肉体を使う「肉体労働」、頭脳を使う「頭脳労働」に加え、感情を使う「感情労働」の比重が増している。「感情のコントロール」は仕事上必要なことであるが、必要以上の「感情のコントロール」で従業員が疲弊してはいないだろうか。
従業員が本来の能力を発揮するためにも、「感情労働」について考える必要があるのではないだろうか。
従業員が最大限能力を発揮できる職場にするために。 ~「感情労働」とこれからの人事労務管理(1)~

仕事の多くを「感情のコントロール」に使っていないだろうか?

「今日は上司、同僚の機嫌は良いだろうか?」「部下への指導・注意、どんな風に言えば素直に聞いてくれるだろうか?」「今日はお客様から理不尽なクレームが来ないだろうか?」
朝、職場に出かけるとき、そんな事ばかり考えて憂鬱になっていることは多くなっていないだろうか。本来なら、「今日はどのようなスケジュールで仕事を行うか?」「誰とどのような打ち合わせをしておくべきか?」「今日は、部下にどんな指導を行っておくべきか?」などなど、仕事本来の目的達成の為の事を考えるべきところ。しかし、他者(上司、部下、同僚、顧客等々)と自身の感情コントロールに、心身の負担を必要以上に多く割いていないだろうか。

肉体を使う「肉体労働」、頭脳を使う「頭脳労働」に加え、感情を使う「感情労働」という考え方がある。元々は、アメリカの社会学者A.R.ホックシールドが提唱した働き方の概念で、「相手に感謝や安心の気持ちを喚起させるような、公的に観察可能な表情や身体的表現をつくるために行う感情の管理が必要な労働」=「感情労働」と定義している。
その典型としては、乗客からのどんな理不尽な要求にも笑顔で対応することが求められる客室乗務員が挙げられている。あるいは、教職員、医療従事者、介護職員、またコールセンターのスタッフなど自分の感情を抑えることが強く求められる「人対人」の職業がそうだろう。
ただ「人対人」という点においては、先に挙げたような典型的な職業だけでなく、多くの職業、職場で「感情のコントロール」が重要になってきている。
現在、人材の採用基準の最も重要なものの一つに「コミュニケーション能力」を挙げる企業も多い。ここで言われる「コミュニケーション能力」とは、例えば「誰にでも笑顔で明るく接することができること」であったり、「相手のニーズを正確に読み取り、自分をセーブして的確に対応できること」であったりする。これらは、正に「感情労働」の能力ではないだろうか。

「感情のコントロール」というのは、何も最近になって必要になったものでもない。昔から仕事をする上で「感情のコントロール」は必要なものであったはずである。ただ、その比重が非常に大きくなってきているのではないだろうか。その背景として次のようなことが挙げられる。

①産業構造の変化=サービス業の増加
製造業など「人対物」が主な職場よりも「人対人」が重要なサービス業等が増加した。多くのサービス業では「顧客第一主義」を掲げている。企業にとって、顧客に満足していただき、顧客を笑顔にすることが最も重要である。モンスターカスタマーへの対応に苦慮する企業も増えてきている。

②価値観の多様化
いわゆる「団塊世代」「バブル世代」「ロスジェネ世代」「ゆとり世代」等々世代間の価値観も大きく異なってきている。(例:「若いヤツの仕事への考え方が分からない」)また、同じ世代でも雇用形態の多様化、ライフスタイルの多様化などもあり、多種多様な価値観が存在するようになった。

③情報量の増加
例えば、労働法や社会保障制度などの知識が誰でも簡単に得られるようにもなった。労働者としての様々な権利や制度を熟知できるのは良いことだが、当然、企業もその情報を熟知して対応する必要性が増してきた。

①は対顧客となる「感情のコントロール」であるが、②、③は職場内でのものでもある。
職場内ではパワハラ、マタハラなどの問題が語られることが多いが、逆パワハラ(「こんな注意・叱責の仕方だとパワハラと責められないだろうか?」)、逆マタハラ(「同僚は出産の度に給付金を受けながら休業している。私はその度に、仕事が過重になり、その事が評価されることもなく虚しい」)などの問題も潜在的に多くなってきてはいないだろうか。

「感情労働」への企業の対策

企業におけるメンタルヘルス対策の重要性が叫ばれるようになって久しい。精神疾患を理由とした休職者、退職者も企業にとって悩ましい問題となっている。労働行政における過重労働に対する指導の強化やストレスチェック制度の開始、健康経営の推進など、企業の従業員に対する健康配慮・対策が益々重要になってきている。
 それらに合わせて、長時間労働などについて積極的に対策をとる企業も多くなってきた。ただ「感情労働」について検討し対策をとる企業は未だ未だ少ない。もちろん、「感情労働」という概念が一般的に余り浸透していないこともある。
 労働者は労働の対価として賃金を得、企業は労働の対価として賃金を支払う。基本的に労働とは時間や成果で計られるが、そこに費やされる「感情のコントロール」についてフォーカスしていくことも必要かも知れない。
 従業員が必要以上の「感情のコントロール」で疲弊することなく、本来の能力を発揮することが、企業にとっても望ましいことであるはずである。

オフィス・ライフワークコンサルティング
社会保険労務士・CDA 飯塚篤司

この記事にリアクションをお願いします!