近年、企業と従業員の関係を表す指標の一つ「従業員エンゲージメント」が注目されている。「従業員エンゲージメント」とは「組織の成功に貢献することに対する従業員のモチベーションの高さ」、一言でいえば「「組織と従業員の一体化レベル」のことだ。アメリカではGMやコダックといった従業員満足度が高い企業が経営破綻し、企業の指標は従業員満足度から従業員エンゲージメントへと転換しつつある。
第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
また、時代は既に、IoT、ビッグデータ、人口知能などの新たな技術がもたらす「インダストリー4.0(第4次産業革命)」に突入した。激変する環境に対応する力を企業がもつためには、従業員との一体化をはかる従業員エンゲージメントが欠かせない。では、従業員エンゲージメントを高めるために、企業は何にどう取り組めばいいのだろうか。前回に引き続き、「従業員エンゲージメント」の実態に詳しい一橋大学商学研究科教授の守島基博氏と、現在コグニティブ・コンピューティング※を活用した人材系ソリューション「Kenexa(ケネクサ)」を担当する河野英太郎氏に伺った。

※膨大な情報の中から必要な情報を見つけ出し、解析・評価し、予測を提示することで、人間の「意思決定をサポート」するテクノロジー。IBMが開発した自然言語を理解するシステム「ワトソン(Watson)」もコグニティブ・コンピューティングを活用したものである。

従業員のエンゲージメントで重要なのは定点観測と自社のポジショニング

第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
河野 今回のテーマは従業員のエンゲージメントということで、まず私の方から、よく聞くお客様の声をシェアさせて頂きます。まず多いのは、「もうES(Employee Satisfaction=従業員満足度)はやっている」という声です。そこでお話するのは、エンゲージメントとESは違うということです。エンゲージメントは価値観や方向性の一致であり、会社がその人を雇っていること、その人が会社で仕事をすることに、相互に意義を見出しているということなのです。

守島 私は、働く人から見ると、エンゲージメントは3つの要素から構成されていると考えます。1つはベースとなる従業員満足度。2つ目はこの会社は自分に合っている、それも会社の価値観や大切にするものが自分のそれとあっているということ。3番目は仕事にやりがいを見出していることです。この3つをどうやってつくっていくかが会社にとって重要です。会社視点では、会社の価値観や方針に賛同する人だけに残って欲しい、わが社が提供する仕事に積極的に関与してくれる人が重要だ、というメッセージを伝える意味もエンゲージメントにはあると思っています。

河野 自社の方針がきちんとあって、それを発信できることが重要だということですね。
第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
守島 どんな企業にもビジョンや理念と、その具現化としての仕事のやり方や職務行動、その2つがあるのです。従業員目線で言えば、前者は頭でわかっている会社の理想、後者はそれが自分の日常の仕事や職務行動にどうかかわってくるかの理解だといってもよいでしょう。日本で問題なのはそれが分離していること。そのリンクを人事がどう付けてあげるかが重要で、「実はこの社是はこういう意味なので、あなたの仕事では、こういう風に読み替えて下さい」というサポートが大切だと思います。つまり、会社への理念やビジョンを、一人ひとりの仕事の内容として理解するための手助けです。

河野 加えて、ESやエンゲージメントを調査しても、やりっぱなしになってしまいがちな点も課題です。3年前とか4年前にやったけれども、その結果をあまり役立てることができず、次の投資に踏み切れないお客様が大勢います。

守島 単発的にやってしまうんですね。 ES調査などは、本当はどこかに絶対値があるわけではなく、その会社の状態を知るために継続的にやらないといけないのですが、多くの企業が一回きりだったり、数年に一回行って数値を見て一喜一憂している。重要なのは、傾向を知り、ベンチマークする他社との比較を行うことです。また、下がる傾向にある、またはベンチマーク企業より低いという結果が出たら、放置するのではなく、ちゃんと対策を取らねばならないのです。

河野 そのためにも大切なのは定点観測するシステムをつくることです。人間ドックに行っても、フォローしなければ意味がありませんからね。当社には「IBM Kenexa Survey Enterprise」というクラウド型のエンゲージメント調査があるのですが、このツールのいいところは、調査結果をベースに、アクションプランを作成できるところです。コミュニケーションの機会や研修の回数を増やすようなプランを提案してくれるのです。

先進国で一番エンゲージメントの低い国、日本

第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
守島 エンゲージメントや ES調査について、日本の企業でよく聞く要望は、他組織との比較です。他社比較・他部署比較がわかると、ものすごく反応しますね。

河野 同感です。 Kenexaにはグローバルな同業他社や同規模の企業のベンチマーク機能があります。質問のサンプルが非常に多いのが特徴で、直近 3年では世界で積算すると 8億を超える質問結果の蓄積があります。もちろん、自社オリジナルの質問で独自に観測をしていくのも価値のあることですが、同業・同規模の他社と比較できるというのは大きなメリットだと思います。

守島 でも最近、私がより重要だと思っているベンチマークは自社です。つまり、社内比較なんですね。業界の中でどこが競合かというのは、最近、わからなくなっているじゃないですか。

河野 確かに、 Eコマース中心に事業を行っていた企業がIT事業を拡大させたりしますね。IBM自身も近年マーケティング分野に注力しており、IT企業だけでなく広告代理店が競合になっているというようなことが起こっています。

守島 そういう業界とか競合に対する認識自体を問い直す必要があります。そして、競合との比較はもちろん大切ですが、それ以上に、経営者はエンゲージメントという面で見た、自社の強みと弱みを明確に把握し、社員に伝えることが重要です。つまり、自社のあるべき姿から見て強くあるべきところが強いかどうかの認識の擦り合わせです。また弱いところはないか。さらに、現在の状態はこうで、目下こういう変化が起こりつつあるということを認識しておくことは重要です。

河野 日本でエンゲージメント調査をやると、先進国の中で一番低いという結果が出るのです。それは「不満はあっても会社を辞めない」という日本人特有のメンタリティに関係している。そこを流動化して選択肢を増やし、会社と従業員がハッピーな関係を築けばエンゲージメントも上がっていくと思うんですね。

守島 そうかもしれません。IT企業のサイボウズがやっているのですが、あなたの価値は他の企業へ行くとこのぐらいだよとお金で見せてあげるんですね。そうなると自分の価値を社内だけで判断するのを止めて、労働市場で生き残れるかどうかという視点で見ていくようになるんですね。そして他社へ移る自分というのが真実性を帯びるようになり、今、自社で得ているものを再評価するようになり、結果として自分と会社の関係を見つめなおす機会になる。当然、結果として社員を大切にしている企業ではエンゲージメントも上がります。
こういう会社がどんどん増えてくれば面白いですよね。また大抵の会社は副業禁止じゃないですか。ですが、副業すると自分のところや自分の仕事がよく見えてくるんですよ。

河野 以前、塩崎厚生労働大臣の懇談会の公開資料に「副業禁止を禁止するべきだ」という主張がありました。今のように業態の境目がわからなくなった時には、いろんなことができる人を集めた方がいい。多様で魅力のある人を惹きつけて、その人をエンゲージさせるということが、これからの人事のキーワードになってくると思うのです。これは経済産業省の資料なのですが、第4次産業革命後には、まさにクリエイティブな人が求められているんだと。そうなった時に、そういう人たちを手繰り寄せて、エンゲージメントを高めていくことが、経営者にとっての最重要課題になるのではないでしょうか。

「テッセイ」は仕事をエキサイティングに変えた典型例

守島 私は、エンゲージメントの基盤は、やはり仕事がエキサイティングかどうかだと思うんですよ。個人の立場から言うと、いかにエキサイティングな仕事ができるかがエンゲージメントなんですね。その機会を企業がどこまで提供できるかどうかだと。でもそれは、必ずしも華やかな仕事だけを意味するのではないんです。例えば、テッセイというJR東日本の新幹線を掃除している会社は、演出の仕方を変えることによって、3Kの清掃業務がものすごくエキサイティングな仕事に変わった典型です。

河野 ええ、ハーバード・ビジネス・スクールですごく人気のあるケースだそうです。士気の低かった清掃会社に、ある取締役がリーダーとして赴任してきて、孫からカッコいいと言われるような仕事に変えていった。ケースには映像もあるらしいのですが、仕事がものすごく早くて、ハーバード大学の学生はその映像を見て、早回しかと思ったらしいですよ。

守島 重要なのは、劇場型にしていることです。ホームにいる人たちは、全員が窓ガラスを通して清掃している姿を見ている。つまり、新幹線の定時運行や顧客満足にとって、清掃業務がすごいバリューをもっているにも関わらず、今までのリーダーは気づかなかった。それを新リーダーが「あなた方は本当に重要な仕事をしていて、お客様にとって不可欠なサービスを提供している人なんだ」と語りかけた。

河野 本当に鳥肌が立つ話ですね。当社のデータを見ると、エンゲージメントが高まれば離職率が低くなるだけでなく、収益も上がっていくという結果がでています。

守島 エンゲージメントが高い企業というのは、極端な言い方をすると、戦略が必要ない企業です。上から戦略がおりて来ないときに、現場が、ビジョンやバリューのようなものをどう体現していくかを自分たちで考えて、実行に移していく。それにトップからの戦略が加わると、企業として素晴らしい状態になります。ヤマト運輸が優れているのは、自分の会社をよくしていきたい、お客様の喜ぶことをしたいという想いを現場に広く浸透させて、店舗のマネジャーからアルバイトまで、同じ思いをもつ仕組みをつくったからです。

組織診断を可能にする「IBM Kenexa Employee Voice」

河野 今のような話はどの企業にも当てはまると思います。最近よく問題になるコンプライアンス違反も、エンゲージメントが高い組織だと起きにくいという話をさせていただいています。

守島 ある食品会社がかなり前に衛生面での不祥事を起こしたのですが、それを指摘したのは、長年勤めていたパートの女性たちでした。彼女たちにとって、その仕事は生活の糧であり、生活の一部なのです。またパート仲間との連帯感も強い。結果として仕事に強いエンゲージメントを持っていた。一見周辺だと思われる人材でもエンゲージメントが高いと、ちゃんとコンプライアンス違反のようなものを見つけて、報告してくれる。重要なのはそういう組織をつくることなんですね。
第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
河野 そうした組織をつくるためには、まず現場の状態を把握する必要がありますよね。ところが、日本の人事の多くは 3年に 1度とか、ビッグイベントとして人事戦略を策定したり、大規模な調査を実施したりはしても、定期的なフォローはしていないように思います。「 IBM Kenexa EmployeeVoice」というソリューションがあるのですが、これは人事担当者や、現場のマネージャーが社員の声を高頻度で聞き取り、その内容の分析で得られた洞察に基づいて即時に行動を起こして、社員エンゲージメントと業績を改善できるように支援するツールです。これを利用すれば、調査の規模を縮小して頻度を上げていき、細部にわたる組織診断をしていくことが可能になります。すると、たまに会っても久しぶりという感じがしないという関係が構築できる。日本ではこれからエンゲージメント強化に着手しようという企業が多いので、いきなりそちらに飛ぶのは極端かもしれませんが。

守島 いや、逆にそちらの方が入りやすいと思いますよ。全社をあげてのイベントって、従業員から見ると、会社が勝手にやっている感じがするんです。それよりも、自分のパソコンモニターにアイコンが現れて、嫌なことがあったら気軽に言える方がハードルも低いし、やりやすいですよ。

河野 そうかもしれないですね。ITを使えば、気軽に時間をかけずに人間関係を構築することも可能ですから。会社から見ていますよというメッセージが伝われば、入社して3年で辞めるという話にはならないと思うのです。
第2回 従業員エンゲージメントをどう高めるか
守島 考えてみると、日本企業の中で従業員から見て一番欠けている部分は、その「会社がちゃんと見ててくれる」という感覚だと思うのです。人事上私はそれを「隠れた貢献者への眼差し」と呼んでいるんですけどね。実は会社って、構成する一人一人がいろいろな貢献をしているのです。その貢献を評価して、自分は重要だという意識を持たせてあげられるかが大切で、その仕組みややり方が非常に重要になってきていると思います。
富士フイルムという会社は15年前はフィルムの会社で、営業が150%目標を達成するほど業績がよかった。ところが、時代の変化で事業の柱であるフィルム事業がほとんどなくなってしまった。多くの人たちが、それまでと違う仕事に移る必要性に迫られた時に、それを可能にしたのが、従業員一人一人が会社から大切にされているという想いを抱いていたことだったのです。結果として多くの人が会社にために自分が頑張ろうと思って変革に協力した。ある意味では、それが日本型のエンゲージメントだと思います。
もう一つ言っておきたいのは、エンゲージメントというのは、時間をかけなくていいんですよ。コミットメントとか愛社精神とかは時間をかけなければつくれませんが、エンゲージメントというのは本人の意思や意図が入りますから、優秀な人であればあるほど、自分がエンゲージしたい企業かどうかは、短期間で決めてしまうものなんです。

自然言語を理解するワトソンが人間の意思決定を支援

河野 時間の短縮という観点から言えば、Kenexaは多言語であっても、何十万件のデータでも、「リーダー」とか「オーガニゼーション」などのキーワードから調査の結果を深掘りして短時間で分析できます。そうすると、組織の隠れた強味や問題点が解析できたりもするのです。まだ、自然言語で分析命令できるので、データ分析の専門知識がなくても分析できます。

守島 社会調査などでも同じで、今までは自由記述欄というのは捨てていたんですよ。ところが、ワトソンみたいな自然言語を理解して、人間の意思決定を支援できるコグニティブ・テクノロジーを活用すると、自由記述欄の内容を解釈して、「こういう可能性もあるんじゃないか」「今までの経験値から、背後にはこういうことが起こっているのではないだろうか」などと仮説の提言までしてくれる。すると人間はその中から選んで、検証ができるようになるんですね。

河野 リーダーシップの世界でも、定期的にエンゲージメントを達成していくリーダーというのは、どういう要素があるのか、テクノロジーを使えば解析できます。それが把握できれば、こういうリーダーをここから採用してこようとか、次のアクションにつなげることができるのです。

守島 人の面から見た社史ができる可能性もありますね。かなり詳細に踏み込んだ会社の歴史であるとか、過去の5年間の在り方みたいなものと、イベントと紐付けられていくと、例えば事故や不祥事や業績低迷が起きたときに、従業員にこういう反応が起こりやすいんだということがわかってくる。そうすれば、予防的な措置もとれると思うんですよ。いわばワーキングナレッジとしての社史ですね。それをテクノロジーを活用してつくることができれば、経営の在り方、人事の役割も進化していくのではないでしょうか。

河野 同感です。これからの企業のエンゲージメントケアは、テクノロジーを活用した「高頻度のセンス&コミュニケーション」「即時対応」「コグニティブ」で行っていくことで実現できると考えています。
本日はありがとうございました。
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