グローバル化が叫ばれて久しい昨今では、大手企業だけでなく中・小規模企業でも海外進出をするケースが増えている。ところで、社員を海外赴任させる場合、年金の保険料はどの国に払えばよいのだろうか。また、海外赴任を命じられた社員が将来、年金をもらうときに損をすることはないのだろうか。
海外赴任者の「公的年金」加入はどうすればよいか

■ まずは赴任先が「どの国」かチェック!

 勤務場所が日本国外であっても、日本の企業との雇用関係が継続している場合には「日本の厚生年金」への加入義務が生じる。一方、赴任先の国の法律によっては「赴任国の社会保障制度」に加入しなければならないことも少なくない。その結果、海外赴任時には日本と赴任国の両方の年金制度に同時加入しなければならないケースが発生し、保険料2つを国に払うために国内勤務時よりも負担が大きくなることがある。

 しかしながら、日本と社会保障協定が締結されている国で勤務する場合には、日本と赴任国のいずれか一方の国の年金制度だけに加入すればよい、という取り扱いが行われる。従って、保険料は一方の国だけに払えばよく、「保険料の二重負担」を回避できるというメリットを享受できる。

 たとえば、日本の企業が社員をアメリカに赴任させる場合を考えてみる。この場合、日米間では社会保障協定が結ばれているため、赴任させた社員は日米両国の年金制度に二重加入する必要がなく、「日本の社会保険制度(厚生年金)」「アメリカの社会保障制度」のいずれか一方に加入をすればよいことになる。具体的には、アメリカでの勤務期間の長さに応じて、次のルールに則って指定された制度にのみ加入をすればよい。

[1]アメリカでの就労予定が“5年以内”の場合
アメリカの制度への加入が免除され、日本の「厚生年金」に入り続ける。
[2]アメリカでの就労予定が“5年超”の場合
日本の厚生年金から抜けて、アメリカの「社会保障制度」に入る。
[3]就労予定は“5年以内”だったが、予見できない事情で延長された場合
5年を超えたところからは日本の「厚生年金」から抜け、アメリカの「社会保障制度」に入る(ただし、日本の「厚生年金」に入り続けることが認められる特例もあり)。

 また、年金制度では一定年数以上加入しないと将来の年金がもらえないという「最低加入年数」を定めている国が多い。そのため、赴任国の年金制度に加入をしても「最低加入年数」を満たせずに帰国をすると、将来、赴任国からの年金を受け取ることができず、海外で納めた保険料が掛け捨てになってしまうことがある。

 しかしながら、日本と社会保障協定が締結されている国で働いた場合には、日本と赴任国の2つの年金制度の加入期間を合算して「最低加入年数」に達しているかを判断するという有利な取り扱いを受けられることがある。

 たとえば、アメリカの年金は「10年以上」加入しないともらえないのが原則である。ただし、日米間では社会保障協定が締結されているため、日米両国の年金制度への加入期間を足して「10年以上」あれば、アメリカの年金制度への実際の加入期間が10年未満でも、アメリカの年金を受け取ることが可能になる。

 このように、社会保障協定には『海外赴任者の年金制度への二重加入(保険料の二重負担)を防止する』『2カ国の年金加入期間を合算して最低加入年数を満たしているかを判断することで、赴任国の年金をもらいやすくする』という2つの大きなメリットが存在する。海外赴任者にとっては非常に嬉しい仕組みである。

■ 年金二重加入が定められている国は・・・・?

 しかしながら、日本が社会保障協定を締結している国は、決して多くないのが現状である。現在、日本が協定を締結し、協定が発効済みの国は以下の15ヵ国のみである(平成26年10月現在)。

【日本との社会保障協定が発効済みの国】
ドイツ、イギリス、韓国、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、 ハンガリー

 この15ヵ国すべての国との間で『二重加入(保険料の二重負担)防止の取り扱い』が定められている。また、イギリス・韓国を除く13ヵ国との間では、『年金加入期間を合算する取り扱い』も定められている。そのため、これらの国に赴任する場合には、原則として赴任者が年金上のデメリットを被ることはない。

 しかしながら、それ以外の国に赴任する場合には、『二重加入(保険料の二重負担)の問題』『赴任国の年金受給条件を満たせず、保険料が掛け捨てになる問題』が発生する可能性がある。海外進出の際には、人事担当者としては「社会保障協定の有無」もしっかりと確認をしたいところである。


コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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