ある朝、社長が出社すると、郵便受けに一言「辞めます」と書かれた一通の退職届が投函されていた……。
これは最近あった実話である。困惑した社長は「とにかく話を」と思い、連絡を試みるも、電話は通じず、メールの返事すらない。結局、会社の自然退職規定に従って退職手続きを進めることとなったが、最後まで本人と社長が直接会って話をすることはなかった。
円滑な自己都合退職のための「退職届」の基礎知識

自己都合退職における退職届の書き方と提出のポイント

ふと、TVでもこれと似たような光景を見たことを思い出した。大相撲の元貴乃花親方の退職に関する一連の報道である。退職を認める、認めない、直接会う、会わない、で、すったもんだのやり取りが繰り広げられていた。

現実問題として、自己都合退職のトラブルは増えている。今や、退職手続代行ビジネスといったものまで誕生しているほどである。退職手続きはできる限り円滑に、円満に進めたいものだが、そのための手法として、「退職届」の上手な運用をおすすめしたい。

以下に、自己都合退職における退職届に対する考え方や扱い方のポイントを4つほど挙げてみる。


(1)退職届はなぜ必要か理解する
まずは、退職届の意義をきちんと押さえておくことが必要だ。退職の意思表示は、必ずしも書面である必要はなく、口頭でもよい。ではなぜ、多くの職場で退職届の提出を求めているのか、それは退職の意思や事実を明確にすることで、後々のトラブルを防ぐためである。後になって「そんなこと言っていません」、「本気ではありませんでした」、「退職日はその日ではありません」、「不当解雇だ!」などということも起こりうる。企業としては、退職時の退職届は、ぜひとも受け取っておきたい。就業規則等に「退職の申出は書面による」と定めるなど、労働契約の一部として前もってルール化しておくのがおすすめである。

(2)退職届を任意の様式にしない
退職届を求めるときに、「任意の様式で可」としているケースは多いのではないだろうか。その結果、往々にしてネット上にあるような内容の退職届を受け取ることになる。それでも悪くはないが、トラブル防止という退職届の性質を考えると、そこにもうひと工夫入れてみたい。具体的には、次のような項目を必ず記載してもらうようにし、会社独自の書式を用意するとよい。

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〈必須項目〉
 a.当事者の名前(労働者名、使用者名)
 b.退職日(何年何月何日をもって退職、等)
 c.退職理由(自己都合退職、と予め入れておくのもあり)

〈任意項目〉
 d.年休消化に関する確認
 e.退職金に関する確認
 f.退職後の社会保険手続についての確認
 g.業務引き継ぎについての確認
 h.返却物の確認
 i.守秘義務や競業避止義務についての確認
   など

 
a~cについては必須項目である。これらの記載のない退職届は無効とすべきだろう。d以下の任意項目は、トラブルになりやすい項目について予め明確にし、労使双方で共有することで、その後の手続きを円滑化し、トラブルを予防する効果が期待できる。ぜひ、自社の状況に合わせてカスタマイズしてみたい。

(3)退職届を拒否されたら
従業員から、退職届の提出自体を拒否されることもあるかもしれない。このようなケースは意外にも多く存在する。理由としては、単に感情的になっているか、あるいは、後日争うことを考えているのである。このような場合でも、やはり退職の事実を明確にしておくべきである。そこで、会社側から退職届を出す方法がある。本人が作成するものではないので、書類の名前は「退職届」ではなく、「退職承諾書」などにするとよいだろう。これはつまり、『あなたからの退職の申出を次の通り承諾しました。間違いありませんね? あったら○日までに申し出てくださいね?』といった内容の文書を交付するのである。相手が退職届を出さないことに対し、決して放置だけはしないように気をつけたい。

(4)メールやFAXでの退職届も認める方向で
礼儀やマナーの問題はさておき、上記(2)abの必須項目が記載されていれば、ひとまずそれは、退職届として有効なものとして取り扱うべきだろう。どうしても引き留めたいなどの理由がない限り、書類の形式で揉めるのは無駄なことである。来春(2019.4)からは労働基準法の改正により、現在、書面交付が義務付けられている労働条件通知書がメール等でも交付可能になる(一定の要件あり)。退職届の形式についても柔軟に考えるべき時が来ているのかも知れない。

退職に至った背景を思い遣り、労務管理につなげる

もし、あなたの会社で冒頭のような不条理な辞め方をする従業員が現れても、決して感情的になったり、相手を非難したりしてはいけない。心情的に難しいかもしれないが、むしろ相手を労り、感謝の気持ちを表すことをおすすめしたい。退職のシーンは、周囲にいる他の従業員もその動向に注目しているものである。「“明日は我が身”と思いながら上司の言動を見ているかもしれない」という意識は持っておきたい。

また、そのような強引な退職をするに至った背景についても、一度よく考えてみるべきだろう。もしかすると、ハラスメントの事実が浮かび上がってくる可能性もある。いずれにしても、退職の場面では、その職場が抱えている問題が明るみになることが多い。ぜひ、労務管理を徹底するためのきっかけとしても生かしたいところである。


出岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士 出岡 健太郎

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