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歴史考察から読み解く人事マネジメント(3)

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2015年05月14日

ミドルマネジャー不遇の時代

前回の「歴史考察から読み解く人事マネジメント(2)」では、日本の企業経営が10年単位で小刻みに移り変わる様をみてきた(前回記事はこちら)。経営や組織・制度が変化する過程において最も大きな影響を受けてきたのは、ミドルマネジャーであった。そこで今回は、ミドルマネジャーがなぜ弱体化したのか、どのようにして克服していくべきなのかについて、「配る」マネジメントという新しい考え方に沿ってご紹介していきたいと思う。

現在と長期デフレを迎える前の1990年以前とを比較してみると、ミドルマネジャーを取り巻く環境と、そこで求められるミドルマネジャーの役割は大きく変わったことがわかる。かつては「日本企業の強さの根源は、ミドルマネジャーの強さ」といわれた。現場を仕切り、成果を上げた自信に満ち溢れ、頑張ればどんどん出世していく一本道が見えていた。しかし右肩上がりの時代が終わり、厳しい経営環境の中に立たされた企業は、結果的に組織の中核にあるミドルマネジャーに過大な期待とプレッシャーを与えてしまった。

当面の業績を追求させる一方で、中期的な戦略の立案や変革を促す役割を期待した。さらに、経費削減を求める一方で、CS(顧客満足度)やES(従業員満足度)の向上を期待した。組織内では他部門との連携を推進する役割を求め、部下を育成することを期待した。いわば短期と中期、組織と個人、拡大と削減といった、両立させることが困難な二律背反の役割を求めたのである。

そこに1990年以降、組織フラット化と成果主義人事が同時に導入され、米国とは異なる日本企業の特殊性による副作用で、組織は部分最適化し、個人主義化が進み、ミドルマネジャーに求められる役割を実現することが難しくなった。それは大きな圧力でしかなくなり、ミドルマネジャーはみるみるうちに機能不全に陥ってしまった。

図1
 
事例に見るミドルマネジャー機能不全の要因

ミドルマネジャーが機能不全に陥った要因として、上述したようなマネジャーに求められる役割の変化に加え、求められるマネジメントのあり方の変化も大きい。この点について、私がかつてご支援したある監査法人での事例をもとに見ていこう。

当時、エンロン事件による不正監査の影響により、国内でも監査の厳格化が推し進められていた。その流れの中で、同監査法人では女性の公認会計士を管理職層に引き上げて、より公正な監査を実現する施策が決まった。私は、女性管理職候補者層にリーダーシップを学ばせて、スムーズに登用できるようにしたい、とのご要望をいただき、女性リーダー研修を企画、実施することとなった。

事前に対象となる女性候補者にインタビューをおこない、どのようなマネジャー像を抱いているのかを確認した際に、ほとんどの候補者がマネジャー像に対して、優れた実績をもち、プロジェクトを強く率いる率先垂範型、指示命令型のイメージを語った。確かにこれまでの監査法人の幹部層にはそのようなタイプの方が多いことは、別のインタビューからわかっていた。私はそれまで、監査法人は有資格者集団であるため、男女平等であろうと思い込んでいたが、実は意外にも男性優位の組織であることもわかった。したがって女性管理職のロールモデルも少なく、前述のようなマネジャー像を抱いていたのであろう。

そこで、この監査法人で実施したリーダー研修では、厳格監査に求められるマネジャー像は、特定のプロジェクトマネジャーに偏った監査をおこなうことのない、公正にチェックし合うプロジェクトを率いる権限委譲型、協働推進型であることを私は強調した。多くの参加者から「目からウロコだった」、「これなら自分でも管理職としてやっていけると確信した」といった声が聞かれた。この監査法人は、その後、管理職を志願する女性が増え、多くの女性幹部を登用できている。

「配る」マネジメントという、古くて新しいマネジメントの出現

権限委譲型、協働推進型のマネジャー像とは、具体的にどのようなマネジャーなのか。書籍「プロフェッショナルマネジャーの仕事はたった一つ」(慶應義塾大学ビジネススクール高木晴夫教授・著)にある、「配る」マネジメントには、それが分かりやすく集約されている。

同書によると、今の時代、優れたマネジャーとは、決して類まれなる人間的魅力、圧倒的な実務の専門能力をもっているわけではなく、マネジメントにもっとも大切なひとつのことを実践しているという。

図2

その主旨とは、マネジメントとは人を動かし目標を達成すること。その人を動かす方法が「配る」マネジメントである。部下に対してヒト・モノ・カネ・情報を配ることであり、たとえば情報に関しては、主に5つの大切な情報(状況情報、方向性情報、評価に対する情報、個別業務情報、気持ち情報)を「配る」ことである。あるいは大事なことは自らが情報を獲りにいくことである。情報は量より質が大事であり、したがってより質の高い情報を持つ上層部にマネジャーが獲りにいって「配る」のである。考え方は極めてシンプルで当たり前のことであるが、昨今の複雑で正解のない企業経営に照らしてみた場合、この重要性が腹に落ちる。
図3

現在、アベノミクスの施策で、女性活躍推進のひとつに女性管理職比率の引き上げが掲げられているが、実際には女性自身が管理職に登用されることを躊躇するケースが多く見られる。しかし、今の時代に求められるマネジャー像が大きく変化している。前述の監査法人での事例のように、これからのマネジャーの在り方について改めて認識し直すことで、女性管理職ももっと増えていくのではないだろうか。

※この記事はインテリジェンスHITO総合研究所WEBサイトからの転載です。メルマガも配信中

 
<執筆者紹介>
佐々木 聡(株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 エグゼクティブコンサルタント)
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株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、ウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社にてマネジメントコースの開発にコンサルタントとして従事。自動車会社、メガバンク、通信会社などリーダーの選抜・育成を中心としたプロジェクトをリードする。その後、株式会社ヘイ コンサルティング グループにおいて人材開発領域ビジネスの事業責任者。2013年7月より現職。

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