時間を短縮できる。他社にも類似の制度はあるが、当社は対象となる社員の子どもが3歳未満の期間は就業免除した時間も有給だ。また子どもが小学校を卒業するまで、この制度を使うことができる。

 子ども1人当たり年間10日間の「子育て休暇制度」もあり、これも子どもが3歳未満は5日間までは有給で、小学生の間は使うこともできる。子どもが2人なら年間20日間の休暇を取ることができる。他社でも類似の制度はあるだろうが、アサヒビールの女性支援は法令で定める水準にとらわれず、独自に決めている。

 もちろん育児に専念してもいい。「育児休業制度」の休業期間は2年間だが、復帰率はほぼ100%だ。また「ウェルカムバック制度」があり、結婚・妊娠・出産・育児・家族の看護介護・配偶者の転勤などの理由で退職した場合、規定の条件が満たされていれば再雇用を認めている。

 この他に「スキルアップ休職制度」がある。大学・大学院通学、語学力向上のための留学・通学、配偶者の海外転勤に伴う同行による研鑽など、自らのスキルアップのために利用できる3年を上限とする休職制度だ。

――新卒採用の3~4割が女性と聞きました。いつ頃から女性採用に取り組んでいますか?

1989年に女性総合職の採用を始めた。1990年と1991年には大量採用している。1995年には総合職という制度自体をやめ、転勤ありのナショナルコースとエリア限定コースに分けて採用するようにした。

――アサヒビールにはブラザー/シスター制度というユニークな制度かあると聞きました。導入した時期と内容について教えてください。

ブラザー/シスター制度を導入した時期は、はっきりしない。わたしが入社した1991年の頃にはすでにあった。もしかすると相当な歴史を持ち、アサヒビールの社風に影響してきた制度かもしれない。

 内容は名称の通りだ。新入社員一人ひとりに1名のブラザーやシスターがついて、日常業務、社会人としてのマナー、プライベートなメンタルケアと、ありとあらゆる面倒をみる。今年の新入社員53名なので、ブラザー/シスターも53名いる。

 ブラザー/シスター制度の歴史は長いが、運用は少しずつ変わってきており、現在は公募を行い、手を上げてもらっている。手上げした社員には研修してブラザー/シスターになってもらっている。

 期間は半年だ。アサヒビールの新入社員は、入社後2週間の集合研修後に、技術系は営業に、文系は工場に行き、4月末に仮配属になる。そして仮配属先でOJTを受け、9月に本配属になる。その間の半年間にブラザー/シスターが新入社員の面倒をみる。

 9月に制度としてのブラザー/シスターは終了するが、一度できたお兄さん、お姉さんの関係がなくなるわけではなく、絆はずっと続いていく。

――定年後のOB社員をキャリアアドバイザーとして活用されていると聞きました。

今年度にキャリアアドバイザーとして活躍するOB社員は2名だ。入社2年目と3年目の社員全員に対して1人1時間の面談を行う。昨年、一昨年の採用数は今年よりも多く、現在の2年目社員と3年目社員は100名ずつくらいで、対象者数は200名になる。面談を行う期間は6月から12月にかけてで、上司とも面談する。

 そして面談結果を1人1枚のレポートにまとめて報告してもらっている。若手社員にとっては話すことで自分自身を整理することができるので評判がいい。上司も「ためになった」と言っており好評だ。

――年間離職率0.9%は信じられないほど低い数字です。こんな数字になっている理由は制度でしょうか?

制度も関係しているかもしれないが、社員の気質や社風の影響が大きいだろう。もともとアサヒビールを志望する学生は、お酒を飲むことと話すことが好きな人がほとんどだ。そしてしょっちゅう社内の仲間とコミュニケーションしている。

 会社が好きでたまらないという愛社精神も強い。そもそも辞める社員がいないので、辞めるという発想自体を持たないのかもしれない。

――グローバル人材育成策についてお聞きします。具体的なプログラムを教えてください。

国内業務で育った社員をグローバル化するために、2010年からGCP(Global Challenges Program)をスタートさせた。これは1回に10名程度の社員を公募して、アジア、オーストラリアなどに半年間派遣するもので、現地のマーケットリサーチを行うプログラムだ。

 2010年、2011年と2回実施し、約20名が半年間の海外体験で育っている。帰国後に経営層にプレゼンするが、半年間の経験で顔つきが変わっている。GCP経験社員はほぼ国際業務に就いてもらっている。

――海外の異文化を知ることや語学もグローバル化に欠かせないと思います。施策をお聞かせください。

2010年度からCASECという英語のWebテストを導入、実施している。プロデューサーは全員、一般社員は希望者に対しテストしている。一般社員がプロデューサーになる際にもCASECの受験は必須だ。ただし何点以上という基準を設けているわけではなく、英語力のレベルを知るために導入している。
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