景気回復に伴い、多くの日本企業が新卒採用の枠を増やしている。日本経済新聞の調査によると、2015年春の採用計画は、円高の修正による企業業績の回復を背景に、製造業の大卒採用が14年春に比べ13.4%増と、3年ぶりの2桁の伸びとなり、非製造業も小売りや金融の伸び率が高く、大卒全体で15.2%増と、リーマン・ショック前の07年の水準に迫ってきているという。日経新聞の調査によると、2007年当時は昨対比13.5%増で、当時4年連続2桁増で、バブル期の5年連続に迫る勢いがあった。要はバブル期に近い新卒採用の伸び率と言える。
新卒育成の曲がり角

リストラ等の効率化施策や、新興国の市場参入等、グローバル化対応が効を奏しつつあり、多くの日本企業は新たな競争・成長ステージで勝負をする段階にきている。当然欲しい人材像は変わるわけで、実際のコンサルティングの現場でも、強気な採用計画や、逆に思うように採用できないという声を聞くことが多くなってきている。

 しかし、新卒受け入れにあたり、多くの組織で新たな課題が浮上してきている。それは、「OJTをできる人材が育ってきていない」ということだ。もともとチームワーク等と並び、OJTは日本企業の人材マネジメントのお家芸と言われた強みであったはず。何故そのような現象が起きているのだろうか?

 原因は2つ。一つにはバブル崩壊後の「失われた10年」の間、新卒の採用を控えたことにある。長年新卒の配属がなかったため、いつまでも部下や後輩を持つことがなく、物理的にOJT担当の経験を積むことができなかったOJT経験不足の階層が発生したのだ。OJT担当者と新卒者の間にジェネレーションギャップを感じる位に年齢が離れてしまったこともその現象に拍車をかけている。OJTリーダーは「就職氷河期」入社、近年の新卒は「勝ち組・負け組」時代の入社等、世代間で背景やメンタリティーが大きく異なっている。

 この原因の打ち手についてはどう考えるか。どうすれば新卒者のOJTが機能するようになるか?

 解決の処方箋は大きく3つに分かれる。まずはOJT担当者にOJTの基本スキルをきちんと伝授することである。過去のOJTは現場中心で機能してきたため、今でもOJTは現場任せで自然に機能すると考えているケースが多い。人事はその認識を改め、OJT担当者にきちんと基本を教え込み、実践できるレベルまで鍛え上げることが最低限必要となる。

 2つめは、OJT担当者に向けて「OJTを支援する」仕組みを取り入れることだ。以前はOJT担当者の上に年次が少し上の先輩社員が多数おり、新卒者とOJT担当者を見守りつつ、必要に応じて適宜アドバイスと指導を実施していた。しかし、現在はその先輩層がいないことも多い。よってOJT担当者のフォローを現場任せにせず、組織の公的な仕組みの中で、そのOJT担当者を支援する仕組みを上手く取り入れることが重要となる。例えば、先輩社員からOJTを実施した時のポイントをヒヤリングしてポイント集を作成したり、コーチやメンターをOJT担当者につけたり、新卒育成をOJT担当者全体のプロジェクトとして立ち上げて、適宜進捗報告や悩み、上手くいっている事を相談したり、場合によっては先輩社員や外部講師を招きながら相談に乗ってもらったりする等の工夫があるだろう。

 3つめは、純粋なOJTとは色合いが異なるが、新卒社員の早期戦力化を狙い、OJT担当者以上の階層の社員をOJTに参画させる施策が挙げられる。例えば、新卒社員に組織横断的なプロジェクトを担当させ、その指導を組織長・人事・先輩社員が担当するなどして、組織の枠を超えて新卒育成を支援するのである。

 この取り組みを更に拡大し、管理職、先輩社員、新卒社員のプロジェクトメンバー全員で課題に対する仮説を立て、実際の職場の実践を踏まえてその仮説を検証し、新たな学びや気づきがあれば他の組織を含めて共有化をはかるといった「学習する組織」作りにつなげているケースも見られる。外部環境の変化に伴い、過去のノウハウや仕事の進め方が陳腐化するスピードも速くなり、OJTで伝えられる事には限界が出てきている。先輩社員等だけでは中々新鮮な目で今までの仕事の仕方や思考特性を見直すことは難しいため、ひとつの視点として新卒社員の視点を活用するとともに、一緒に課題解決を実施することにより通常のOJTの枠を超えた経験をさせ、新卒者を鍛えるのである。

 そして課題のもう一つの原因。これは近い将来海外で活躍してもらいたい人材を日本人以外の枠で採用しようとすると、教える人が日本語しか話せないので、日本語が話せる海外留学生等、かなり絞られた枠になってしまうことである。この問題は深刻で世界から優秀な学生を集め、日本の大学院でMBA等の学位を取れる試みは強まっているが、この場合の授業は英語中心となるケースが大半だ。よって、多少の日本語で会話はできても、世界では英語がビジネスの公用語になっているし、MBA等の学位をとったので日本企業でそれに応じたポジションで働きたいと願うのだが、日本語がネイティブでなく、MBA等の学位があっても普通の新卒・院卒のポジションしか用意できず折り合わない現状が起きてきている。

 日本企業が従来の日本的人事の枠を取り払えないことと、教える人が日本語しか話せないとなると、せっかく優秀な海外の学生を招き、本人達も日本で働く希望を持つにもかかわらず折り合わないために、結局日本国外で就職してしまう構造になっている。しかし、手を拱いている企業だけではない。優秀だけどお金がない新興国の学生に奨学金を出して日本の大学で勉強させる支援をした結果、基金を創設した企業へ優秀で日本語がネイティブレベルまで鍛えられた人材が感謝の意味を込めて入社している等、新たな取り組みもちらほら見えてきている。

 このように、日本人の新人のOJTだけでなく、グローバルで戦う人材を新卒から育てるとなると、今までとは違う視点からの人材マネジメントが求められてきている。いわば新卒&年次管理の人材マネジメントが「曲がり角」に来ていることは明白である。様々な模索の中から人材マネジメントが「再考」され、新たな方向をどう打ち出すか。来年の桜が咲く頃には、新しい新卒育成の風景が見えることを期待したい。


HR総研 客員研究員 松本利明
(人事コンサルタント)

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